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2話 fragileー4(挿絵あり)

「誰だ君らは。何で二人ともうちの備品のスウェットを着てるんだ?」


 ヴィンセントとラジーブに案内され、フィーリクスとフェリシティの二人は魔法捜査部部長の部屋を訪れていた。捜査課の大きな部屋の奥に更にもう一つ部屋が接しており、ドアをくぐるとそこが捜査部長の執務室となっている。必然的に捜査課の面々の前を通ることになり、二人は彼らの好奇の視線を受けた。


 部長は皮張りのデスクチェアに座って書類を眺めていたが、四人が入ってくると顔を上げる。先程放ったのが第一声だ。


「それは俺が説明しますよ。この二人が昨夜の事件の……」


 ヴィンセントが一歩前に進み出て昨日今日の事のあらましを話しだした。部長は愉快、とは言い難い表情でそれを聞いている。


「ねぇ、あたし達ってもしかして歓迎されてない?」

「そうかも。何か楽しくなさそうな顔してる」

「聞こえてるぞ」

「うひっ」

「ひえっ」


 四十代後半位の彼は上背があり、腹にはやや肉が目立ち始めている。頭髪はボリュームのあるオールバックで色はダークブラウンだ。


「別に機嫌が悪いとかじゃないから安心しろ。いつもこうだ。こんな役職に就いてみろ、君らもこうなる」

「うぇっ、そうなるの?」


 フィーリクスが主に部長の腹周りを見ながら返事をする。彼は立ち上がるとフィーリクス達の方を向いた。


挿絵(By みてみん)


「まあな。魔法捜査部部長のヒューゴだ」

「俺はフィーリクス」

「フェリシティよ」

「話には聞いていたが君らがそうだったか。ヴィンセント達のお墨付きそうだな。ここはMBIウィルチェスター支部だ。MBIは君らを歓迎する。ヴィンセント、ご苦労だった」

「ありがとうございます」


 ヒューゴはどうにも覇気が薄く半ばどうでも良さげな態度を取り続けているが、それは元来のものらしい。彼は再びチェアに座ると話を続ける。


「ところでヴィンセントから聞いているかもしれないが、君らがこれからこなすことになる仕事の内容は大きな危険がつきまとう」

「問題ないよ」

「あたしとしてはむしろ望むところよ!」


 危険と言われてなお、全くやる気が失せない二人にヒューゴは両眉を上げ、腕を組む。


「これは驚いたな。珍しい、普通の人間なら辞退してるところだ。つまり君らは普通じゃない」

「何か、けなされてるように聞こえるんですけど」

「同じく」


 フェリシティとフィーリクスが眉をひそめる。フィーリクスはヒューゴという人間の人物像が今一つ掴めなかった。これは要注意人物なのかもしれない、なにせ自分達の属することになる部署の長なのだ。彼はそう胸に留める。


「とんでもない、褒めてるんだ。普通の人間では務まらん仕事、ということだ。全くもって、彼らはいい仕事をしてくれたものらしい」

「そんなに褒めても何も出ないよ、ヒューゴ」

「何、そうなのか。褒めるんじゃなかった」


 照れたのか頭に手をやるラジーブをヒューゴはためらいもなく切って捨てる。


「ええ、そりゃないよ」


 がっくりと肩を落とすラジーブには反応せず、ヒューゴは状況を前へと進めていく。


「君らは引き続きこの二人の新人へレクチャーを続けてくれ」

「この二人でペアを組ませる。でいいんですよね」

「そうそう、大事な前提条件を説明するのを忘れていた。君らは魔法捜査課へ配属され、二人でペアを組んでもらうことになる。ツーマンセルだ」


 ヒューゴの言葉にフィーリクスとフェリシティの二人は顔を見合わせた。どうやらそういうものらしい。


「俺と?」

「あたしで?」

「そうだ。不満が?」


 ヒューゴが二人に睨みを利かせようとしたところを差し止め、フィーリクスとフェリシティが握った拳を振って力説しだした。


「昨日の俺とフェリシティの戦いを見せたかったよ。MBI最強のコンビになってみせる!」

「あたし達ならどんなモンスターでも敵じゃない!」


 フェリシティがシャドーボクシングの真似をし出す。ジャブを幾度か繰り返し、右ストレート。フィーリクスは当てられそうになって引き気味だ。


「その意気込みやよしだが、熱い青春ドラマは必要な手続きを終えた後、部屋の外でやってくれ。ああそれからもう一つ。しばらくの間は訓練生として全ての訓練が終わるまでは実任務はない」

「ちぇ、つまんないの」

「更にもう一つ、自分たちが未だ事件の容疑者ということをゆめゆめ忘れるなよ?」


 ヒューゴは人差し指と中指を立て指の先を自身の目に近づけた後、二人に突き付けながら言った。いつでも見ているぞ、ということだ。つれない彼のセリフに、見るからに面白くなさそうな態度のフェリシティが舌を出して抗議する。


