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9話 wayward-1

 痩せ気味の中年男性がいる。やや気の弱そうなところのある、どこにでもいそうな至って普通の人物。白いワイシャツの上に、緑のベストを重ねたスタイルだ。彼はフィーリクスに向かって手を挙げて合図を送っている。


 フィーリクスは街中の、とあるホテルの一階にあるカフェを訪れていた。MBIの勤務時間中ではあるが、休憩時間を利用してのことだ。この街では中堅どころのホテルで、地下鉄の駅にも程近い。日々多くの人間が利用する場所だ。フィーリクスがこのカフェを利用するのは二度目。訪れた理由は、その男性と会うため。彼と会うのも二度目だった。


 話は二週間ほど前に遡る。テーブル席の一つにフィーリクスとその男性が向かい合って座っていた。


「やあ、呼び出しに応じてくれてありがとう。君がフィーリクスだね。私はハワードだ。会えて嬉しいよ」


 ハワードは優しげな声で呼びかける。初対面だが、彼はフィーリクスの顔を知っていた。連絡先もだ。顔についてはある人物から、顔写真でも見せてもらうことがあったのだろうと推測された。その人物とは、フィーリクスの友人であり相棒である、フェリシティのことだ。


 フィーリクスの出会った相手、ハワードはフェリシティの父親だ。彼女の家族は代々バスターズを生業としている家系だと聞いていた。そのために彼のことを、勝手にごつい体型の厳つい人物なのでは、と想定していた。拍子抜けだった。ただ、今回彼に呼び出された目的は聞いていない。それが何なのか、フィーリクスには見当がついていない。


「さあ、座って。飲み物はコーヒーでいいかな」

「もちろん」


 勧めに応じて彼の向かいに座る。彼はコーヒーを勧めてきた。この時点で好感度が上がっている。この人とは仲良くなれそうだ。判断基準がおかしいなどとは一つも考えていない。


「突然連絡があったときには驚いたよ。俺の連絡先はどうやって?」

「ああ、娘からだよ。妻と娘から聞いてるよ。娘の相棒として活躍中! とか」

「ええ、彼女とはうまいこと噛み合うみたいで。MBIに入ってからずっと一緒に」

「信頼しあえるいいパートナーなんだね」

「このままいい関係を維持、より強固なものにしていきたいと思ってる」

「頼もしいな。よかったら、君のことを聞かせてくれないか?」


 互いの自己紹介や、フェリシティに関することなどでしばし談笑する。ハワードはバスターズに所属している。少し前に現場からは退き、管理部門に異動した、ということだった。フェリシティの幼少の頃の様子や、バスターズでの失敗談などを聞き、フィーリクスは大いに笑った。最後に、フェリシティがバスターズからMBIに転職したときも、彼女の母親同様大いに驚いたとハワードは語った。


「有意義な会話ができたよ」

「フェリシティに関して、面白い話が聞けた」

「ここだけの話にしてくれよ? 君がそれをネタに娘をからかったりしたら、私が漏らしたとバレてしまう。そうしたら、娘に嫌われる」


 冗談めかして言うハワードに、フィーリクスは微笑んで頷いた。楽しかったが、それにしても。フィーリクスは考える。それにしても、ハワードの用件がまだ見えない。こんな話をするためだけに、わざわざ娘の同僚と会おうとするだろうか。いや、そんなはずはない。


「それで、そんな君にちょっとしたお願いがあるんだ」


 ハワードはそんなフィーリクスの訝しがる様子を見て取ったようだ。どうやら本題に入るらしいと思われた。が、気さくな人柄、穏やかな風貌、親しみやすい語り口調に、フィーリクスはすっかり彼に気を許していた。その彼がフィーリクスに、テーブル越しに握手を求めてくる。それに気軽に応じた。


「お願い?」

「ああ。その、なんというか、フェリシティがMBIを辞めるように、君から説得してもらえないかな」

「なっ、何を?」


 全く予想だにしていなかったお願いの内容に、思わず硬直する。その時彼が、フィーリクスを意外に強い力で引き寄せる。彼もすっとフィーリクスの耳元に寄ると、丁度テーブルの真上辺りで耳打ちをした。


「私は知っているよ。君と娘が、MBIが何をしているか」

「ははは、一体、何のこと?」


 突然の指摘に狼狽するも、何とかとぼけてみせる。だがフィーリクスの質問には答えず、彼は話を続ける。


「娘の背中を預かるんだ。何か起きたとき、真っ先に疑うことになるのは、君だ」


 言い終えると、また距離を置く。握手したままだった手を二、三度振って離す。フィーリクスは彼の言葉で悟っていた。彼は、MBIの本当の姿を知っている。先程、現在彼はバスターズの管理部門に所属していると言った。MBIとバスターズ及び警察の上層部で、モンスターの強さなどを基準に処理の割り当てをしているという話を、前に聞いたことがある。彼のいる管理部門こそが、そういうことを担当するその上層部に当たるのではないか。


「そ、それは、その……、そうだよね」


 前にフェリシティの母親に会ったときも、それとなく釘を刺されたことがあった。今回もそういうこともあるだろうが、また別の意味も持つ。何かが起きたとき。それは、フェリシティに何かちょっかいを出したとき、ということもあるがそれともう一つ。モンスターやウィッチと戦うとき。任務遂行時に、もし大怪我や最悪死亡するようなことがあったときが問題だ。その場合、ハワードはフィーリクスを許さないだろう。


