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9話 wayward-13

* * *


「さて、どうしたもんだろうなぁ」


 エイジがぼやく。物陰に隠れ、見張っている民家には何の異変も認められない。


「どうかした?」

「ああ、いや、何でもないよ」

「そう、何か見つからない? あたしはダメ」


 会話相手はスワットの一員、リリアンだ。面と向かってではなく、通信機器を通じてである。二人は家の裏表に分かれて監視中だ。民家とはいえそれなりの大きさと敷地であり、庭面積も広いためそうせざるを得なかった。ここの家主が先祖代々受け継がれているという、青い宝玉が埋め込まれた首飾りを所有しており、それがジェムなのだった。


「こっちも変化なしだよ。本当にウィッチは来るのかな。リリアンはどう思う?」


 リリアンはエイジよりも十センチは背が高く、締まった筋肉質の体つきをしている。モンスターとの戦闘で何度か彼女と接する機会はあったが、二人で行動するのはこれが初めてになる。臨時で彼女と組むことになり、MBIを出発したときから何となく彼女のことを気に入っていた。質問は何気なく行ったもので深い意図はなかったが、リリアンにとっていいものではなかったらしい。


「どうって、分からないからこうして手分けして当たりを待ってるんだろう?」

「そりゃそうなんだけど、あまりに何もないからさ、つい」

「あんたそれでもMBIエージェント?」


 通話口から聞こえる彼女の声には、不機嫌や不満といった要素が含まれているように思われた。


「そうは言っても。ねぇ、何か話でもしようよ。少しは気が紛れるかもよ? よく分からないけど、君少しいらいらしてるようだし」


 答えはすぐには返ってこない。聞こえなかったのかもしれない、もう一度繰り返そうかとエイジが口を開きかけたとき、リリアンの声が聞こえた。


「誰のせいだと思ってるのやら。……あんた、いっつもこんな調子なの?」


 不機嫌そうなのは気のせいだったようだ。彼女の口調にトゲはない。ため息が聞こえたが、彼女も退屈していたのだろうと、努めて明るめに話を続けることにする。


「そうだよ。自慢できる長所なんだ」

「あ、そう。まあいい、少しなら話をしてもいいけど」

「やった!」

「おや。そんなに嬉しい?」

「暇がつぶせる!」

「期待したあたしが愚かだった、のかな……?」


* * *


 ディリオンとクライヴが狭い場所に詰め込まれている。否、二人は自らそこに入り込んだものだ。それはもう随分と窮屈そうに体を縮こめ、お互い邪魔そうに押し合っている。


「おいディリオン、押すんじゃねぇ!」

「お前が押してるんだ。少しは遠慮しろ!」


 もちろん彼らは好きでやっているわけではない。他に隠れる場所がないからそうしている。ジェムである、不思議な光沢を放つ石が嵌め込まれた指輪がある。それを指に通しているオーナーの経営するタトゥー屋を監視しつつ、小声で言い合いをしていた。


「何でこんな狭い場所を選んだんだよ」

「何かあればすぐに対処できるからだ」


 二人はタトゥー屋に隣接する建物、閉鎖された店舗の中にいる。中は薄暗い。出窓があるが、正面部分が打ち付けられた板で覆われて、日光のほとんどを通さない。出窓の横側部分はそれを免れているため、その隙間から辛うじて目的の場所に出入りする人物の確認ができる。できるが、物が多すぎる。人が二人潜むにはスペースがなさ過ぎた。ここへはディリオンが裏口をピッキングして侵入したのだが、倉庫代わりに使っていたのか足の踏み場もないような状態だった。そこへ無理やり入り込み、今に至る。


「第一あんな技、どこで覚えやがったんだ。それでも政府の人間かよ」

「羨ましいのか? 教えを乞うっていうんなら、教えてやる」


 二人がもぞもぞと動く。ろくに身動きがとれないが、口は自由に動かせる。自然と会話をするしかなくなるが、ストレスの溜まる一方な状況で楽しい議題はそうそうあがらない。


「そんなわけねぇだろが! 逮捕すんぞ!」

「邪魔をするなら全力で排除してやるぞ!?」


 下手に身動きをしていたせいで、絡まったようになった二人がいた。


「こんな格好でか?」

「ぶっ、ははは、確かにな」


 事態の馬鹿馬鹿しさに二人が気付き、小さく笑いあった。


* * *


 ニコは見張る。彼女の監視対象はとある民家だ。そこの住人である若い女性が今は亡き親族から譲り受けた遺産の中に、ジェムが紛れていた。その親族に他に身寄りがないということで、財産の相続権が彼女にあったために起こった出来事だった。


