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9話 wayward-15

「ふぅ、無事抜けれた……。あれ、あんたらいつの間にそんなに仲良くなったの? 出発するときはお互い微妙な顔してたのに」


 フェリシティが、妙に親しげなディリオンとクライヴを見て言う。ポータルをくぐって最初に見た光景だ。二人は肩を組みながらポータルから出てきたのだ。


「それはだな」

「さっき」

「張り込み中に」

「最初は口論になったんだが」

「気がついたら意気投合しててな」

「今はマブダチだぜ」

「というわけさ」


 二人は、一つのセリフをディリオン、クライヴの順で交互に話す。やけにスムーズに行われるそれは、相当練習したのではと思われる完成度だった。


「なんか不気味」

「何とでも言え。クライヴ、今度飲みに行こうぜ」

「おう、おすすめの店に連れて行ってやらぁ」

「そいつは楽しみだ」


 男二人で笑いあう。フェリシティの前を通り過ぎていくのを、眉をしかめながら見送った。口を横に引っ張り、本当に妙な物を見たのだという気持ちを隠しもしない。


「フェリシティ」

「キーネン、あんたの相棒何か変なんだけど」


 二人の様子を眺めていたのはフェリシティだけではない。次々と到着する人員のうちの、キーネンもまたその一人だ。


「ちょっとあってな。大目に見てくれ」

「あたしはまあ、いつものことだし別にいいけど。キーネンはどうなの? あれでいいの?」

「それはだな、……フェリシティ?」


 フェリシティは視線をさまよわせる。ある人物の最も親しい人間が、その人物以外の誰かとより一層親しくしている。そういう情景を見るのは、フェリシティにとってはあまり愉快とは言えない事柄だった。当然それ自体が悪いわけではない。個人的な感情に過ぎないと理解している。独占欲というやつだろう。それでも、そのある人物が自分で、最も親しい人間がフィーリクスとして。この先フィーリクスが他の誰かとコンビを組むとして。自分はそれに耐えられるだろうか。笑ってMBIを去れるだろうか。多分フィーリクスを小突くくらいはするだろうな。いや、今はそんなことはいい。キーネンについてだ。いやそれも違う、ウィッチに対処しなければ。


「やっぱ答えなくていい。それどころじゃなかった」

「そ、そうか。分かってくれて何よりだが、調子が狂うな……」


 戸惑い気味のキーネンを始め、フェリシティ達が今いるのは博物館の東側、隣にあるL字型の建物の屋上だった。この建物も博物館の経営母体の所有物件で、博物館との間のコの字に囲まれた空間は、中庭のような構造となっている。花や灌木が植え込まれた花壇が整備され、街路樹も幾本か植えられている。人の背丈より大きな岩もオブジェとして数個固まって設置されていた。「いた!」フェリシティが双眼鏡を覗く。巨石の一つに、ミアが座っていた。


「あいつらあんなに堂々と!」


 周りの人間からは奇異な目で見られているが、気にする気配は見られない。彼女の足下では、オリバーが手持ち無沙汰気味に岩にもたれている。


「そんなに多くはないけど、通行人とか関係ない人がいるよ? どうするの? 避難指示を出してたら、その間に逃げられちゃうかも」


 周辺の状態をざっと見たフェリシティは、何か相談事をしているフィーリクスとリュカにそう問いかける。そこへ後ろから肩を叩かれ、振り返れば相手はニコだった。


「あの、もしかしてヒューゴの作戦概要を最後まで聞いてなかったの?」

「え? はは、そんなわけないでしょ。ごめん、聞いてなかった」


 最後に近いところまでは聞いていたのに、肝心な部分は聞き逃してしまったらしい。


「今見える範囲にいる人達は皆、私服警官なんだ。周辺はさっき封鎖が完了したから誰かが紛れ込んでくることはない」


 フィーリクスが話を終えたらしい。彼が説明を始める。エージェントやスワットがそうしていたように、各地点に私服警官隊を配備していたらしい。この博物館が一番厄介で、休館させるかどうか一悶着あったが、凶悪犯が現れるかもしれないと偽情報を伝えることで協力を得ることに成功していた。それとは分からないように警官に来訪者を装わせ、一見して営業中であるように見せかけた。


「今リュカが指示を出した。もうすぐ俺達とウィッチ二人を残して、ここには誰もいなくなるはずだよ」

「そうだったんだ、ありがとう。警官達に感謝しなくっちゃね」


 フェリシティの言葉に、フィーリクスが頷く。MBIがそうであるように、スワットには表向きの顔がある。対テロ特殊部隊として設立された、ということになっていた。その隊長のリュカの言葉は現場においてもっとも優先されるものだ。


