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8話 overwhelm-17 フェリシティの独白

 こんちはフィーリクス。あんたの家、綺麗にしてるのね。落ち着いた雰囲気。結構好きかも。玄関入ってすぐがダイニングルームってのは、ちょっと変わってるね。単身者向けって奴? 右の部屋は? 寝室ね、行っていい? ダメか。やっぱ行こ! ちょ、ちょっと、離してよ! 分かったから、行かないから。ふぅ。真剣に嫌がるところを見ると、これは何かいかがわしいものでも置いてるね。へぇ、違うんなら入ったっていいのに。んで、こっちがリビングルーム、と。


 ねぇ、ソファ座っていい? んー飲み物、もちろん紅茶で、って置いてるわけないよね。え、あるの? ワオ! わざわざ買ってくれてたんだ。ありがとう、嬉しい。


 ふーん、やっぱりあたしの部屋より綺麗にしてる。独り暮らしなのに、よく維持できるね。あたしはそんな自信ないや。あ、写真がいっぱい。フィーリクスに、小さい頃のフィーリクス。こっちは、更に小さい頃のフィーリクス、かぅわいい。それから、……家族写真。あれ、この写真に写ってるおじいさんは誰? フィーリクスのおじいちゃん? 当たった。一緒にこの部屋も写ってる写真もあるね。そう、一緒に住んでたのね。大丈夫、分かってる。あんたが話す気になれば、え、そ、そう。じゃ、じゃあ今度聞かせて。


 ありがと。うん、おいしい。あんたも紅茶派になればいいのに。いや、そこは譲ってよ。あたし? あたしは譲らない。笑ってないで、ほら、早く隣に座って。気にしないの。まあいいって、なら最初から言わなくていいじゃない。


 えーと、今日ここに来たのは、ゆっくりしたいのと、大事な話があったからなんだけどね。ん、あー。期待してるような内容じゃないと思う。むしろ、逆。あー、それは……、言うわけないでしょ。さ、話は後にして、まずはテレビでも見ましょ。『30分間トラブルクッキング』って、確か今日だったよね。うん、とっても面白い番組だったし、そりゃ覚えるよ。そう、当たり。時間も合わせてここに来たんだよね。


 あー面白かった。まさかあの場面で泡立て器を使うとは思わなかった。あんな用途があったなんてね。フィーリクスは予想できた? 戦いの参考になったよ。この番組を教えてくれて、本当にありがとう。さて、次何しよっか。ゲームとかない? モリオカートとか。あたし上手なんだから。話? んー、しなきゃダメ? そりゃ自分で言ったけど。分かったってば。じゃあ、話すね。


 あたしとあたしの家族は、この街に来るまで、ママの仕事の都合で転々と引っ越しを繰り返してたの。ああ、今はママも違う職場で働いてるから、もうその心配はないんだけど。はーん、あたしがどこかよその町へ行っちゃうから寂しくなる、とか思ったんでしょ。ある意味正解だけど。いや、何でもない。


 えーと、そうね、十年くらい前かな。北の飛び地、この国で最も寒い都市に、一時期住んでたことがあるんだ。モンスターもめったに出なくて、寒さを別にしたら、住みやすい場所だった。夏が短くて冬が長いからね。で、まあ自然が綺麗な場所でさ。あたしは、あんまりそういうのに興味ない方なんだけど。それでも圧倒される景色が街の外に広がってて、とにかくすごい。知ってる? この大陸で一番高い山がその街の近くにあるんだよね。


 それで、引っ越してちょっとしたころ。同じ年頃の何人かのグループと仲良くなったの。その中で、特に気の合う男の子がいた。少し足の悪い子で、ゲームとかもするけど、冬の季節に、雪の中での色んな遊びを教えてくれて。ちょっと気が弱くて臆病なところがあって、でも芯はある感じの。どことなく雰囲気がフィーリクスに似てるかな。二年ちょっとくらい、いつも一緒にて。親友だったよ。たまに泣かせた。変な顔ね、何か文句あるの?


 急に? 急かな。そんなつもりはなかったけど、そうかも。でもあたしの中では、この話をしなくちゃいけないって、ずっと思ってたから。だから、話し始めた以上は、できれば最後まで聞いてほしい。そう、よかった。ありがとう。


 ある冬の天気のいい日に、街を離れて山の手の方へ、少し遠くまで行ったの。親友も一緒に、いつものメンバーで。他のグループの子達の知らない秘密の場所で、楽しく遊んでた。綺麗な所だったのを、今もよく覚えてる。秋にはベリーがたくさんなるところでね。実をつけたまま凍ってるのを見つけて、食べたりとか。ソリに乗ったり、雪玉ぶつけあったり。なんていうか、昔の遊びって感じだけど、そういうのが新鮮で楽しかった。


 時間を忘れて皆で過ごして、そんな日に限って悪いことは起きるもんだよね。天気予報が外れて、吹雪にあった。そこまでひどいものじゃなかったけど、子供にはちょっとしんどいかなってくらいの。って言っても、それくらいなら皆慣れっこでさ。幸い道は見失ってなかったから、ちょっとずつ街を目指した。笑って話しながらでも帰れたの。


