前世メイド、水蓮街に到着しました。
駅に到着し、紫色の列車に乗った紅羽達。対面型の4人用の座席に笑顔で会話していた彼女達だが、時間になっても列車は出発せず、3人は首を傾げた。出発時刻から5分程経つと、車内に無機質なアナウンスが渡った。
『ただ今、線路上にモンスターの群れが立ち塞がっている情報を受け、現在水蓮街行き列車の出発時刻を遅らせております。ご乗車の皆様には大変ご迷惑をおかけ致します。出発までしばらくお待ちください───』
「モンスターの…群れ…?」
アナウンスの後に復唱するように言った要を他所に、瑠愛は窓を開け、列車の前方を見た。「あ、あれかも!」と指を指した方向を紅羽と要も見ると、薄らと黒い塊が横一列に並んでいる姿が見えた。紅羽がメニュー画面を黒い塊のある方向にかざすと、モンスターの情報が画面に広がった。
「エレジーシープ…あまり人懐っこくはなく、人間イコール敵という認識の個体が多いらしいです。」
「じゃ、じゃあ…倒さないと、いけないのかな…素材集めで倒した事は何回かあるけど…何か、見た目が可愛いから…可哀想…」
「あー…何か分かる気がするー…でも、要するに人嫌いでしょ?じゃあ倒さないといつまで経っても列車が出発しないと思う…」
そう話していると、紅羽は先頭車両の隣で駅員と話している人影を見つけた。「どうしたの?」と瑠愛と要も外を見ると、確かに駅員と話している人が見えた。シルエット的に女性だろうか。黒い日傘を差した女性と駅員の話は、このような物だった。
「あら…【水蓮街】に行こうと思っていたのに。何の騒ぎなのかしら?」
「あぁ、すみませんお客様。現在、線路上にモンスターの群れが立ち塞がっておりまして…どう対処しようか悩んでいるのですよ。」
「まぁ、そんな事。じゃあ…私に、任せてみない?そうねぇ…報酬は、【水蓮街】までの交通費無料、どうかしら?」
「よ…よろしいのですか?」
「えぇ、もちろん。私に全てを任せてちょうだい。ね?」
「で、では、駅員に確認をしてもらうので、少々お待ち下さい…!」
そう話し終わると、女性は日傘を閉じた。先頭から2番目の車両だった為話が聞こえた紅羽達は口調や佇まいから高貴な家柄であろうあの女性が誰なのか小声で話し始めた。「とても優しそう…」や、「何か裏がありそう~」という疑いの目や、「主人様を思い出します…」と前世の記憶を思い出したり。そんな事をしていると、無線で会話していた駅員が女性の元に戻って来た。どうやら確認が取れたらしい。その事を女性に伝えると、女性は優雅に笑った。「モンスターはあそこ?」と軽く指を指すと、駅員はこくこくと頷いた。指を指した方向に日傘を構えると、女性の足元に真っ黒な魔方陣が広がった。
「ふふ、ありがとう。じゃあ…【アンテルプレテ】。」
そう言うと、日傘から何発もの銃弾が勢いよく発射され、いとも容易くモンスターの群れを全て撃ち抜いた。尊敬の眼差しか感嘆の眼差しか、同じ銃弾を使う要は開いている窓のレールに手を乗せ、車内から目を輝かせていた。だが、同じ席の窓側に座っている紅羽から「要様、お行儀が悪いですよ。あと私の服の裾、膝で踏まないでくださいませ。」と注意されると、「あ、ご、ごめんなさい…」と顔を赤くしながら自分の席に座った。笑いを耐え切れなかった瑠愛が肩を震わせていると、車内にあの無機質なアナウンスが流れた。
『お待たせ致しました。まもなく、【水蓮街】行きの列車が出発致します───』
アナウンスが終わった途端、コツコツとヒールの音が瑠愛の耳に届いた。音の方向へ顔を出すと、その正体は先程の女性の足音だった。瑠愛が見ている事に気付いた女性は、白く長い髪を揺らし、綺麗な笑みを浮かべながら口を開いた。
