9話 wayward-14
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ある二階建てビルの屋上に、フェリシティとリュカがいる。ヒューゴによる割り当てがそうなっていた。二人は向かいに建っている、同じく二階建てである商業ビルの一階に、テナントとして入居しているジュエリーショップの担当だ。店の奥には、非売品だが古くから伝わるという大きなルビーが展示されている。それがジェムの一つだ。客の目を引くための大事な物だということで、買取を拒否されているものだった。
「んー」
ややだれた声を発したフェリシティは、双眼鏡で店内の様子を監視している。彼女の横には、封が開けられたスナックの袋が置かれている。時折それに手を伸ばしてはつまんでいた。客足はまばらで、時折訪れる客を見ると、客層は中年女性を中心としているようだった。リュカは付近の道路に怪しい車がないか、おかしな行動をとる通行人がいないか等の警戒に当たっている。現在二人ともこれといった収穫はない。
「何かあったか?」
今し方のフェリシティの声に反応したらしくリュカが彼女に尋ねる。横目に見るその顔には期待の色が見られた。
「暇」
「そういうことを言っている場合では、……同じくだ」
張り込みを開始してから、既に三時間近く経っている。何事もなく、平穏な街の営みを見続けるだけだ。フェリシティは、自分はともかく警察官の一人であるリュカが同意したことに関心を示した。
「ねぇ、リュカ隊長。警察って、張り込みとか得意なんじゃないの?」
「リュカだけでいい。確かに張り込みはよくやった。それでも、暇は暇だろう?」
「そういうもんなんだ」
お互い双眼鏡から目を離すと視線を合わせる。二人ともニヤリと笑い、得心が行ったことを示しあう。それからフェリシティは、リュカがそうするのに習って、再び双眼鏡から覗ける小さな世界を監視することにした。客の入りは、相変わらずのようだ。
「少し、話でもするか?」
「ええ、でないと間が持てそうにない。そうね、あたしはバスターズに所属してたんだけど、スカウトされてMBIに入った。リュカはスワットに配属される前は何してたの?」
簡単な自己紹介を兼ねた雑談でもしよう。そう思っての質問だ。ある程度彼らスワットと共に戦闘を経験してきたが、あまり立ち入った話をしたことはない。特にリュカとは、今まで話す機会も少なかったようにフェリシティは思い出す。
「普通の刑事さ。犯罪事件の捜査をする。……相棒と一緒にな」
「その相棒は?」
「今の副隊長、サラだ。彼女との付き合いは二年ほどになる」
「その前の相棒は? いたの?」
少し間があった。また双眼鏡からリュカに視線を戻すと、彼の表情が僅かだが硬いものに変わっていた。
「いたさ。いい奴だった。直情的なところがあって、抑えるのが大変なことも多々あった。そういうところは、君に似ていたかもな」
「へぇ、あたしに? ああちょっと待って、いた? 過去形。あ……」
言葉が途切れる。彼の態度の変化の原因が予想できたからだ。彼もまた双眼鏡を下げると、再度見つめ合う。
「そう、前の相棒を、失った。永久にな」
「ごめん、辛いこと思い出させちゃった」
どうも自分は人に嫌な過去を思い出させるのが得意らしい。ばつが悪くなったフェリシティは、視線を下に逸らしてしまう。
「構わんよ。よくある話だ。今はもう、乗り越えた」
「詳しく聞いても?」
「気分のよくなる話じゃない。それでも聞きたいか?」
フェリシティは平気だという彼の言葉に甘え、ただしふざけたものではない態度で、彼の過去に言及することにした。相手に更に嫌な思いをさせることになるかもしれなかったが、聞いておいた方がいいように思えたためだ。
「ええ、聞かせて。あたしに似てたんでしょ? あたしにとって何か参考になることがあるかもしれない。その、無理にとは言わないけど」
「話そう。見張りを続けながらだがな」
言われて、改めて双眼鏡を覗く。
「そいつとは三年ほどの期間を過ごした」
彼が話した内容は以下のものになる。二人は、仕事面ではそれなりに真面目に努力し、実績を重ねていた。懲戒を食らわない程度ではあるが、やらかしもいくつかあり上司から目を付けられたりもした。仕事だけではなく、個人的な付き合いも多少あった。一緒に酒を飲み、上司への文句や給料の額面のことなどで管を巻き、明日への活力を養う。二人で、あるいはチームでいくつもの事件を担当してきた。
