2話 fragileー3
「あたしバスターズのメンバーから聞いたことあるよ。あくまで噂としてだけど、バスターズの上位存在的な組織があるって。まさかそれがMBIだったなんて思いもよらなかったけどね」
フィーリクスとフェリシティは、ヴィンセント達の説明により自身を取り巻く状況をようやく把握しつつあった。とはいえ、まだ大きな謎が残っている。今聞いた魔法に関して、昨夜見たヴィンセントが見つけた宝石、それとMBIエージェントの強さの秘密だ。
「色々ともっとちゃんと説明してよ、昨日は聞きそびれちゃったし。一番肝心なあんた達の強さの理由もね! ……フィーリクス、何笑ってんのよ?」
フェリシティも自分と同じ事柄を主要な部分と捉えていた。そのことに対しフィーリクスの口角が思わず上がっていたようだ。彼女に指摘されて初めてそれに気が付く。
「ああ、これから秘密が聞けるかもと思うと嬉しくてね」
「そうね。あたしもそう」
「それに全て答えるにはまずうちのボスに会ってもらおう」
ヴィンセントはどうにも人を焦らすのが好きなようだ。フェリシティには特に効果覿面のようで彼女はとうとう立ち上がる。
「もう!」
「これは契約だ。MBIに所属し、国家と国民のためにモンスターどもと戦う意思を見せてもらわなければならない」
「ええ、めんどくさい」
「フェリシティ、そこは嘘でもはいって言おうよ」
三人ともがフェリシティの率直すぎる言葉に苦笑する。
「嘘じゃ困るんだが、まあ形式上必要なことなんだ。目をつぶって耐えてもらいたい」
「それで、どうする? MBIに雇われる決心ができたら教えてくれ」
「あたしはもう出来てる。バスターズから移籍するわ。フィーリクス、あんたは?」
フェリシティはぐいと首をフィーリクスに近づける。彼女に迫られて彼は考え、あることを思い出した。
「俺は、その、そうだ! すっかり忘れてたけど、仕事場に連絡しなくちゃ! 無断欠勤したことをまだ謝ってないんだ」
「あたしも! ママがもの凄く心配してるはず!」
「ああ、それならもう連絡する必要はないぞ」
ヴィンセントが何事もないかのように言い放つ。
「どうして!?」
フィーリクスのどうして、には三つの意味が込められている。一つは何故仕事先を知っているのかということで、二つ目はなぜ勝手に連絡をしたのかということ。最後はフィーリクスが連絡する必要がないその理由。ただ、三つ目については彼は何となく理由が分かった。
「言い忘れていたが、お前達の素性を調べさせてもらった」
「フェリシティ。君のご両親にも連絡してMBIが君を保護していると伝えてある。心配の必要はないよ」
「そう、ありがとうラジーブ。……安心した」
「で、俺の方は? もう何となく分かってるけど」
フィーリクスが恐る恐る聞く。彼の顔色は優れない。
「『フィーリクスに伝えておいてくれ、お前はクビだ!』だそうだ」
「やっぱり。だと思った。これで俺の退路は半分断たれたようなものだよ」
「半分? これを聞いたら感想が変わるぜ。フィーリクスの携帯の通話履歴を調べたんだ」
「うっ」
ラジーブが意味ありげに笑う。フィーリクスはもうこの先の展開に薄々感づいていた。
「仕事先に友人関係がほとんど。あと他に電話帳には載ってないけれど、頻繁に通話履歴のある番号」
「ああ、その、それってどうしたの?」
「かけた。フィーリクスじゃないことを知るといきなり切られたよ。相手が誰かも確かめてないのにな」
フィーリクスは既に観念し、悟りの境地に近づきつつあった。ラジーブの後をヴィンセントが引き継ぎ、フィーリクスのその段階を更に一歩上へと引き上げる。
「通話の内容や状況、周りの環境から何が起きているのか推察するのはMBIの十八番だ。大体の事情は分かったよ。つまり何故フィーリクスがバスターズでもないのにモンスターと戦い、避難誘導がスムーズにできたのか。いうなれば場慣れしてるそのわけが」
「ああもういい分かった降参だ!」
