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9話 wayward-2

* * *


「それで、悩みって何なのかしら?」


 昼、とあるオープンカフェでのことだった。人通りの多いストリートにあるちょっとお洒落な店。客層は若い女性が中心だ。ファッションや小物の流行り、恋話などで盛り上がり、賑わっている。そこへ新たに二人の女性が席につく。丸テーブルに一台につき、椅子が四脚ずつ用意されている。そこへ対面する状態で座った。早々に注文を終えたらしい、二人に付いていたウェイターはチップを受け取ると、微妙な表情で店の奥へと引っ込む。そのタイミングで放った、二人の内一人、フェリシティの同僚ニコのセリフがそれだった。対するフェリシティの返答は、鈍い。


「うーん、何て言ったらいいのか」


 フェリシティからニコへ相談があるということで、二人は今日この時間この場所で待ち合わせていた。勤務中の休憩時間を利用してのことだ。


「あら。フェリシティにしてみれば、どうにも歯切れが悪いのね」


 ニコの言うように、普段フェリシティが話を切り出すのに困ったことは少ない。物事ははっきりさせられるものは、はっきりさせたい。そういう性格だからだ。出だしに詰まっているのは、単に具体的な表現方法に迷っているからだった。


「仕事で何かあったの? 任務で妙な失敗をしたとか」

「あー、そういうんじゃないんだよね。任務はきっちりこなしてる。あたしも、あいつも」

「あいつって、その、あなたの相棒?」

「そうだよ」


 フェリシティは足を組み、テーブルに肘を立て頬杖をつく。物憂げにため息を一つ。視線はどこを見るともなく、遠くへ流れていく。


「いかにもアンニュイ、って感じじゃない。絵になるわ」

「やめて」


 ちらりとニコを見やるが、それだけだ。すぐにまた視線を彷徨わせた。


「からかってるわけじゃないのに」

「そういう気分じゃないってだけ、ごめんね。それで話なんだけど、あたしの相棒に関する話」

「それって? 仕事がうまくいってるなら、もしかして、仲違いでもしたの?」


 一瞬ニコが嬉しそうにしたように思えたのは、フェリシティの気のせいだったろうか。ちゃんと見ていなかったので分からない。


「そうじゃない、仲はいいよ。でも最近あいつの様子が変なのよ」


 目線をちらりとニコに向ける。彼女を見つめる。彼女は至って真面目な顔で、フェリシティに視線を返している。


「変って、確かに、ちょっとばかり変わってるところがあるのは否めないけど……」


 ニコは、フェリシティを何度か見回しながら、そんなことを言った。まるで、変わっているのはフィーリクスだけではなく、フェリシティもそうだと言わんばかりの態度だ。といって、彼女に悪気があるわけではないようだった。しげしげと、フェリシティの様子を観察している彼女に、ふざけたところは見受けられないが、いい気分のするものではない。


「そうよ、フィーリクスもあたしも、ほんの、ほんのちょっとくらいは、変わったところがあるかも、……ってそういうことじゃないっての」

「え? じゃあ何?」


 ニコに相談を持ち掛けたことは失敗だったかと、フェリシティは早くも後悔し始めた。彼女はこのような性格だったろうか。もう少しクールでしっかりした人格の持ち主だと捉えていたが、どこか浮ついたところがあるように見える。などと考えるが何とか持ち直し、話を再開する。


「あのおっちょこちょいなんだけどさ。よく落ち込んだりとか、気が小さいところがあったよね?」

「ええ。そこがまた可愛いのよね、じゃない! ……ええと、それがどうしたの?」

「それがなくなってるっていうか。調子に乗ってるわけじゃないんだけど、なんていうか、あいつらしくないのよ」

「具体的には?」

「そうね、例えば……」


 ここでウェイターがドリンクを持ってきたため話を一時中断した。フォームミルクをたっぷり乗せた紅茶ラテを一口すすり口を湿らせる。白い口髭を生やしながら、フェリシティはここしばらくの出来事を思い出し、ニコに語る。


「まず一つ目」


 フェリシティとフィーリクスの二人はある敵を追っていた。透明タイプの猫型のモンスターだった。なぜ猫型と分かったかと言えば簡単だ。相手がすばしっこくて、なかなか捕らえられない。フィーリクスは顔を、頭を踏まれ背中を踏まれ、足跡だらけにされた。挙げ句、顔中爪で引っかかれたからだ。その時彼は、その無様な様子を、フェリシティによって写真や動画に収められた。


「普通ならそれで不機嫌にでもなるんだけど、笑って流した」

「へぇ、後で見てもいい?」

「いいよ」

「他には?」


 蔓性の人喰い植物のモンスターが街で暴れた。対処に当たった二人は順調に触手を切り、焼却し、追い詰めていく。後一歩というところだったが、フィーリクスが再生した触手にからめ取られ、みっともないポーズで捕まった。フェリシティは蔓を切り刻み、爆発四散するモンスターをバックに、お姫様だっこで彼を助けた。


