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9話 wayward-7

* * *


 フィーリクスは自分のデスクで策を練っていた。ホテル荒らしを捕まえる算段だ。次に遭遇したら、多少目立ってでも追跡、捕縛をするべきだと踏んでいる。ヒューゴが難色を示すかもしれないが、少しくらいは目を瞑ってくれるかもしれない。そう甘い想定をしながら、ホテル荒らしの見せた特殊能力について考える。


「どんな魔法なんだろ」


 他人からの認識を阻害する。そんな印象だった。追跡している自分には効果がなかったように感じられた。だが思えば、彼を見失った時。あれは単に距離が開いたせいだけでなく、その効果が自分にも及んだためではないだろうかと推察された。


 有効な対策は何が考えられるのか。その前に、敵の魔法の正体についていくつか仮説を立ててみることにした。まず一つ、彼は単に透明化しただけ。これは即座に却下した。それは通行人達には見えていない、というよりは彼を自発的に避けていたような節もあったからだ。追跡しているときも感じられたが、彼らはまるで障害物を避けて通るような態度だったと振り返る。


 フィーリクスは唸る。次に推測したのは、記憶操作だ。精密な魔法技術により、周りの人間に自分を害のない何かに思わせた。これはあり得そうな気がした。通行人は勢いよく彼とぶつかりそうになっても、驚きもしなかった。目の前に突っ込んでくる人物を避けるにしては、ひどく不自然な反応だ。その理由としては辻褄が合う。まだ見たことはないが、ヒューゴが常々脅しに使う記憶消去に関する魔法があることから、可能性はかなり高いもののように思われる。


 三つ目に考えたのは、幻覚によるものだった、ということ。記憶操作までは行かないが、ある程度似たようなことはできるだろう。ただ、二つ目に比べると弱い気がした。


「悩んでるねぇ、フィーリクス」

「エイジ、どうしたの?」


 思索に耽って、同僚の接近を察せなかったようだ。いつの間にか、デスクの前に名を呼んだ人物が立っていた。


「ヒューゴに呼ばれた。フィーリクスとチームを組んで、ウィッチと思われる妙な男を捕まえるように、ってさ」


 彼が話しながらデスクに腰掛ける。どうもそういうことらしいが、彼の共に連れだって歩くべき人物、ニコが隣にいない。彼女は少し前にフェリシティとどこかへ行ったきりだ。


「そうそう、ニコから知らせがあったよ。フェリシティと同じく、彼女もミア対策チームの一員だ」


 エイジが端末を確認しながら言う。彼女からメッセージを受け取っていたらしい。それを読み返しているようだが、彼女達が今何をしているかまでは書いていないらしい。彼のセリフはそれだけだ。


「しかしこういう組み合わせも珍しいね。相手がウィッチっていう、特殊中の特殊だからかもしれないけど」


 彼の感想ももっともなことだ。二人とも普段の相棒と別れ、別々の仕事をする。確かにあまり例に見られないことだった。


「やるからには、絶対捕まえるさ」


 とはいうものの、フェリシティと一緒じゃないのはこれが初めてというわけでもない。大きな事件ではないが、彼女抜きで戦うことが過去にあった。今回も、問題はない。


「もう集まっていたか。俺も混ぜてくれ」

「キーネン、君もホテル荒らし追跡チームに配属されたの?」


 新たにフィーリクスの前に現れたキーネンが頷く。どうやら彼も、相棒のディリオンとは別行動になるようで一人でいる。


「ああ、聞いたところによれば、変わった魔法を使うそうじゃないか。俺の力が役に立つ、とヒューゴが判断したんだろう」

「心強いな」


 彼の聴力ならば、姿を捕らえられないとしても、位置を把握できるかもしれない。そういう期待がもてる戦力だ。


「魔法を使って、聴力の強化もできる。敵の攪乱だか何だかの魔法の射程範囲外から、相手を捕捉できるはずだ」

「頼りにしてる」


 彼からフィーリクスの予想通りの答えが返ってきたため、ニッと口角を上げた。


「ところで、ディリオンは?」

「彼なら、ミア対策チーム側に組み込まれたよ」

「そ、そっか。ありがとう」

「……まあ何とかなるさ」


 その後、三人で今後の作戦を練るが、フィーリクス以外は犯人に遭遇していないため、中々いい案が浮かばない。時の経つのは早いものであっという間に終業時間間際となり、解散することになる。結局、その日フェリシティと再び顔を合わせることはなかった。仕方なく帰ろうと、地下駐車場に行くためエレベーターに乗ったときだ。


