9話 wayward-10
「あんたなんかと、誰がどこへ行くって?」
「君が、ウィッチのアジトに、さ」
「こ、この……、勝手な……、あれ、でも待てよ」
怒りで爆発しそうになったが、深呼吸をして一旦冷静になる。これはまたとないチャンスなのではないか。フェリシティにふとある考えが浮かぶ。ウィッチの言うとおりにするふりをして、アジトとやらの場所を掴んだらMBIに連絡を取り、彼らを一網打尽にする。自分のプランに満足した。
「ハァイ、アーウィン」
それを始めるにはまず、アーウィンを信用させる必要があった。フェリシティは戦闘装備を解除する。頬が引きつりそうになるのを堪えながら、なけなしの演技力で彼に精一杯の笑顔を向ける。
「考えたんだけど、それって結構いいアイディアかも」
「そうだろ? おいでよ、仲良くしよう」
彼は満面の笑みだ。どうも労せずとも彼の油断を誘えそうだとほくそ笑む。
「そうね、向こうで色々とウィッチの目的とか教えて欲しいんだけど」
「もちろんさ。俺達が本当は悪者じゃないってことを教えてあげるよ」
「はは、そうなんだ。それってどういう意味で言ってる?」
どの口でそういうことが言えるのか不思議でならなかったが、彼の機嫌を損ねないように適当に話を合わせる。なるべく多くの情報を引き出そうと、少しの間だが会話を続けていた。
「ん?」
その最中だ。人影が二つ、広場の端の方からフェリシティ達に接近しつつあった。まさかウィッチ側の増員では、そう思ったフェリシティは身構える。今の浮かれた状態のアーウィンはともかく、他のウィッチに囲まれて演技し通せるほどフェリシティは器用ではない。それは自分で分かっていた。
「誰だよ」
アーウィンがぼそりと言った。ということは、彼の仲間ではない。接近の途中で二人はフェリシティ達の存在に気が付いたようで、速度を上げ駆け寄ってくる。
「フェリシティ!」
「大丈夫!?」
途中から背格好と動きで予想は付いていたが、声を聞いてはっきりとその正体が分かった。フィーリクスとニコだ。フェリシティの思考が回る。二人が一緒にいる。彼女は早速依頼をこなしてくれているに違いない。それはいいのだが、現れるタイミングがよろしくない。非常によろしくない。
「アーウィン! フェリシティに何をしてるんだ!?」
「彼女から離れなさい!」
二人は即ボディアーマーとレティを装着する。フィーリクスがブレードを、ニコが銃を取り出し、それぞれアーウィンに切っ先ないし銃口を向けている。
「何で? 近付いてきたのは彼女の方からなのに? やる気満々なのは構わないけど」
彼はそれを大して意に介した風もなく、平然としたものだ。このままでは戦闘が始まってしまうだろう。それでは、プランが崩れるかもしれない。慌てたフェリシティが間に割って入った。
「聞いて驚きなさい! あたし、アーウィンに告白されたの」
「はぁ? アーウィンに? 何で?」
フィーリクスは出鼻をくじかれアーウィンを狙うのをやめた。彼は訳が分からないといった感じでフェリシティに聞き返す。フェリシティもそこはよく分からなかったのでアーウィンに質問を投げた。
「何で?」
「君が素晴らしいからだよ」
「だそうよ」
「いや、『だそうよ』って。君は何をやってるんだフェリシティ。こっちに来て」
フィーリクスは左手のひらを上に向け手招きをする。だがそれに応じる予定はフェリシティにはない。
「聞けば、ウィッチも本当は街を混乱に陥れたり、市民を苦しめたりするのが、本当の目的じゃないんだってさ。何かに備えて準備してるんだっていうじゃない。これはミアも言ってたことだし、信じていいと思うんだよね」
「いい訳ないだろ! 戻ってくるんだ相棒!」
相棒と呼ばれて、胸に痛みが走った。自分は何をしようとしているのか。もしかして、彼に無用の心配をかけるだけの、無意味なことをしているのでは。いや、違う。首を横に振る。
「でも本当のことを言えば、あんたにはもう愛想が尽きた。一緒になんかやってられないって思ったのよ」
呼ばれもしないのに来る奴が悪い。邪魔をしないでほしい。フェリシティは思考を切り替える。ウィンクをした。これには考えあっての行動、発言だと伝えるためだ。フィーリクスやニコなら、分かってくれるはずだと信じて言葉を続ける。
「フェリシティ? 何を言って……」
「MBIに向いてないんなら、こっちに付くしかない。あんな嫌な思いをするくらいなら、ウィッチのほうがいいって気付いたの。じゃあねフィーリクス」
フィーリクスもニコも、ウィンクを一度だけしたのを確かに見た。
「フェリシティ、それでもダメだ」
それでもなおフィーリクスは首を縦に振らなかった。フェリシティの言葉は全て逆の意、行動は何か作戦中故のものだと伝わったにも関わらずだ。
「ストップだ」