「ある日いつものように事件が起きた。人質事件でな。子供を盾に立てこもっているという通報を受けて、たまたま近くにいた私と相棒が現場に急行した。それがその相棒と一緒に仕事した最後の事件になった」
事件は住宅街、民家の一つで起きていた。玄関にリュカが、裏に相棒が回り込んで中の様子を窺っていると、子供の悲鳴と男の怒号が聞こえた。嫌な予感がしたリュカは、相棒に応援が来るまで待機するよう無線で伝えたが、言うことを聞かず単身突入してしまったという。仕方なくリュカも玄関を破って屋内に進入し、そこで最悪な光景を見ることになった。
「私と相棒が家に入ったのは、僅か数秒程度の差だった。だがそれが致命的なものになってしまった」
玄関を入ると、奥の部屋で争う声が聞こえた。すぐさま進み、それを目にした。凄惨なものだった。相棒は血塗れで倒れており、そばに男が立っている。男は刃物を、マチェーテを持っていた。男はそれを投げ捨てて逃げたがリュカは追わず、相棒に駆け寄った。彼はまだ息はあったが、深手を負っていた。致命傷だった。何かを指さして、息絶えてしまった。彼の指が示したものは、部屋の隅にいる少年の無事な姿だった。彼が身を挺して助けたためだった。
「思えば彼らしい最期だったのかもしれん。事件はその時は未解決となったが、結局犯人を一年後、別の事件で私が捕まえることになった。その功績や、その後の地道な実績もあって、スワットの隊長推薦となったわけだ。まあ、よくある話だ。参考になったかどうか」
リュカの話が終わった。彼は淡々と語っていたが、盗み見たその瞳が潤んでいたように見えたのはフェリシティの気のせいだったのか。
「君にこんな話はするべきじゃなかったかな」
「いいえ、話してくれてありがとう。よく立ち直れたね。あたしなら、無理かもしれない。……っていうかあたしがやられる方か」
リュカの元相棒は、確かに自分に似てるようにフェリシティには思われた。相棒の制止の声も聞かずに突っ込むところはまさに彼女自身だと、元相棒と自分を重ね合わせ、反省すべき点を洗い出す。それとは別に、気になる点が彼女にあった。
「一つ聞いていい? どうして刑事からモンスター退治の部隊に異動したの?」
「励ましてくれた者達がいる。当時の部下だ。彼らが今の隊員達なんだ。その中には君と同じように、元バスターズの人間もいる。彼らもまとめての推薦でね、それで皆で異動した。今の私があるのは部下達の支えがあってこそだ」
スワット達の置かれている状況、背景の一つを知ったフェリシティは、彼らとの競合が果たして正しいことなのかどうか分からなくなっていた。彼女は、この街の市長が将来的にMBI解体を狙っており、そのことで中央政府にも掛け合っている、というようなことを前に聞いていた。モンスターやウィッチに対抗するのに、そんなことを言っていていいのかどうか。彼らと協力し、解決策を見出していくべきなのではないか。そんな疑問が頭に浮かんでは消える。それを中断するように、端末に通信が入った。
「フィーリクスからだ! ウィッチが出たのかな」
「皆聞いてくれ、俺の張り込んでたところで出たよ!」
「ウィッチだ。オリバーと、ミアもいる。二人とも今はじっとしてるけど、何を企んでいるかは分からない」
ソーヤーの声も聞こえてくる。彼がウィッチの動向を見張っているようだ。また相手がフィーリクスに替わり、全員に指示を飛ばす。
「すぐにポータルの座標を送るから集まってくれ!」
「了解、相棒!」
通信を切ると、大した間も待たずに端末に座標が送られてくる。スナックの残りを一気に口に詰め込み、食べきった。袖で口周りの汚れをふき取る。
「さぁ、行きましょ」
「ああ。準備は万端だ、行こう。ポータルをよろしく頼む。……本当に頼む」
「あたしも怖いんだからやめてくれない?」
焦りと恐怖の感情がリュカの顔に張り付いている。出発前のエージェント達の会話を聞いたせいだ。できることなら使いたくないというのが本音だろう。それはフェリシティとしても同じだった。座標を元にポータルが開かれる。青い空間に、勇気を出して二人が飛び込んだ。