「ん? 何だろ」


 ニコからメッセージが届き中身を確認すると、今から会えないか、という内容が記されている。フィーリクスは特に予定などはない。駐車場で待ち合わせということになり待っていると、数分もしない内に彼女が顔を出した。


「フィーリクス、ありがとう。ちょっと付き合ってほしくて」

「どうしたのさ。メッセージに用件は書いてなかったけど」

「それがね、その……」


 ニコは何か言い淀んだが、すぐに口を開く。


「フェリシティのことなんだけど」

「あー、うん。やっぱりか。そうだと思った」


 彼女からフェリシティが本当はそこまで怒っていないことを聞く。フェリシティにとって大切なことがある。それが邪魔して、フィーリクスに対して素直になれないのだと語った。


「それは、分かるな。俺にだって似たようなことがある」

「あたしもね。MBIエージェントとして、今までしっかりとやってきたという自負がある。それをけなされたら、あたしだって少しは怒る」

「だよね。俺も反省してる。フェリシティには本当に悪いことをしたよ。何かいい仲直りの方法があればいいんだけど」

「ちゃんと分かってるようで安心した」


 ニコが涼やかに笑う。こういうときの彼女は魅力的だとフィーリクスは思う。彼女は普段クールに振る舞い、大きな感情の起伏を見せない。そんな彼女の何気ない表情は、自然と心に来るものがあると感じられた。であるならば、もう少し反応を見たくなるのが人の性というものかもしれない。


「そういや、ニコが怒るところって、あまり見たことないな」


 ニコが眉を跳ね上げる。彼女にとってフィーリクスの言葉は意外だったようだ。


「そうだったっけ。あんまり意識したことがないから、よく分からないけど」

「俺の記憶の限りでは、特に」

「そう、ってそんなことより、今はフェリシティとの仲直りに集中しなきゃでしょ?」

「今のは怒ってる?」

「しつこいと本当に怒る」


 ニコに軽く睨まれたため、実行される前にやめることにした。彼女をまじまじと見る。彼女は度々一緒にチームを組み、仕事をする仲だ。ある程度彼女のことを知っているつもりでいたが、では彼女の何が分かるかと言えば、具体的に何か挙げられるほどでもないことに気が付く。


「ごめん。フェリシティに謝るのに、何かいい案があるなら協力してほしい。お願いするよ。多分このままじゃ、口もきいてもらえないような気がするんだ」

「彼女のこと、よく分かってるのね。確かに、彼女はあなたが言ったことを撤回するまでコンビに戻らない、って主張してた」


 拳を突き出しニコが言う。微笑みながらの彼女の言動には、少しふざけた様子が見られた。もしかしてフェリシティも同じようなことをしたのだろうか。それをニコが茶化しながら彼女の真似をしたのか。そう思うと、思わず小さく噴き出してしまった。


「MBIを辞めろ、ってやつだよね」

「ええ。まさかとは思うけど、本気で言ったんじゃないんでしょ?」


 彼女から不真面目さが抜ける。フィーリクスの目をしっかりと見て、反応を待っている。フィーリクスも切り替えて誠実に、しかし内心焦りを覚えながら対応する。


「もちろん本気じゃない。いや、ある意味本気でもあるんだけど、でもそうじゃなくて。ちょっと事情が複雑なんだ。それで……」

「何言ってるのよ」


 焦りがそのまま表に出て、途中から支離滅裂になった。そのフィーリクスの様子が面白かったのか、今度はニコが笑い出す。ひとしきり笑った後、小さく息を吐いた彼女がフィーリクスの肩に手を置いた。


「分かった。協力してあげる。そうね、彼女に何かプレゼントをする、なんてどうかしら?」


 彼女はこれ以上深く追求する気はないようだった。ややこしい事態になるのは避けたかったため安堵する。


「プレゼント、かぁ。考えてもみなかったな。どんなのにしたらいいと思う?」

「それは、……実際に見て考えましょ? お店に行ってね」

「いい考えだね。行こう」


 そういうことになり、二人は街へ繰り出した。

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