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9話 wayward-8

 繁華街、夜の街は各店舗から漏れ出す明かりで煌びやかだ。まだ宵の口で退勤時間帯であることから、人通りは昼のそれよりも多い。数人で連れ立って、どこかのレストランやバーに入っていく若者。急ぐ用事でもあるのか、足早に去っていく中年男性。待ち合わせをしていたのだろう、会うなり嬉しそうに手を繋ぎ歩き出すカップル。それから、彼らを見送る男性と女性。


「さて、どこから見ようか」

「何かフェリシティが喜びそうなもの、思い付かない?」


 紅茶専門店、ぬいぐるみショップ、チョコレート屋、服屋、雑貨屋と巡っていく。次第に買い物そのものよりも、ニコと遊ぶのがメインに変わりつつあった。ウィッチと遭遇した緊張や、その対応に追われていた状態から解放され、気が緩んだせいがあるかもしれない。結局今のところ購入したのは、最初の紅茶専門店にあった、フェリシティがよく飲むと聞いていた茶葉だけだ。


 雑貨の一つを手に取っていたニコを見つめた。その視線に彼女も気が付いたか、楽しげに、微笑みを返してくる。


「どうしたの?」

「い、いや、その……、楽しいなって」

「あたしも。きっかけは何にしても、こういうのも悪くないかな、なんて」


 ブラウスの襟をいじりながら彼女が言う。これまでクールに振る舞っていたニコが、何か恥ずかしげにしているように思われる。それが伝染したのでもないだろうが、フィーリクスも急に高揚感が湧いてくるのが感じられた。


「ちょっと休憩しようか。そういや夕御飯はどうする?」

「たくさんはいらないかも。軽く食べられるところがあれば、そこで」


 場所を雑貨屋から近場のカフェに移し、窓際の席に向かい合って座った。周りの席は、仲むつまじくお喋りに勤しむ若い男女の二人組が多い。つまり、カップルだらけだ。二人ともカフェオレとサンドイッチのセットを頼む。挟み込む具はフィーリクスが卵とハムとレタス、ニコはトマトとベーコンとレタスだ。サンドイッチを頬張りながら、この後どうするかを考える。


「思ったんだけど、フェリシティにもう一つ何か買うなら、やっぱりゲームかな。彼女の好きなタイトルの続編が出てるはずなんだ。確かまだ買ってないって言ってたし、ちょうどいいかも」


 ちょうどサンドイッチを口に含んでいたニコが、カフェオレで流し込んでから口を開く。


「そうね、それで一緒にゲームしよう! とか言えば効果が大きいかも」

「じゃあ食べ終わったら、早速ゲームショップに行こう! ああ、売り切れてないといいけどな」


 残ったサンドイッチをペースを上げて食べ始める。それを見て顔色を変えたのがニコだ。口を開閉させ、慌てた様子でフィーリクスに向かって手を伸ばしかける。


「ね、ねぇフィーリクス。もう少しゆっくりしていかない? ゲームなら、閉店時間までまだ時間はあるんでしょ?」

「そう? ニコがそう言うんなら、俺は構わないよ」

「ありがとう」


 ニコが何を焦ったのか分からなかったが、フィーリクスが否定しなかったことで落ち着きを取り戻したように見えた。


「あのね、フィーリクス。どうして今回あたしが誘ったか分かる?」

「君は俺ともフェリシティとも仲のいい友達だし、そのよしみで?」

「それもあるんだけど……。ああもう、勇気を出すのよニコレッタ」


 ところが、どうにも彼女は妙な態度だった。フィーリクスから視線を外しがちになり、声も小さくなる。


「どうしたの?」

「何でもないの! ……その、こんなときに卑怯だって思うかもしれないけど。あたし、あなたに伝えたいことがあるの」


 卑怯とは、穏やかでない。何か重大な案件があるようだと思われた。真摯に向き合うべきだと捉える。


「何か相談事? 俺もニコに助けてもらったんだし、何でも言ってよ」

「今付き合ってる人とかいる!?」


 急に大声になったニコに驚く。周りにいた客も驚いたのだろう、一気に注目が集まる。それも内容が内容だけに、皆聞き耳を立てているように感じられた。それが証拠に、一様に静かになった。