「三日は凹んだままになるはずが、翌朝にはケロッとしてた。おかげでからかえない」

「それも写真とかある?」

「任せてよ。後でまとめて見せたげる」


 夕暮れ時。町外れの廃墟に出没するというゴーストタイプのモンスターを巡って、警察の特殊部隊スワットと競合中のこと。お互いの攻撃とも敵をすり抜けてしまい、手の打ちようがないと思われた。ところが、スワットは秘密兵器を持っていた。電磁力だかなんだかを利用した捕獲機を用いて、触れることのできない相手を捕まえてしまった。これはフェリシティも悔しい思いをすることになったのだが、フィーリクスは平然としていた。


「あれは不気味だった。なんかニコニコしてたし。ってな感じでねー、どうもしっくりこなくて」

「色々あったみたいね。でも、それが悩みなの? それは、どっちかっていうと、喜ばしい変化じゃない? その、彼が男として成長した、って感じがするけど。あたしは、頼もしく思うなぁ」


 ニコの指摘に、ハッとなる部分があった。そう言われてみればそんなことがあるのかもしれない。いやない。葛藤を続けるが、ニコはなおも続ける。


「きっと、これまで色んな任務をこなしてきて、鍛えられたのよ。ほら、しばらく前にあった事件。大寒波に襲われたやつ。あれの解決にあなた達が一役買ったんでしょ? あの影響も大きいんじゃない? エイジも見習ってほしいところね」

「随分あいつを持ち上げるじゃない」


 フェリシティはつい反射的にそんなことを口走る。タイミング的にはニコの言うとおりだった。とはいえ、彼の変化は本当に成長したが故なのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。ニコは僅かに言葉に詰まったが、すぐにまた口を開いた。


「そう思えたから、言っただけ」

「そうなの?」

「そう。フェリシティ、あなたも素直になったらいいのに」

「ヘ!? あたしが!? あたしはいつも素直だよ」

「本当にそうかしら? あなたはそう、例えばだけど、彼に頼りにされたいって、どこかで思ってるんじゃない?」

「確かに、キャリアや実績はあたしが上だし、ちょっとくらい、そういうことがあるかもしれないのは認めるよ。でも、それ以上に何かあるってわけじゃないし……」


 フェリシティはニコの言うことはにわかには信じられない。そんなことを言われても隠すものなどない、と思っていた。フィーリクスに、自身の過去を打ち明けてからは特にそうだ。むしろ、何か隠しているのは彼の方ではないのか。彼女の胸中に、急に疑念が湧き出てきた。今まであまり考えたことはなかった。だが、思えば彼にはよく分からない点がいくつかあった。


「フェリシティ? ふぅん、随分考え込んでる」


 前にフェリシティを助けるために、出力制限を越えた動きを見せたことがあった。それで助かったのだが、あれは明らかに異常だった。なのに何故自分は、いや、誰も疑問に思わなかったのか。まさか、自分以外の人には情報統制でも行われているのだろうか。自分はそんなことをする必要がないから。でもそれって、あたしのことバカにしてるよね。フェリシティは真剣だ。


「おーい」


 何故彼は、バスターズを目指したのか、MBIに入ったのか。一応は聞いている。理想とするモデルがそこにあるからだろう。幼い頃にモンスターから救ってくれた人物が、彼にとってのヒーローとして、その目に映ったのだ。ただ、それは理由としては薄いように感じられた。では、それではない理由を挙げるとするならば。やはり復讐だろうか。彼は家族の話をするとき、寂しそうな、悲しそうな顔をする。それと同時に、狂気めいた表情も覗かせるときがある。それは、決していいものではないだろう。自分にも復讐心がないわけではない。幼なじみを殺されて以来、漠然とした怒りがずっと燻っている。それでも、彼が自分の隣にいる理由が、後者であってほしくないと、フェリシティは願っている。


「帰っちゃうよー」


 そのフィーリクスがストリートを、フェリシティの目の前を走り過ぎる。それともう一人、見知らぬ誰かが彼より先に通っていった気がしたが、よく分からない。


「は!? フィーリクス!?」

「え!? フィーリクス!?」


 目を疑うフェリシティと、思わず振り返るニコ。二人の驚嘆の声が時間差であがったが、彼を追いかけることはできなかった。フェリシティに、後ろから声をかける者があったからだ。


「退屈な役回りを押し付けられたと思いきや、いいもの発見しちゃったなぁ。やぁ、久しぶり!」


 フェリシティは思わず立ち上がる。振り返ると身構えた。聞き覚えのある声。あまり聞きたくはない声。ウィッチが一人、ミアのものだった。

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