8話 overwhelm-18 二人の会話
「君はどこかに大切なものを置いてきた。もう取りに戻ることができない場所に、時間に」
「その表現、あたしの心をよく言い当ててる。やっぱりあたしが言いたいことを、よく分かってるのね。あたしが思ってることを、心を見透かしてるみたい」
「分かってる、か。俺は試しに自分が感じていたことを、君にも言ってみただけなんだ。たまたま君もそうだった」
「それ本当なの? あんたも、そんな感じなんだね」
「ああ」
「それについて聞いてみたいけど、でももう。……はぁ、うん、よし。思い切りがついたよ。一番言わなくちゃいけないことを、今から言うね」
「改まってどうしたのさ。君の話を聞いて、言いたいことはたくさんあるけど。先にそれを聞かなくちゃいけないみたいだ」
「驚かないでね。あたしは、今日を限りに、MBIを辞める。あんたの相棒を、辞める。そうすれば、あんたを傷つけずに済む。いつか間違いをして手遅れになる前に、終わらせられる。……言っちゃった」
「フェリ」
「どうしよう、言っちゃった! もう後戻りできないよね。なんか、凄く不安になってきた。心臓が凄いバクバクしてる!」
「フェリ、落ち着いて。突然何を言うかと思えば、MBIを辞めるだって? 今日、君はそんなことを言うためにここに来たの? それって、バカバカしいにも程がある」
「なっ、何よ。どうして。覚悟を決めて、今までで最大の勇気を出して言ったのに。あんただから言ったのに。そんなバッサリ斬られたら、どうしたらいいか分からないでしょ……」
「どうもしなくていいんだよ、フェリ。心配するようなことなんてある?」
「心配だらけに決まってる」
「不安だ、心が揺らいだ、ダグラスの誘惑に乗りそうになった。そんなの、俺も同じだ」
「う、嘘。適当なことを言って、あたしを引き止めるつもりね。そ、そうよね、使い道はあるよ。そう、様子見のために敵に突撃させて、いざとなれば捨て駒にするとか。いつ裏切るか分からない奴には、それくらいの扱いがちょうどいいし。はは、は」
「っはは、それじゃ、まるで俺が悪い奴みたいじゃないか。違うってば。君らしくもないこと言うなぁ。いいかい、俺がした家族の話を覚えてる?」
「ええ。覚えてる。忘れないよ。あんたが小さいときに、あんたの両親とお姉ちゃんが、モンスターに、その、殺されたって。それから、バスターズを目指すようになって、今はMBIに。あたし達、ある意味似たような境遇だよね。でも、あんたはダグラスにきっぱりとノーを言ってのけたじゃない。心が揺らぐって、そんな風には見えなかった」
「君は忘れたの? ダグラスが『死人が生き返る』って、冗談めいたように言った時。最初に反応した人物が誰なのか」
「そういえば、あんただったよね。あんたの一言で、流れが変わった」
「俺だって、ダグラスがそのことを『真実』だって言ったとき、思わず引き込まれた。できることなら、家族に生き返ってほしい。そう思ったのは本当だよ。だから、それを断ち切るためにあんな言い方をしたんだ。それに、あの場にいた人間で、少なからず思うところがあった人は他にもいたはずだ。MBIのエージェントには、過去に色々あったってのもけっこういるらしいし。あの場にはいなかったけど、例えばディリオンだって」
「ディリオンが? そうなんだ、知らなかった。……あの嫌味ったらしい上から目線の、敵か味方か分からない、言わなくてもいいイラつく言葉を投げてくるあいつが!?」
「俺もムカッと来るときはあるけど、さすがに言い過ぎだって。でも、ちょっと調子が戻ってきたね。さっきまで暗い顔してた。今にも死にそうな感じのね。それがなくなった」
「ディリオンのことを思い出すとどうしても、いや、今は止める。フィーリクス、話を続けて。真面目に聞く」
「そう、それだ。君は根は真面目なんだよ。君はよく俺に、物事を深く考えすぎだって言うことがある。けど、それは君だってそういうところがある」
「随分と、あたしのことを分かったような言い方をするのね」
「さっきは自分でそう言っただろ。いや、ごめん。さっきのは当てずっぽうだった。えーと、それで。俺も君の親友も、君がMBIを辞めるだなんて、自分の信念を捻じ曲げるだなんて、そんなこと望んじゃいない」
「あんたはともかく、どうしてあの子がそうだって思うの」
「君にしかできないことがあったから、彼は君を生かしたんだ。彼とのことを、忘れちゃだめだ」
「そんなこと、分からないでしょ。分かったようなことを言わないでよ」
「分かるよ。彼の気持ちが、今なら俺にも分かる」
「それって、何」