 でも悪いことは重なるもの。モンスターと遭遇した。めったに出現しないはずなのに、何故か会ってしまった。人みたいな獣みたいなよく分からない奴だった。皆で逃げたけど、親友は速くは走れない。あたしが肩を貸して、一緒に走った。懸命に逃げたけど、その内にモンスターに追いつかれた。先を走る他の友達に声をかけたら、振り向きもせずに行っちゃった。後から考えれば、それは正しいことだからね。全滅するよりも、誰かが街に帰りついて、助けを呼ぶ。子供だけじゃ、どうにもできないことだったから。ただ、その時はそんなこと分からない。悲しかったよ。


 それから、あたし達二人は川岸に追い詰められた。水面から岸まで高さがあって、深くて、冬でも凍らないくらい流れも速い川。子供は近づくなって言われてた川。よくドラマや映画で、主人公が追い詰められて、ピンチを迎えるような、まさにそんな場所。子供ながらに死を覚悟した。ぎゅっと目を瞑ってお祈りするくらいしか、できることはなかった。そう思い込もうとしてた。


 頭の中が真っ白になって、次の瞬間、あたしは川に落ちてた。何が起こったのか理解できたのは、流されて死に物狂いで泳いで、岸辺に這い上がれたとき。親友があたしを川に突き落としたんだ、ってことが分かった。なんで彼がそんなことをしたのか考えた。彼はきっとこう思ったんだと思う。あたし一人なら、助かるかもしれないって。自分が犠牲になれば、モンスターがあたしを追ってこないだろうって。寒さと怖さと悲しさで、震えて泣いた。泣きながら雪の中を歩いた。体温が下がって、意識が朦朧としながらも歩き続けた。街まで逃げた子が、連絡してくれたんだと思う。気が付いたら、捜索と討伐を兼ねたチームを組んで、探しに来てくれたパパに、抱きしめられてた。捜索隊の一人がすぐに火を起こしてくれて、温まって。それで、あたしは助かった。


 でも親友は違った。


 どうしようもなかったなんてのは、ただの言い訳に過ぎないのよ。実際には、それより悪い。あの時彼じゃなくて、あたしが代わりに残るべきだった。あたしが囮になって、彼を逃がす時間を作って。そうなれば、あたし一人なら、モンスターから逃げられたかもしれない。もしくは二人で川に飛び込めばよかった。あたしなら、彼を抱えたまま川を泳ぎ切って、二人して助かってたかもしれない。何か選択肢はあったのに、そのどれもをあたしは選ばなかった。


 親友は、できることをやってみせた。どうして、あたしはできなかったのか。あたしは、生き延びたかった。何としてでも、親友を犠牲にしてでも助かりたかった。そういうつもりだったとしか、思えない。何もしないことで、あたしは親友を裏切った。見捨てたんだ。


 パパ達がモンスターを倒して、街は平穏を取り戻した。でも、あたしの心にそれは来なかった。そのモンスターがウェンディゴって奴だったって知ったのは、全て終わってから。あたしはウェンディゴに関して調べた。飢えと貪欲の象徴。哀れな犠牲者を次々と食らい、食えばより飢えて、満足することを知らない、寂しい存在。そして。


 ウェンディゴに取り憑かれた者は、やがて自身もウェンディゴになる。


 あたしはいつの間にかウェンディゴに取り憑かれてた。あの日、あの時あの場所で、あたしはウェンディゴになった。親友の命を食らってでも生き延びる。そういう存在になり果てたのよ。


 さて、今のは単なるあたしの思い出話。本題はここから。その事件が起きた後、いくらも経たない内にまた引っ越すことになった。違う街での暮らしに慣れるためや、色んな準備で忙しかったり、何か習い事をしたり。バスターズに入るために体を鍛えたり。学校を出てバスターズに入って、モンスターを倒して。この街に引っ越して、MBIに来てからも、より強力なモンスターやウィッチと戦って。それからあんたと遊んだり馬鹿をやったり。今日まで騙し騙しやってきた。


 あの日のことは、できるだけ忘れるようにしてきた。でもね、今までのそのあたしは、偽物のあたし。あんたをおちょくったり、困らせたり。明るくいい加減な人間を演じてきた。けどもう、無理。


 ここまで聞いて、もう分かったでしょ。あたしは、フィーリクスのそばにいていい人間なんかじゃない。MBIにいて、正義の味方ですって顔してモンスターと戦って。でも本当は、ウィッチの側に近い、嫌な奴なのよ。『イタカ』との戦いでも、スペンサーがウェンディゴの名前を出した時、体が竦んじゃった。ゾーイに言われるまで、何もできなかった。何をって? 今の話をゾーイにかいつまんで話したの。そしたら彼女はね、あたしに『大切なものをまた失うことになってもいいの?』って言ったんだ。それまで当時のことが頭の中に蘇ってきて、動けなかった。いえ、動かなかった。あたしは、あんたを見捨てるところだったんだ。だけど、その一言で体が動いた。何とかあんたの力になれた。ゾーイには感謝してもしきれないよ。


 でもさ。ダグラスの誘惑に、例え一瞬だとしても、心を動かされたの。もし本当に、親友を生き返らせることができるんなら。ウィッチに付いていってもいいんじゃないかって。そんな考えはすぐに捨てたけど、事実は変えられない。だから、フィーリクス。あんたがあの時、あのゾッとするくらい冷たい調子で、ダグラスにノーを突き付けた時、あたし分かっちゃった。心の奥底で、あんたを裏切ったんだって。あたしは、あの時のフィーリクスが怖かった。怖くて仕方なかった。心が揺らいだことを、あんたに見破られたんじゃないかってさ。そう思ったことこそが、裏切った証拠になるでしょ。


 フィーリクス。あたしはね、あたしは……。

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