「ああ、えーと。いないけど」


 周囲を睨みつけるだけの、軽い威嚇をする。それだけで皆諦めたように自分達の世界に帰って行く。それを確認してからニコの質問に正直に答えた。付き合ってる人などいない。確かなことだ。


「そう、よかった」


 なるほど、ニコはどうやら自分をからかいたいらしい。そう判断すると、眉間にしわが寄るのを感じた。


「シングルで悪かったね」

「違う違う! 誤解だってば。バカにするつもりで言ったんじゃない。あたしだってシングルだし」


 その報告はフィーリクスにとって意外なものだったが、ニコの言いたいことの本質が見えず、彼女の言葉の続きを待つしかない。


「それで、もう一つ確認させて。フィーリクスにとって、フェリシティってどういう存在?」


 フィーリクスはこの質問で彼女の意図が分かった。フェリシティとの関係を明確に聞いて、何かよりよい仲直りの方法を考えてくれるつもりなのだ。そう考え直す。誤解から皮肉っぽく返してしまって、彼女に対して申し訳なさが湧く。


「フェリシティは、親友だよ。そして大切な相棒だ」

「それだけ?」


 答えとして、不十分だったか。ニコの催促に言葉を付け足す。


「いつも一緒にいてとても楽しい。かけがえのない仲間で同志。彼女と離れるなんて、考えられない。彼女に何か困ったことが起こったら、何をおいても彼女を助けるよ」


 フィーリクスはよく考えればこっぱずかしいセリフを、よく言えたものだと思ったが、自然と出た想いがそれだった。


「本当に彼女のことを真剣に考えてるのね、羨ましいなぁ」


 ニコが眩しいものでも見るような目でフィーリクスを見つめる。サンドイッチを食べるのも忘れ、ため息をついている。


「え? いや、だって、さっきも思ったけど、君だってエイジととても仲がいいじゃないか。それに、てっきり彼と付き合ってるんだって思ってたのに」

「仲はいいけど、彼とはあくまで仕事上のパートナーとか友達として。それに、それを言うならあなたも。フェリシティと、そうだとばかり考えてた」


 フィーリクスがカフェオレを飲む。カップを置くと、今度はニコが自分のカップを持ち上げ中身を飲む。フィーリクスがサンドイッチをかじり、またカフェオレを飲む。少しの間、二人の間に妙な沈黙が続いた。


「えーと、どうしよう」


 ニコは話を再開する気配がない。何か新たなアドバイスをくれるのではなかったか。ただそれは、勝手な思い込みであったことを思い出す。とはいえこのままでは間が持たない。フィーリクスがあれこれ考えていると、ようやく彼女が声を発した。


「うーん、これからが本題なんだけど、ここではちょっと……」


 気が付けば、周囲の客が再び静かになっていた。厳密には全くの静寂ではなく、何事があちこちから囁きが聞こえてくる。


「どうにも初々しいわね」

「見ていてどうなるか予測するのが楽しい」

「こういうのって他人のことでもワクワクするよね」

「あまりジロジロ見ていたら気付かれるぞ」


 全部聞こえているぞ。そう言いたかったが、それどころではない。フィーリクスは混乱していた。そういう話はこれっぽっちもしていなかったではないか。ニコと自分でフェリシティとの仲直りの算段が、そのニコはどうした。彼女は何故顔を赤らめて俯いている。具合が悪くなったのか。


「ニコ? 大丈夫?」

「大丈夫だけど、大丈夫じゃない。店を、出ましょう?」

「わ、分かった」


 ニコの言葉は途切れ途切れではあるが、何か妙な迫力を感じて逆らう気は起きなかった。サンドイッチの残りを口に押し込んで、カフェオレで無理に流し込む。当然のどに詰まって死にそうになる。ことの成り行きを最後まで見られないことに対するものだろう、他の客の残念そうな「ああ」だの「おう」だの声の唱和を後に、フィーリクス達は店を後にした。歩く彼女の姿に、先程の具合の悪そうな感じは見受けられなかった。