 もう一人、スワット副隊長のサラが彼女のそばにいる。二人とも双眼鏡を覗き、こまめに周辺に異常がないかのチェックをしている。


「A地点クリア」

「B地点クリア」


 左右区分けしたエリアを担当別に、目的地点からはやや離れた、背の高い建物の屋上で生真面目に任務をこなしていた。


 いくらか時間が過ぎたとき、ふと、ニコが顔をサラの方に向ける。どのような偶然か、彼女も同時にニコのことを見た。


「任務に限らず、何事もきっちりこなさないと気が済まない性格でしょ?」


 サラがそんな質問をぶつけてくる。急と言えば急だったが、ニコの性質をズバリ言い当てていた。では何故当てられたのか。


「あなたもね。たまにそのせいで損をする」

「当たり! 周りに振り回されたりとかね」

「どうも、お互い苦労してそうな予感ね」


 彼女達はどうやらお互い似たようなタイプらしいと苦笑しあう。


「かもね。ちょっと息抜きで、仲間の愚痴の一つでもこぼしてみる?」


 サラの提案はニコにとって悪いものでなく、むしろ乗り気にさせるものだった。


「そうね、ちょっとくらいなら。サラ、あなたからどうぞ?」

「ありがと。うちの隊員でクライヴっているでしょ?」

「ええ、あのちょっとチンピラチックな感じの」

「そう、彼ったら見た目もそうなんだけど、中身もちょっとね。こないだなんか……」


 監視を忘れることはなかったが、少しばかり話に花を咲かせることになった。


* * *


 キーネンは郊外のある高級住宅街の一角、ガーデン付きのカフェでコーヒーを飲んでいる。その区画内のある屋敷の住人が金庫に保管する、金に困ったある個人から高額で買い取った紫色の宝玉こそがジェムである。そこまで詳しい経緯が分かったのも、MBIの情報収集の賜物だ。


 キーネンは特に誰とも組んでいない。彼の特性上、それが望ましいだろうというヒューゴの采配だった。実際彼にとって一人の方がやりやすい任務だ。身体強化を用いて聴力を強化しながら、目的地周辺の様子を窺っていた、のだが。


「これはさすがに、暇すぎるな」


 何事もない平穏な時が流れる。何度か目のあくびをかみ殺しつつ、そうぼやいた。


* * *


「ねぇソーヤー、何か話をしない?」

「話……。何を?」


 無線でソーヤーに話しかける。フィーリクスはやや困っていた。とてもではなく、やや、だ。何に関して問題があるかというと、共に任務に励んでいる小柄な彼、ソーヤーについてだ。彼は今フィーリクスとは距離の離れた場所にいる。


「それは、その、えーと」


 とある博物館の入口を見張りだしてから既に何十分か経っている。自然と歴史をテーマとする、非営利団体の経営するこの場所の一画にある展示物の中に、例によってジェムが混じっているのだった。売買交渉を断られているためそのままになっているものだ。二人は博物館の東と西にある入り口を監視できるよう、別れて行動していた。


 フィーリクスが彼に話しかけたのはこれで二度目だ。一度目は仕事を開始する際、別れる前に「さあ、やろう」「了解」と短いやりとりをしたときだけだった。


「お互いの近況とかどうかな」

「それなら少しは。君はパートナーに関してどう思ってるの?」


 今のフィーリクスにとって、いきなり答えにくい質問がぶつけられる。口数の少ない彼と何とかコミュニケーションを計ろうとしていたのだが、これを受けてフィーリクスが黙ってしまった。


「どうしたの? 何か答えられないようなことが起きてる?」


 ソーヤーは、物事をよく見る目が備わっているようだ。彼がこの質問をしたのは、何か確信があったからだろう。確かに彼の指摘通り、フェリシティとの間で問題は続いている。本題が解決されないままであるからだ。表面上問題がないように見えても、わだかまりが完全に解けることはない。彼はその機微を短い時間に読み取ったのだろう。


「もちろん答えられるさ。彼女は俺の信頼するパートナーで、親友だ」

「出発する前、フェリシティが君を見る目に、いつもとは違う物があるように感じられた」

「そ、そうなの?」


 彼の確信の源泉はそこだった。フィーリクスでも気がついていなかったフェリシティの小さな表情の変化を、彼は見逃していなかったという。


「あまりいいことがあったようには見えなかった。僕は、彼女のことが気に入ってる」


 フィーリクスは黙ってソーヤーの話を聞くしかなかった。


「何があったにせよ、彼女を傷つけるようなことをしたんんなら、君に対して態度を変える必要があると思ってる」


 フィーリクスはおおよそ、彼の言うとおりだと自覚していた。責められても仕方のないことだ。それでも自分と彼女とのことに、口出しをされたいとは思っていない。


「そうだよ。彼女とは理由があって、一時的に距離を置いてる。でもそれは、必要があってのことなんだ。君にとやかく言われるようなことじゃない」

「言い切るんだね」


 一瞬の躊躇はあった。ただそれは迷いのせいではない。ソーヤーの態度に疑問を持ったが故だ。


「当たり前さ。俺と、俺のパートナーについてのことなんだ。解決も、自分達でする」

「分かった。いや、よくは分からないけど。君を信じてるっていうフェリシティを信じることにする」


 フェリシティはいつの間にか、ソーヤーにそんなことを話していたらしい。彼女に対して暖かいものが胸に溢れるのをフィーリクスは感じていた。


「その、何て言ったらいいんだか。……ありがとう?」

「何で疑問系なの?」

「ありがとう! で、どうして君はフェリシティにそこまで肩入れするの?」

「それは」

「それは?」


 先程生じた疑問を彼にぶつける。フェリシティと、ソーヤーとクライヴが親しげに喋っていることはフィーリクスも知っていた。そうであっても、ソーヤーのこの言動の原理が分からない。


「彼女が、大事な友達だから。口下手な僕に、分け隔てなく接してくれる数少ない人だからだよ」

「そっか。確かにそこは、彼女のいいところの一つだ」


 フィーリクスは言い終わった後、自分が微笑んでいることに気が付く。改めて自分がフェリシティの存在をどう受け止めているかの認識をする。そしてソーヤーがどうなのかも。


「君とフェリシティの体験談を、僕に教えてよ」

「いいよ。変わりに俺にも君のこと聞かせてほしいな」


 それから少しの間、二人は今までの自分達について、お互い話をすることになった。フィーリクスとフェリシティの今までの任務を話せる範囲内で。当然脚色多めでいいところは盛って、悪いところは少なめで。ソーヤーからも、スワットの成立から最近の活躍まで聞くことができた。

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