「あら、ちょうど席が空いてるじゃない。お隣、よろしくて?」
「はい、どうぞ~2人共良いよね?」
窓を閉めながら紅羽と要が頷いたのを見て、女性は「ありがとう。」と笑みを絶やさずに瑠愛の隣に座った。上品な座り方、高級そうな胸元が開いた黒いドレスとボレロを見て、瑠愛は女性に声を掛けた。
「仕草がとても綺麗ですね~…お嬢様、とかなんですか?」
「ふふ、褒めてくれてありがとう。そうねぇ…お嬢様、って言うのはあってるのかもしれないわ。」
笑みを一時も絶やさず瑠愛と話す女性を見ながら、紅羽と要はそれぞれ別の事を考えていた。立派な家柄…もしかしたら、主人様の事を知っているのだろうか、と動き出した列車の外を眺めながら考える紅羽。一方、要は先程の女性のスキルを見て、ある事を聞こうとタイミングを見計らっていた。瑠愛と女性の話に一区切りがついた瞬間、要はおずおずと口を開いた。
「あ、あのぅ…えと、さ、先程、あなたのスキルを見て…その、私も銃弾を使うんですけど…何か…上手くスキルを使う、コツ…とか、ありますか…?」
「あ、要ちゃんってシールダーなんですけど、盾から銃弾出して攻撃してるんですよー!」
瑠愛の説明を聞き、女性は初めて目を開けて要を見た。その透き通った白に近い銀色の目に見惚れながら要が首を傾げていると、女性は再び笑みを浮かべた。どうやら、特殊能力か何かで要の【ステータス】を見ていたようだ。
「そうねぇ…コツ、なんて無いのかもしれないわ。だって、私はこの日傘から発砲しているけれど、あなたは聞く限り盾から発砲するのでしょう?盾の方が明らかに照準にズレが無いと思うし…それに、問題点とか課題、とか他人ではなくてその盾を扱う自分が1番分かると思うわ。…なんて、回答になってないかもしれないけど。」
「…!い、いえ…とても、参考に…なりました…!あ、ありがとう、ございます…!」
要が頭を下げると、女性は「どういたしまして。」と返した。その後窓の外を見ると、女性は「あら、もう【水蓮街】に着くみたいね。」と言った。3人も外を見ると、視線の先には赤い大きな門が建っていた。その奥には大きな和風な建造物、彼女等の前世で言う中華風な建造物もある、和風と中華が合わさった街のようだ。窓から視線を外した女性は、3人を見て「最後に、あなた達に言っておきたい事があるの。」と言うと、3人は女性を見た。
「私、特殊能力で人の前世を見れるの。だから、あなた達にこれからの助言をしてあげる。占いのような物だから、信じても信じなくてもどちらでも良いわよ。…じゃあ、あなた。あなたは…【水蓮街】で運命の人に会う、もしくはその人の情報を知る事になるわ。」
「…じゃあ…先輩に…会えるかも…」
要がボソッと呟くと、女性は「ふふ。」と笑った。次はあなた、と瑠愛を指差すと、女性はこう言った。
「あなたは…【柘榴街】に行く時は、注意することね。それで最後にあなたは…【棕櫚街】の真っ白で大きな屋敷には近付かない方がいいわ。よくない事を知りたくなければ…ね。」
「よくない事…ですか?それって、どういう…」
『【水蓮街】、【水蓮街】に到着しました───お忘れ物に、ご注意ください。』
紅羽が聞こうとすると、車内に無機質なアナウンスが響き渡った。同時に列車が止まり、女性は立ち上がった。「ありがとう、楽しかったわ。」と笑みを浮かべながら手を振ると、女性は列車から去って行った。3人は列車から出て、特に紅羽は女性に先程の話を聞こうとしたが、既に女性はいなくなっていた。その代わり、駅のホームには人が多く、探すのも困難な状況となっていた。この短時間で、しかもヒールの付いている靴を履いていたからすぐにはいなくならないはずなのに。そんな紅羽を駅の階段から女性は見ていた。その顔に、あの美しい笑みはなかった。