「はは、さっきのは参ったね。皆変なことを言うし、話題に集中できない」

「そうね、できたら二人きりで話せるところはないかしら。もちろんゲームを買った後で」


 二人が次に向かうのは、カフェから近くにあるゲームショップだ。フィーリクスにとっては馴染みの店であり、フェリシティとも何度か一緒に訪れたことのある場所だった。内装は小綺麗に整えられている。棚には整然と多くのゲームタイトルが並んでおり、ボードゲームやカードゲームなどを行うためのテーブルもいくつか置かれている。客は、今は二人の他に誰もいない。


「いらっしゃい、……フィーリクスじゃないか。おや、今日はフェリシティと一緒じゃないんだね。新顔だ。またかわいらしい娘さんじゃないか」


 店の主がカウンターの向こうから二人を出迎える。老年の男性だが、こういう店をやるだけあって、ゲームにかなり詳しいことで定評のある人物だ。売り物ではないが、レアなゲームを多数秘蔵しているという噂も流れており、その筋では有名人なのだとフェリシティに教えたことがある。ウィルチェスター歴の浅い彼女に、まだ知らない街のことを教えてと言われて伝えたことの一つだった。


「こんばんはマスター。モリオカート9はある?」

「ちょっと待ってくれ。あーうん。あった。運がいい、最後の一本だ」


 マスターが棚から目的の物を取り出し、フィーリクスに数度振ってみせる。気難しい人物ということはなく、気さくな人柄で子供達への対応もうまい。いつも笑顔の彼が、何事か思案するような態度でフィーリクスを見つめていた。その視線がどうにも、心を見透かしているように感じられて落ち着かない。


「やったね! プレゼント用にラッピングをお願い」

「もしかしてフェリシティに? それで、隣の彼女はどなたかな」


 それまで店内を見回していたニコが、マスターに微笑む。


「初めまして。ニコレッタっていいます。ニコって呼んで。あなたの言うとおり、今日はフェリシティへのプレゼントを買いに来たの。あたしも彼女の友達なのよ」


 彼女の挨拶に、マスターも難しい顔はやめて笑顔で対応することにしたようだ。


「そうか、それで。てっきりフィーリクスがあの元気な嬢ちゃんと別れて、新しい彼女でも作ったのかと思ったよ」

「まあ! そう見えるの?」

「見えるとも。ちょっとフィーリクスの方が不釣り合いに感じるくらいだけどね」

「マスター! 頼むから早く包んでよ」


 フィーリクスとしては話が変な方向に進む前に用事を済ませてしまいたかった。急かすような口調で二人の会話に割り込む。普段は憩いの場所であるここが、どうにも居心地が悪い。


「あら、褒められて悪い気はしないでしょ?」

「俺は、褒められてるの?」


 フィーリクスの問いには、マスターが答えた。作業をこなしつつ笑顔は崩さないが、先程感じた雰囲気をまとったままだ。


「最大限に褒めてる。それより、フェリシティの誕生日でも近いのかい?」

「え? いや、そういう訳じゃないんだ。けど、その、サプライズ的なやつでさ」

「喧嘩でもしたかね」

「何で分かるの!?」


 驚愕の表情で彼を凝視する。それほど妙な態度はとっていないはずだと、そう思っていた。努めて冷静に振る舞っていたのに、何が原因で悟られたというのか。フィーリクスは理解が追い付かない。


「これでもいろいろ見てきたし、経験してきたからね。分かるさ」


 一言では語りつくせない。そんなことを言う。自分も長生きすれば、そういう機微が分かるようになるのだろうか。そんな思考がフィーリクスの頭をよぎる。


「当たりだよ、ボブ。確かに彼女と喧嘩した。事情があってのことなんだけど、彼女に悪いことをしたんだ。それで、せめてものお詫びに、一緒にゲームをプレイしようって誘って、仲直りのきっかけになればって思ってさ」


 ボブと呼ばれた彼は、そこでようやくフィーリクスに対する態度を緩めた。手を止めて柔和な、それでいてどこか寂し気な笑顔を浮かべている。フィーリクスがそんな彼の表情を見るのは初めてだった。


「やっと素直になったな。その分ならきっとうまくいく。強情なのが一番いけないんだ。相手に心を開くこと。それが問題解決への最善策だよ。彼女に対しても、素直に自分の気持ちの通りに行動することだね」