「危険な相手だとは伝えてあるそうだけど、魔法を使うだなんてことは知らない。彼らを騙してることになる」


 フェリシティとフィーリクスが悩ましげに眉間にしわを寄せているところ、リュカが二人の手に肩を置いた。


「そう気に病むことじゃないぞ。どちらにせよ市民に害を及ぼす相手に対処する訳だ。そこに志の違いはない。直接戦うのは我々だしな」

「そう言ってもらえると、気が休まる」

「ああ、俺も。じゃあ、行こうか」


 その場の全員が歩み出す。ある者は狙撃できる位置に、ある者はバックアップ体制を整え、フィーリクスはオリバーを、そしてフェリシティはミアをそれぞれロックオンした。


「やるよ、ミアを倒す」


 新たにポータルを開きくぐる。フェリシティが次に現れた場所は、ミアのいる岩から十メートルほど離れた地面の上だ。


「ハァイ、会いに来てやったよ」


 ミアの表情が、双眼鏡で見ていた時と一変する。暇そうにだれていた表情筋が引き締まり、笑みが浮かぶ。にっこりと歯を見せて楽しそうにしている。それはフェリシティも同じだ。口を横に引き絞って見せ歯を出し笑う。ただ、一筋の汗が頬を伝うのをフェリシティは自覚した。


「嬉しいよ、フェリ」

「その名前で呼ぶなって、前に言ったでしょ」


 ドスを利かせた声で彼女を威嚇してみるが、彼女が態度を崩すことはなく効果はない。


「いいじゃない、あたしとフェリの仲なんだよ?」

「どんな仲よ、……っ!」


 ミアが、岩から飛び降りるやいなや爆発するような勢いで飛び出し、フェリシティに肉薄する。言葉による会話より、優先したいものがあるようだ。目の前にいきなりミアが落ちてきた形になったオリバーが引いているのが確認できた。がそこまでだ。僅かな間にミアが圏内に到達し、余計な思考は吹き飛ぶ。


「遊ぼっ!」


 彼女の右拳が迫る勢いを乗せて飛び来る。フェリシティは正面からは迂闊にそれを受けない。バックステップで相対速度を小さくし、彼女の拳をよく観察した。滑るように、蛇のようなしなやかさを以て、僅かに湾曲した軌道を描きながら高速で拳が近付いてくる。フェリシティは体の芯をずらし、右斜め後ろに下がりながら己の右腕で払いをかけた。腕が触れた瞬間、まさに蛇と見紛う動きでミアの腕が絡みついてくる。フェリシティの肘か肩の関節を極めようとして這い上がる。


「させるかっ!」


 フェリシティはその場に踏み留まり、左手の甲と指による裏拳で目潰しを仕掛ける。ミアはそれを嫌ってか右腕を諦めると、同じく左腕で目潰しを下方向へ捌き打ち払った。ただ攻撃は継続する気満々だ。留まったフェリシティに対してミアは動き続けている。左が下がった隙を逃さず右へ、フェリシティの左側面へ回り込み密着する。ただ近付いただけではない。恋人を抱くように優しく背に腕を回し、瞬発力でゼロ距離から自らと、フェリシティの体を持ち上げる。フェリシティはふわりとした無重力感をほんの一瞬味わい、次に得たのは背中と腹部への衝撃。ミアにマウントポジションを取られていた。


「周りが警官ばっかりでさ、退屈してたんだ」


 彼女は笑みを浮かべているが、サディスティックなものでなく、子供の持つ無邪気さが感じられた。それがむしろフェリシティの嫌悪を誘う原因となっている。


「バレてたの?」


 何とか笑みを保つフェリシティにミアが腕を振り上げる。


「皆ピリピリしてるんだもん、バレバレだって」


 彼女の連撃が始まった。滅多打ちと言って差し支えない。フェリシティの顔面めがけて何度も拳が打ち下ろされ、持ち上げられ、また打ち下ろされる。その度に大きな音が響くが、その間隔が尋常でない。一秒間に十回以上の打撃音が木霊する。


「それでも、彼らに手を出さなかったのは誉めたげるっ!」


 その全てを、フェリシティは腕でガードしていた。話が出来るのがその証拠だ。エビのようなしなりを素早く何度も繰り返し、ミアのマウントに緩みを作る。


「ふんにゅあー!」


 妙な叫びをあげながらできた小さな隙間に片足を引き入れ、地面を支えにミアの体を一瞬持ち上げる。その刹那の間にうつ伏せに、更に四つん這いになったかと思うまもなく四足歩行で素早く前進した。立ち上がり振り向けば、彼女も既に立っている。


「いいなぁ、いい。なりふり構わずって感じで好感が持てるよ!」


 ミアは構えは取っておらず棒立ちだ。だが隙があるように見えて、そうではない。


「あたしのあんたへの好感度は最低値だけどね。あたしを攻略したいんなら、もっと謙虚に生きなさい!」

「簡単には落ちてくれないってわけね。それはそうとして、そっちから攻めてくれてもいいんだよ?」

「言われなくとも!」


 両者は再び激突する。

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