前世メイド、鍛冶屋に出会いました。
今まで見たモンスターよりも一際巨大なハサックウルフのボスを倒し、疲労と右手の激痛で倒れた紅羽。そんな彼女が再び目を覚ましたのは、知らない部屋の知らないベッドの上だった。
「…ここ、は…?」
ゆっくりと体を起こすと、目の前には薄いベージュ色のショートカットをハーフアップにした女性。前髪に留められた黄色いヘアピンで、紅羽はその女性の正体が分かった。
「瑠愛…様…?」
「もー、その癖直らな、いの…紅羽!もう大丈夫なの!?」
スツールに座ってメニュー画面を見ていた顔を上げ、呆れた顔を見せた瑠愛は声の主が紅羽と分かった瞬間に、その夕陽の様なオレンジ色の目を見開いて紅羽の顔を覗き込んだ。「ご心配をおかけしました。」と頷くと、瑠愛は安堵の溜息を零した。
「良かったー、ボスを倒してから1日近くずーっと寝てたんだよ?」
紅羽は扉の隣に掛けられた時計を見ると、時刻は昼前を指していた。ハサックウルフのボスを倒した時は確か夕方前だったはずなので、確かに1日近くは眠っていた事になる。
「そんなに寝てたのですか…ところで、ここは?」
「依頼所の救護室。事情は説明してあるから、今日中に起きなかったら病院に連れて行って、てだけは花里さんから伝言預かってるよ。」
所謂緊急用の部屋か、と紅羽が納得すると、突如ノックが鳴った方向を2人は見た。赤茶色の扉が開くと、救護室に律が入ってきた。薄い水色のポニーテールを靡かせながら、律はその機械の様な印象を受ける紫色の目で紅羽を見た。
「おはようございます、津々楽様。お体の調子はいかがですか?」
「まだ少し右手は痛いですけど、特に変な所はありません。」
「それは何よりです。津々楽様が起き次第、ミッションの完了手続きを行う予定だったので参りました。」
だから直々に来たのか、と紅羽が思っていると、律は黒い枠のタブレットから青みがかったメニュー画面を出現させた。紅羽や瑠愛が普段見るメニュー画面とは仕様が違った物であり、恐らく依頼所専用の物なのだろう。紅羽が装備屋の心人の要望で受けたミッションの内容が書かれた画面が表示される。同時にもう1つメニュー画面が現れ、そこには紅羽が倒したハサックウルフのボスから入手した素材の一覧が書かれていた。
「ピアンタ草原5段階中危険度3、ハサックウルフの群れのボス、正式名称・ティムバーウルフの討伐、誠におめでとうございます。依頼所未確認モンスターだった為、報酬額を上乗せさせていただきます。また、ティムバーウルフから獲得したハサックウルフの毛皮30個中10個は、今回のミッション内容からこちらでお預かり致します。」
メニュー画面を操作しながら淡々と話を進めていく律に、紅羽は圧倒されていた。瑠愛はこの作業を見るのは初めてではないが、相変わらずの話の速さに毎度驚かされている。機械的な印象を受ける目や、時々どこからか聞こえるキュイン、と言う機械が動いているかの様な音から、2人は1つ疑問を浮かべていた。もしかして、律は人間ではない───?一通り作業を終え手を止めた律は、紅羽の方を見た。
「達成作業が完了致しました。報酬額6万円を津々楽様のメニュー画面内の所持金タブ内に送信しましたので、後ほどご確認をお願い致します。」
「あ、ありがとうございます。」
「それでは、本日中に体調が万全になりましたら…と言うのは、杠様にお伝えしたので大丈夫でしょうか。それでは、お大事に。」
律はそう笑みを浮かべながら言うと、お辞儀をして部屋を出て行った。何となく律が着ている依頼所の制服を見ていた瑠愛は、ふと思った。付け襟と共に付けた短いネクタイ、半袖のポロシャツの様なボタンが付いたオフショルダー、ハイウエストのミニスカート、黒いストッキングにハイヒール。
「…花里さんの正体は置いといてさ。あの依頼所の制服って、スタイル良い人しか絶対着こなせないやつだよね…花里さん、巨乳だし…いいなー…」
「声に出てますよ。」
「スタイル良くなりたいーっ!」
「瑠愛さんもスタイル良い方ですよ…?」
「そーゆー事じゃないのー!」
何やかんやで救護室を出る準備を終えると、突如紅羽のメニュー画面が開いた。星のマークが付いている達成済みミッションのタブを開くと、そこには装備屋の心人からのお礼のメールが届いていた。メールを開くと、こんな文章が書かれていた。