「ボブ……」

「もちろん時と場合によりけりだ。ビジネスの場なら、そんなことをすればクビにしてくれ、と言ってるようなものだからね」


 そう言うとボブは快活に笑って包み終わったプレゼントをフィーリクスに手渡した。会計を済ませ、ポケットに小さな包みを突っ込むとボブに手を振って店を出る。


「素直が一番かぁ。彼、いいこと言うわね」


 隣を歩くニコが言う。感慨深げな響きを乗せたその言葉は、雑踏に紛れずにフィーリクスの耳にしっかりと届いた。


「ニコ?」

「それが一番難しいもんね。あなたもフェリシティも、そしてあたしも」


 ボブの助言はフィーリクスも真剣に受け止めている。語りこそしなかった。だが彼の態度から、昔何かがあったに違いないことが容易に察せられた。苦い何かが。


「そうだね。確かに難しい。でも、ニコがそんなこと言うなんて意外だな」


 彼女もそう簡単に詳らかにできないものを抱えている。そう推し量りながら歩き続ける。


「フィーリクス。フェリシティとの仲直りは、できるだけ早くした方がいいと思う」

「ああ、分かってるよ」

「本当よ? 真面目に、一刻も早く、ちゃんと彼女と話をして」

「ニコ、大丈夫。俺もちゃんとやるって」


 向かうのは車を置いているMBIだ。買うものは買い、話はついた。後は、帰るだけのはずだった。それなのに、何かが妙だった。


「フィーリクス」

「どうしたの?」


 視線をニコに向ける。彼女の横顔を見る。頬が赤い。瞳が潤んでいるように見えた。やはり具合が悪いのだろうか。


「やっと決心がついた。これから言うことは、冗談とかじゃないからね」

「え? ああ、うん。分かった」


 そうではなかった。彼女は、早速素直になることを実践しようとしている。その意気込みが彼女をそう見せていたのだ。


「あなたとフェリシティがMBIに入ってきたと時、最初はおっちょこちょいで面白い二人組が来たものだって思ってた」


 フィーリクスは苦笑する。否定できることではなかった。その自覚はあった。自分もフェリシティも、今はそこそこ戦えているが、最初はひどいものだったからだ。ただ彼女は何故急にこのような話を始めたのだろうか。そこが分からなかったが、終わりまで黙って聞くべきだと彼女の発する雰囲気がそう物語っている。


「何回も一緒に仕事をして、あなた達を見てきた。あなたが作戦を思いついて、フェリシティの突破力もあって、それで色んな事件を解決に導いてきた」


 まだ数ヶ月だ。MBIに入ってまだ半年にも満たない。それでも色んな事件があった。


「二人はどんどん成長していって、いつの間にか頼もしい仲間になってた」


 ニコの話が急に二人を褒める方向に転じ、照れを覚える。褒められて悪い気はしない。先程の彼女の言葉だ。


「最近、あなたのことをよく考える」


 気が付けば、フィーリクスもニコも足を止めていた。二人は向き合う。どこかの店のショーウィンドウからの灯りに、二人が照らされている。舞台の主人公はこの二人だと言わんばかりに、彼らを周囲から浮かび上がらせている。


「暇があれば、あなたのことを見てた。それで気が付いたことがある」


 彼女から目線を外すことができない。彼女の小さな仕草一つに、注意を引かれる。まっすぐに、ただまっすぐに見つめ合う。


「あなたが作戦を練ってるときや、モンスターと戦っている時。とても活き活きとしてるっていうか、その、輝いてる。何か特別なものを感じるの」

「ニコ」


 フィーリクスは自分の頬が紅潮するのを実感する。心拍数が急激に上がっている。彼女の言葉を受けて、ある感情を覚えていた。


「楽しそうな所悪いが、ちょっといいかね?」


 突然だった。二人の舞台に奇妙な闖入者が現れる。フィーリクス達のすぐそばに男が一人いた。その者はMBIが探している人物だ。フィーリクスがニコに何かの反応を返す間もなく、次の幕へと事態が動き始めていた。ただタイミングが最悪だ。