「これから活躍していけばいいんだ。俺達ならできるさ」

「その通りだ。君らの登録処理を、……今終わらせた。IDを返しておこう。残りの荷物は後でヴィンセント達に返してもらうといい」


 ヒューゴは自席に置かれたパソコンを何やら操作し、フィーリクスとフェリシティのIDを二人に返却する。IDとは市民証であり住所氏名賞罰など個人の特定につながる大事な情報がチップに載せられている重要なもので、この国の国民であるならば誰でも持っているものだ。それを、荷物から抜き取って登録処理に用いていたものらしい。


「どうした、もう行っていいぞ」


 その場を動かない四人にヒューゴは彼らを追い出すように両手を振って退室を促す。一刻も早く一人になりたいようだ。


「ありがとう」

「次来る時はあたし達の実力を認めさせてみせる!」

「俺たちもこれで」


 再び好奇の目にさらされ捜査課の部屋を出た後、四人は廊下を歩く。ラジーブが二人に話しかけた。


「で、二人はどこまで進んでるんだ?」

「は? え? いや、俺たちまだ出会ったばっかりだよ?」

「それもそうか、じゃあ今後の進展を最前席で見れるチケットを一枚くれ」

「そういうのは勘弁してよ」


 しどろもどろになるフィーリクスとラジーブのやり取りを、フェリシティが何かを探るように目を細めてジロジロと見る。その彼女を更にヴィンセントが見ていた。


「実はな、昨日俺達がお前達の前に出ていく前、二人の戦いを少し見てたんだ」

「嘘でしょ!?」


 ヴィンセントへと振り返ったフェリシティが驚きの色を示す。


「あたし全然気が付かなかった。多分フィーリクスも。だよね?」

「え? ああ俺も知らなかった。それって本当なの?」

「本当だ。即席のコンビにしては十分すぎるほどの出来だった。にわかには信じがたいぐらいにな。その時点でお前達をスカウトするつもりだったんだ。本当にすぐに俺達を追い越すかもしれないぞ?」

「楽しみにしててよね」


 彼が挑発じみた物言いでフェリシティに言うと、彼女がニヤリと笑う。フィーリクスは両者の目線の間に見えないはずの火花が散るのを見た気がした。


「ところでボスの態度を見たか? あれでもかなり上機嫌な方だったんだぜ」

「嘘でしょ、あれで?」

「本当なんだなこれが。で、つまりは二人は結構期待されてるってことだ」


 ラジーブの言葉はフェリシティとフィーリクスを立ち止まらせ、二人の目を輝かせた。


「やった!」

「期待に応えなくちゃね」

「ああ、お二人さん。喜んでるとこ悪いが、彼の人使いは荒い。覚悟しといた方がいいかもよ」


 盛り上がる二人に水を差したのもまたラジーブだ。彼は脅すように両手を掲げると絞った低めの声で言う。


「毎年何人かの新人が入ってくるが、ヒューゴに酷使されて心身ともにボロボロになって辞めていくんだ。残るのは心の壊れたロボットみたいになった奴らばかりだ。さっきの俺達の会話を覚えてるか? フェリシティは職員たちがみんな元気だとかって言ってたよな」

「ええ」

「あれはな、マインドコントロールされてるんだ。やる気あふれる感じがするだけで中身は死人同然だ」

「そ、それって俺達を怖がらせようとしてる作り話、だよね?」


 見るからに不安が見て取れる顔と声のフィーリクスに、フェリシティは彼の肩に手を置いて笑いながら言う。


「バカね、作り話に決まってるじゃない! そんなこと許されるわけ」

「そういやいたなぁ、フェリシティみたいな元気な子が。入ってきたばかりの時はおしゃれで愛想良くしてたけど、辞めるときにはおさげで貧相になってたよ」

「おさげ!? 嘘でしょ!?」


 ラジーブの追加情報に激しいショックを受けたフェリシティが地に沈んだ。驚いたフィーリクスが彼女に尋ねる。


「おさげに何か嫌な思い出が?」

「お願い、それ以上言わないで!」

「わ、分かったよ」


 頭を抱えて震えるフェリシティを見てフィーリクスはそれ以上追求する気が削がれた。よく分からないがこの件についてはそっとしておく方が自身のためになるだろう、と判断する。


「ラジーブ、新人をからかうのはその辺でいいだろ」

「へへ、悪い悪い。まさか真に受けるだなんて思ってなかったからな」


 ラジーブは頭に手をやり軽い調子で謝罪の言葉を述べる。それを確認してホッと息をつき立ち上がろうとしたフェリシティを、ヴィンセントが手を差し伸べ手伝った。


「やっぱり冗談だよね、よかった……」

「おさげは本当だ」

「ひいぃぃ!」


 息を吸いながらの悲鳴を上げのけぞるフェリシティを見て、ヴィンセントがニヤリと笑った。堅いように見えて彼もお茶目なところがあるようだ。


「これも冗談だ」

「冗談になってないわよ!」

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