「彼は、君のことを気に入ってた。君が好きだったんだ。優しくて、楽しいことを素直に楽しめる君が。強い君が。……ねぇ、フェリ。君は、自分が許せないんだろ?」
「そうかもね。ううん、そう。ずっと誰かに、罰してほしいって思ってた。できればあの子に。でもそれは無理だからフィーリクス、あんたに代役をお願いするよ」
「それはできない。それは間違いだよ、フェリ。罰せられるようなことなんか、何一つない。君は、自分で言うような嫌な奴なんかじゃない」
「いいえ、嫌な奴よ。どうして違うって言えるのか教えて」
「俺は知ってる。君はいざという時に凄い爆発力を発揮する。追い詰められたとき、ここぞというときに逆転の目を勝ち得るんだ。前にウィッチのミアと戦ったとき、手痛い一発をお見舞いしてやっただろ?」
「あれは、そうね、気持ちよかったよ」
「ほらね。君はやり遂げるんだ。誰かを見捨てたりなんかしない。この間だって、最後には俺を手伝ってくれた。だから『イタカ』を倒せたんだ。そんな君が、どうして裏切ったりなんかするんだよ」
「あの子の時は違った」
「違わない。君は結局、最後の最後にモンスターに飛びかかってたはずだよ。まだ力が及ばないにしてもね。君の親友はそれを察して、君を止めたんだ」
「でもそれじゃ結局……」
「終わりまで聞いて。君の人生を続けさせるだけの価値があった。自分の命よりも大切なものだって思った。どうしても、君を守りたかった。まだ幼くても、彼にはそれが分かったんだ。彼はそう判断して、それに自分の命をかけたんだ。君を助けて、意思を、想いを君に託した。それを君が拾わないで、誰がやるんだ」
「何で、あたしは泣いてるの」
「君がそのことを分かったから、だよ。安心して。君の親友は今もそこにいる」
「どこよ」
「君の胸の中さ。ありきたりな表現で申し訳ないけど、そういうことなんだ。君が滅びない限り、君の中の彼もまた消えない。先人の目指したもの、成し得なかったこと、やりたかったことを継いでいくんだ」
「滅びるって、なんか怖いよ」
「そう? ごめん。それと、今までの君が偽物だなんて、俺は思ってない。俺は君に、何度も救われたんだ。君の存在が、俺の支えになってきた。それが偽物だなんて、そんな寂しいこと言わないで。君は君だよ、相棒。俺の親友、フェリシティは真っ直ぐな性根の持ち主で、面白くていい奴で、強くてかっこよくてキュートだ」
「フィーリクス……。似たような口説き文句を前にも聞いたね。その時はMBIの拘置所の檻の中だった」
「ここはそこよりかは、幾分マシな場所だと思うよ」
「ふふ、確かにね」
「もう落ち着いたね」
「ええ、ありがと。そうだ、かっこいいっていうなら、あんたもそうだよ」
「かっこいいって、俺が!?」
「そんなに驚く? そう、あんたがよ」
「はは、また冗談を」
「あんたって、どこか子供っぽいところがあったりして、そこがかわいいって思ったりしてたんだけどさ」
「そんな風に思われてたんだ」
「胸に手を当ててよく考えて」
「思い当たるところは、ある……あるよ」
「ちょっと、そこで落ち込まないでよ」
「それで、君の主張ってどんなの?」
「今まで色々な事件にぶつかってきたよね」
「ああ、色んなことがあった」
「でも、そのどれもを乗り越えてきた」
「君やみんなの力があったからだよ」
「それからあんたも。あんたと組んで、最初は大丈夫かこいつ、って思ったこともあった」
「ひどいなぁ」
「最初の方だけだって。でもいくつも事件を解決していく度に、あんたのことを見直していったんだよ?」
「そうなの?」
「そうなの。で、正直、純粋な戦闘力で言ったら、あんたはあたしの下」
「分かってる」
「でも、力だけじゃどうしようもないとき。突破する糸口を見つけたのはいつもあんただった。かっこいいよ、フィーリクス。あたしの信頼する相棒。あんたがあたしの支え」
「ありがとうフェリ」
「はぁ、色々吐き出したら、すっきりした」
「少しは、安心してもらえたかな」
「うん。ねぇ、前言撤回させてくれる? あんたの相棒、もうちょっと続けたい」
「当たり前さ。ずっと付き合うよ」
「そう、よかった。もう一つ、ハグさせて」
「できれば優しくで、うっ!」
「ねぇ、お腹空いた。何か食べに行こ?」
「よ、よければ、な、何か、作るよ。だから、緩めて、死ぬ前に……」
「本当? おいしいのをお願いね?」
「分かったから、早く……」
「やったね! あ、あともう一つだけ」
「ふぅ、何? 何でも言ってよ」
「寝室に入っ」
「ダメ、絶対」
「ちぇっ」
今回で第八話終了となります。