[ミッションの達成、おめでとう!そしてありがとう!無事ハサックウルフの毛皮がここに届いたお知らせします。それと、報酬額と別に頑張ってくれた紅羽ちゃんに、プレゼントを用意しました♡ずっと戦闘用装備じゃ可哀想だと思って、戦闘用とは別に紅羽ちゃんに似合いそうな私服をご用意しました!この秋服で、この秋、そして紅羽ちゃんがこの世界を楽しんでくれる事を願っています♪それでは、これからも装備屋・ストゥディウムをご贔屓に♡
装備屋・ストゥディウム店長 天羽心人より]
そんなメールと共に添付された黄色い箱のアイコンをタッチすると、メニュー画面には『ストゥディウム特別秋服 を獲得しました。』と出た。突然の展開に驚いている紅羽を他所に、瑠愛は隣で目を輝かせていた。
「おおー、優しいーっ!ね、ね、早速着てみなよ!」
「そ、そうですね。では…ありがとうございます、天羽さん…!」
そうお礼を言うと、紅羽はメニュー画面の着用ボタンをタッチした。すると、瞬く間に紅羽の装いが先程まで着ていた戦闘用装備から違う物となった。深紅の大き目のカーディガンや短めのスカート、胸元や髪飾りの赤いリボンがアクセントとなった秋服だ。赤が好きな紅羽にとってかなり素敵な物で、気付くと頬が緩んでいた。嬉しそうな顔の紅羽に自分も嬉しくなった瑠愛もメニュー画面を開き、瞬く間に秋服に着替えた。黄色いパーカーや青いショートパンツ姿のいかにも明るい彼女らしい装いになると、瑠愛は笑みを浮かべながら紅羽に話しかけた。
「ねぇねぇ、これから鍛冶屋に行かない?鍛冶屋は案内してないと思って!」
「そう…ですね。じゃあ、行きましょうか。」
「じゃ、レッツゴー!」
そう話し終えると、2人は救護室を出る。「お大事に。お2人のご健闘をお祈り致します。」と受付から声をかけた律に2人は礼の言葉を言うと、紅羽と瑠愛は町の鍛冶屋に向かった。
道中の瑠愛の説明曰く、鍛冶屋は武器を作ってくれたり強化してくれる場所らしい。鍛冶屋の主の女性がとても美人で愛想が良く、しかも武器の製作費用や強化費用が比較的安価で尚更人気の店との事。そんな女性に興味を持った紅羽は緊張と期待を胸に、歯車模様が目を惹く鍛冶屋の赤い扉を開いた───
「はーい、鍛冶屋・フォルティスへようこそー!お、るっちゃんじゃーん!今日は何の御用かな?」
かなり広い部屋だが扉に付いている鈴の音色で客が来た事に気付いたのか、タンクトップにズボン姿の外では紅葉が色付いてきた秋にも関わらず真夏の様な服装の女性が振り向いた。人懐っこそうな笑顔を浮かべながら、るっちゃんと呼ばれた瑠愛は女性とハイタッチをしながら口を開いた。
「こんにちはー!今日はここに来たばかりの紅羽に町を案内してて、ここが今日最初!」
「きゃーっ、嬉しいーっ!ちょっぴり暑い店だけど、ごゆっくりー!あ、私はここの店主の苫米地 杏海!よろしくねー!んー…じゃあ、くーちゃん!」
「津々楽紅羽です、よろしくお願いしま…え、くーちゃん?」
「杏海さん、渾名付けるの好きだから…」
突如杏海に渾名を付けられて困惑している紅羽に、瑠愛は苦笑しながらそう言った。そんな2人にはお構いなく、杏海は「さてさて、じゃあご新規のくーちゃんにはプレゼントでもあげよっかなー♪」と声を弾ませて言った。何だか今日はプレゼントを貰える日なのか、と本日2度目のプレゼントに紅羽は少し期待した。メニュー画面で紅羽のステータスを確認した杏海は、「ふむふむ…」と確認し終え店の奥へ姿を消した。
歯車や色々な武器が飾られた茶色の壁を見ながら、一体何を貰えるのだろうか、と期待しながら鍛冶屋のソファに座って待って10分ほど経った。再びカウンターに戻って来た杏海は、小さな小箱を持っていた。
「じゃ、すぐ終わるからさ。くーちゃん、そのネックレス貸してくれる?」
「え、あ、はい。」
ソファから立ち上がり、紅羽は羽ペンが掲げられた紺色のネックレスをカウンターの前に立つ杏海に渡した。「ありがとう!」と笑顔で言った杏海は、小箱から小さな雫型の宝石を取り出した。ネックレスに金具と共にその宝石を付けると、「うん、上出来♪」と言いながら再び紅羽の首にかけた。羽ペンの隣に吊るされた雫型の宝石は無色透明であり、揺らしたりすると宝石の中には水の様な液体が入っている様に見えた。
「それね、魔力向上が発動出来る魔力の量が視認出来る様にした特殊な水が入ってるんだよ〜これで、いつ魔力向上が出来るか一目瞭然、しかも見た目もいい♪」
「確かに…ありがとうございます、苫米地さん。」
だが、その時紅羽は言えなかった。いつ魔力向上が出来るかは、自分の体内で何となく分かる事を…杏海が良心で渡している為、言えやしないが。紅羽が言うべきか否か内心葛藤していると、扉の方から鈴の音が再び聞こえた。