 フィーリクス始めMBIのエージェント達には守秘義務がある。そのため今まで誰に言うでもなく、秘密にしてきたことだ。ハワードは最近になってそれを知った。自分の娘のことだ。彼のこの行動は当然のものかもしれない。


「まあ、君なら心配なんかいらなさそうだ、って思えるんだけどね。はははは!」


 フィーリクスには、快活に笑う彼がとても恐ろしい存在に見えた。これが父親という生き物なのだろう。


「その、本当に?」

「何をだい?」


 フェリシティの説得も、MBIの真実も、フェリシティに手を出そうとする勇気があるのかどうかも、フィーリクスのことを頼りにできそうだと思っているのかそうでないのかも、全部聞きたいところだった。その中で、今すぐに確認しなければならないのは前の二つ。個人的に優先したいのは。


「本当に、どうしてもフェリシティにMBIを辞めさせようと考えてる?」

「でなければ、君を呼び出したりなんかしない」


 彼の顔から、笑顔が消えた。睨むわけではない。けれども、真剣な表情でフィーリクスをじっと見据える。


「あの子も、バスターズで満足してくれていればよかったものを。どうも聞いたところ、MBIにおいての戦いは、危険すぎる」

「そうかもしれない。けど……」


 反論したいところだったが、実際危険は付きまとう。すぐにいい返しを思い付くことはできない。


「君と娘は、同じ時期にMBIに入った。私はね、君があの子をMBIに引きずり込んだんじゃないかと、そう考えていた。んだけど、どうもそんな感じじゃないな。もしかして、娘のほうが君を引っ張ったんじゃないか?」


 MBIに入るきっかけはどちらから、というわけではない。フィーリクスにしてもフェリシティにしてもMBIに属し、今もってエージェントを続けているのは、それぞれの事情、それぞれの自由意志によるものだ。言葉に詰まったが、返答を期待してのものではなかったらしい。彼はすぐに話を再開した。


「言っておいてなんだが、まあどちらでもいいことだったかな。ただ君と会って、こうやって話して分かった。君は面白いし、根が善人のようだ。それに娘は君を気に入っている。君も、娘のことを気に入っているんだろう?」

「それは、イエス。そうだよ。彼女のことを気に入ってる」


 フィーリクスは考察を続ける。父親とは、娘のためとあれば随分勝手なことでも他人に対して求めるものなのだろうか。とはいえ、フィーリクスにとって理解できないものではない。


「ああ、もちろん、これまで通り個人的な付き合いなら続けていってやってほしい。私も歓迎するよ。また家に遊びに来てくれると嬉しいな。今度は一緒に食事でもどうだい? 娘は君の話をする時、活き活きしてるんだ」

「ハワードさん。これは、すぐには答えられることじゃない。しばらくの間、考えさせてほしい」


 つい最近フェリシティがMBIを辞めそうになったのを引き留めたばかりだ、などと言ってはならない。言えばこの場でボコボコにされるかもしれない。


「もちろんさ」

「一つだけ、聞かせてよ」

「何かな?」

「どうして自分で言わないの?」


 その質問を受けて、ハワードは最初の柔和な笑顔に戻った。その上で再び冗談っぽく答える。


「なぜなら、そうしたら娘に嫌われる」

「卑怯だよ」


 責める口調ではない。フィーリクスは笑顔でハワードに応じる。一方的な要求だったが、彼のことを嫌いにはなれなかった。むしろ、気に入ってさえいる。それに、卑怯なのはフィーリクス自身だと認めていた。彼女の存在を拠り所にしている。彼女と離れたくないがために、何かしら回避する理由を探している身勝手な自分がそこにいる。


「そう、私は卑怯なんだ。すまないね」

「いや、いいんだよ。分かるから」


 二人は会話を締めくくり、別れた。それから二週間、フィーリクスは悩みに悩むことになった。フェリシティのことを気に入っている。ハワードの指摘は正解だ。それ故に、彼女を危険に晒したくない気持ちはある。とはいえ、今まで一緒にモンスターと戦い、倒し、達成感や一体感を得てきた。彼女とのこれまでのことを思えば、そう簡単に割り切れるものではない。それに彼女がMBIエージェントを続けているのは彼女自身の意志だ。強制されたものではない。


 どうすべきか苦悩し、一つの答えを導き出し今に至る。前回と同じカフェの同じ席で、再びフィーリクスとハワードの二人は顔を合わせていた。軽く挨拶をすませ、近況などを報告しあう。コーヒー一杯を飲み干すのには十分過ぎる時間が経った。


「さて、フィーリクス。この間の答えを聞かせてもらおうか」


 ハワードはまっすぐフィーリクスを見つめる。フィーリクスもまた彼をじっと見据えて言った。


「あれから色々考えたよ。ハワードさん。一度。一度だけ協力する。でもそれ以上は、俺からは……」

「それで十分だ、ありがとう。何かあってからでは遅いからね。君なら、やると言ってくれると思っていたよ」


 二人とも立ち上がり、ハワードが会計を済ませる。そして二人が店からロビーに移ろうとしたときだった。


「泥棒だ! 追え!」

「逃すな! ホテル荒らしだ!」


 そのロビーから、そんな声が聞こえてきた。

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