「一つ忠告しに来たのだよ」

「フィーリクス、知ってる人?」

「例のホテル荒らしだよ」


 その相手は、フィーリクスが昼間追跡中に一度逃がした男だった。ニコはフィーリクスの後ろに隠れるようにしている。小さく振り返り見れば、彼女は彼を睨みつけていた。


「そのホテル荒らしはよしてもらえるかね。私には、オリバーという名があるんだ」


 部外者に、しかもウィッチに個人的な話を聞かれたかもしれないのだ、無理もないだろう。自分でもそうする、とフィーリクスは彼女をかばうようにしてオリバーに対峙した。それにしても、接近されるまで全くと言っていいほど気が付かなかった。やはり何かの魔法を用いて、フィーリクス達の意識の外にいるらしい。今は話しかけるために解除しているのだろう。


「青春ごっこもいいが、今頃君達の仲間が危ない目に遭っているはずだ」


 何故こんな時にのこのこと出てきたのか、思案しかねる登場でしかない。仲間が危ないとは、何かを仕掛けるためのブラフか。


「彼女には少し悪いことをした。仲間が近くにいるかもしれないと思って、彼女に見つかったこの場所で張っていたら君を見つけた。だから君に伝える」

「何なんだ。一体お前は何を言ってるんだ?」


 フィーリクスはオリバーの言う彼女が誰のことか分からない。彼は、慇懃な態度で謝罪の意を表している。紳士ぶったその物腰が、鼻につく。


「どうして気付かれたのか。たまに勘の鋭い者がいるようだ。君達より背が低く長い髪の毛で、活発そうな女の子に、バレバレの尾行を受けてね」

「「フェリシティ!」」


 フィーリクスとニコは顔を見合わせる。フェリシティのことに違いないと思われた。なぜ彼女がオリバーを追跡していたのかは不明だが、それより気になるのは、その本人が目の前にいて、彼女がいない理由だ。


「彼女をどうしたのさ!?」


 場合によっては、オリバーを許さない。逮捕だけでは済まさない。暗い決意が、フィーリクスの胸の内に沸き起こっていた。


「尾行を捲いたのはいいんだがね、捲いた先を間違えた。いたずら心から、アーウィンがいる所に彼女を案内してしまったんだ」


 鼓動が一気に早まる。血の気が引いていく感覚が襲う。聞こえた内容は、想像を超えて最悪なものだった。


「場所は、市庁舎の南にある広場ザ・オーバルだ」

「今すぐお前を捕まえてやりたいけど、また次の機会にしてやる!」


 フィーリクスは走り出す。ニコが付いてくるか確認のため振り返った時には、もうオリバーはどこにもいなかった。いや、そこにいるのだ、きっと。フィーリクスはそう思う。ただ認識できないだけなのだ。彼を捕らえるのは、何とかその魔法を打ち破ってからでないと不可能に近いだろう。


「色々言いたいことはあるかもしれないけど、急ごうニコ!」

「大丈夫、分かってる。彼女の身の安全が優先!」


 今彼を野放しにすることによる危険は、小さいものに思えた。彼は暴力を行使して何かをするタイプではないように思われたからだ。いわゆる穏健派タイプというやつなのだろう。ウィッチ相手に何を、と他のエージェントが聞いたらそう言うだろうが、フェリシティの危機を教えた理由がそれ以外考え付かなかった。それに対してアーウィンは危険な人物だ。武闘派と言って差し支えない。フェリシティ一人で対処できるかどうかも不明な相手であり、一刻も早く彼女の元へ駆けつけたかった。


「加速、ちょっと使うよ」

「この際しょうがないわね」


 ザ・オーバルまでの距離は一キロメートルちょっと。出力はかなり抑えてある。車道にはみ出しながら走り抜けた。通行人や車を多少驚かせることになったが、昼にオリバーを追跡した時とは違う。現行メダリストの出せる最高速度を軽く超えているだろうが、走るだけならそこまで、夜ということも手伝って、大して人の記憶に残るものでもない。ものの数分で公園付近まで到達した。そこからはスピードを落とし辺りを探る。程なくして広場の中央に、人影を二つ見つけた。

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