そこへアーウィンがしびれを切らしたのかフェリシティの前に腕を差しだし、会話を中断させた。
「もうそのへんでいいだろフェリシティ。言ったって彼らには分からないんだよ」
「そ、そうね。早く行きましょ」
アーウィンは再び彼を狙うフィーリクスとニコを一瞥する。ブレードと銃を交互に見る。フェリシティは嫌な予感を得た。ろくな展開にならなさそうな。
「その前に、フェリシティ。君の持ってる端末を彼に渡して」
「んぐっ、何で?」
ほら来た。フィーリクス達が下手に武装をちらつかせるからだ。心の中で二人に文句を言うがどうしようもない。
「もう、君には必要なくなるからさ。彼らを見て思ったんだ。あんな道具に頼らなきゃならないなんて、なんて情けないんだろうってね」
「どうしても?」
「どうしても」
端末を取り出す。これがなくてはフェリシティも身を守れない。場合によれば連絡する手段も失われる可能性がある。携帯電話もあるが、通常の電子機器が使えるかどうかの保証もないからだ。以前の『イタカ』のようなバリアが張られていたらどの道一緒だろうが、端末があるかないかでは大きく違う。
「はぁ、分かった」
「フェリシティ」
フィーリクスの元へ歩いていく。手に持った端末を彼に差し出す。
「それは受け取らないよ」
「でしょうね。でもその必要はない」
「それは?」
作戦は失敗した。であれば。フェリシティは手を引っ込めて端末をしまい込む。フィーリクスの横まで来るとアーウィンに向き直った。
「あんたが来なければうまくいってたのに」
「分かってくれて嬉しいよ」
言葉通り、眉を下げながらであるが笑みを浮かべるフィーリクス。それとは対照的にアーウィンの顔が曇った。俯き加減になり、何かをぶつぶつと呟いている。フェリシティが望んでではなく、何らかの意図をもって近づいたことを悟ったからだろう。
「俺を騙そうとしてたんだね? フェリシティ」
「そうよ。だからここは諦めて帰った方がいいんだからね」
勢いよく顔を上げたアーウィンの表情にフェリシティは驚きを覚え、盛大に引いた。彼はどうしたものか、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「どうして彼は笑ってるの?」
不気味そうにニコが言う。そこには不安が見て取れる。それはフェリシティも同じだ。なにせ当事者なのだから。
「それはこっちが聞きたいよ」
三人はおかしな態度を取るアーウィンを最大限警戒する。どうも彼は、不安定だ。
「嬉しいからに決まってるからさ。君が俺の期待以上の反応をしてくれるからだよ。そう簡単にいくわけないよね。でもその方が楽しい。俺は諦めないよ。君を手に入れる」
総毛立つ。体に震えが来て自分の腕を抱いた。無意識にフィーリクスに体を預けていた。そうやって落ち着こうとしている自分に気が付いた。ニコに、見られている気がする。彼女を見るが、アーウィンを警戒しているままだった。
フィーリクスから一歩離れ、大きく息を吸い込む。腹に力をこめる。アーウィンに指を突きつける。
「ああもう、うるさい! あんたちょっとしつこいよ! それ以上続けるなら、その口に靴下丸めて突っ込むからね!?」
「えっ、そんなことを……?」
笑っていたアーウィンが真顔に戻る。フェリシティの言葉の続きを待っているのか、これから怒り、もしくは笑い飛ばそうというのか。ともかくその前段階の、虚を突かれた無表情に近い、曰く言い難い顔付きとなった。
「それはやめたほうがいいと思うよフェリシティ。あれはその手の仕打ちを喜ぶタイプだ」
「誰がそんなもので喜ぶか!」
フィーリクスの忠告が飛ぶ。すぐさま否定するアーウィンだったが、そこでようやく次の反応が見られた。
「何で少し顔が赤くなってるのさ」
「もしかして変態?」
「もしかしなくとも変態ね」
「ち、違う! 訂正しろ!」
フィーリクスとフェリシティとニコの相次ぐ指摘をすべて否定するが、確かに赤面している彼には説得力というものがない。
「変態だったんだ、一緒に行かなくてよかったのかも」
「フェリシティ、君まで何言って、……くそっ、俺に味方はいないのかよ! もういい、用はとっくに済んでるし、帰る!」
アーウィンは三人に、特にフェリシティに変態扱いを受けたのが相当こたえたのか、強硬手段に出ることはなかった。彼は自身の背後にポータルを開きじりじりと後退する。彼を逮捕する千載一遇のチャンスにも思えたが、フェリシティは無理に追おうとは思わなかった。フィーリクスとニコの様子を見たが、彼らも同様のようで動きは見せない。
「じゃあ、またな! ……変態じゃないからな!」
そう言い残し、ポータルの向こうへ消える。そのポータルもすぐに虚空へと溶けた。
「よく追いかけずに我慢したね、フェリシティ」
「例のホテル荒らしが近くにいるかもしれないし、深追いは禁物、でしょ?」
「そう、正解」