二人の追及を遮ると、うなだれたフィーリクスは机に突っ伏した。その様子を見てフェリシティが眉を上げ彼の次の反応を待っている。
「落ち込んじゃった」
アルバイトはクビ。件の番号からも恐らくもう二度と電話がかかってくることはないだろう。それどころかもうそこには繋がらないはずだ。しかしそれを彼らに追及するわけにもいかなかった。彼はMBIに半ば嵌められたのだと気が付く。
「バイトを首になったら俺は、今住んでる家の家賃が払えなくなるよ。追い出される。貯金もあまりないんだ。次の誕生日まで、バスターズになれるまであと三カ月。とても持たないよ」
彼は進退窮まった状態と言えたが実のところ、セリフとは裏腹に落ち込んでいるわけではない。彼は、笑っていた。それはその場の誰も気が付かなかったことだ。もし彼を知る誰かがその笑みを見ていたとすればさぞ驚いただろう。そこには見る者を不安にさせる陰惨な笑みが広がっていた。暗い愉悦がそこにはあった。
彼にはもはやアルバイトもバスターズも仕事の仲介者もいらない。MBIという組織に出会えたのだ。そうとは言ってもそれは資金の問題ではない。まだ仕組みは分からないが強力な力を持っているという、そのことが彼にとって重要だった。
「フィーリクス?」
復活しない彼にフェリシティが心配そうに声をかける。次に彼が顔を上げた時、そこには先程の笑みは小指の先ほども残っていない。代わりに爽やかな決意がみなぎっていた。
「オーケー、ヴィンセント。俺もやる。MBIで一旗上げてやるぞ!」
フィーリクスは立ち上がると腕に力を入れ、勇猛さを感じさせるポーズを取った。
「いいぞ、その調子だ。ではボスの所へ行こう」
「面談をし、登録の手続きを経てようやく話の続きができるからな」
「ウガー!」
フェリシティが吠えた。
「ところで二人とも。今着てるその服、ボロボロだしかなり汚れてる。このままボスに会うのはいただけないな」
「そう言えば昨日からシャワーも浴びてないよ。あんだけ走り回って戦った後なのに」
ラジーブに指摘を受け、フェリシティが自身とフィーリクスの体のにおいを嗅ぎまわる。
「ちょっと!」
「汗と土のにおいがする」
「シャワーを貸すぜ。着替えも、スウェットならすぐに用意できる」
顔をしかめていたフェリシティにヴィンセントが言うと、彼女は一転表情を綻ばせ瞳を潤ませて喜んだ。
「確かに今あたしに一番必要なのはそれよ!」
二人は彼の厚意に甘え、体の汗と汚れを流して清潔な衣服を身にまとう。
「ふぅ、生き返った気分だよ」
「あたしも」
フィーリクスに対して後ろを向いていたフェリシティは、首を振りながら彼の方を向く。自慢であるらしい長い髪が宙に舞い、幾度か揺れると型崩れすることなく彼女の背中に再び収まる。シャンプーの香りが彼の鼻腔をくすぐり彼は、くしゃみをした。
「大丈夫?」
「ああ」
ヴィンセント達の案内による移動中にも会話は続けられる。先程まではフィーリクスもフェリシティも余裕がなかったため、あまり周囲を見ておらず気が付かなった事柄がある。会議室にシャワー室や更衣室、今歩いている廊下も清潔で明るく、途中すれ違ったMBI職員達は覇気に満ちて堂々としていることを二人は見て取った。
「意外ときれいだし明るいのね。他の職員達もやる気にあふれてる感じだし。もっと薄暗くてじめじめした環境で、陰気な連中が死人のように彷徨ってるのがMBIだと思ってた」
「おいおい、そりゃひどい偏見だな」
フェリシティの隠す気のない余りな先入観にラジーブが苦言を申し入れる。実はフィーリクスも彼女と似たようなことを想像していた。当然口に出す気はなかったが。
「始めはみんなそう言うんだよなぁ」
「ラジーブ、お前も最初はそうだったろう」
「そうだっけ? 忘れちまったな。はははは」
爽やかに笑い飛ばすラジーブにヴィンセントがため息をつく。彼らはいつもこのような調子のやり取りをしているのだろう。フィーリクスは二人を見てその仲の良さに気持ちが緩む。だが次に出会った人物のおかげですぐに再び気が引き締まることとなる。