前世メイド、モンスターのボスと戦います。
この巨大なハサックウルフ…威圧感が凄い。そして、明確な殺意がある。ちょっと油断したら食い殺されそうな、そんなオーラがひしひしと伝わってくる。ピンク色の光から盾を出現させる要、黄色い光から槍を出現させる瑠愛、そして胸元にぶら下げられている羽ペンを握る紅羽。ハサックウルフがこちらにやってくる合間に、瑠愛は焦りと共に思い出したかの様に口を開いた。
「あ、そう言えば紅羽のミッション内容ってハサックウルフの毛皮集めじゃん、たんまり入るんじゃない?」
「…もしかして、あれ倒す気ですか?」
「で、でも…このハサックウルフ、どこかの群れのボスっぽいです…私達を討伐対象として見ているオーラですし…恐らく、このまま野放しにしたら…」
依頼所や装備屋、指南所がある町が危ない───そう同時に悟った3人は、各々武器を構えた。紅羽はメニュー画面を開き、瑠愛と要のステータスを確認した。どうやら瑠愛も要も無傷だがMPが減っている。この状態ではスキル2回打てたらラッキー程度だ。確か大回復の【ディーオの恩恵】はMPも回復する物と勇仁から聞いた。そう思い出した紅羽は口を開いた。
「あの、あれと戦う前に少々回復を。御二方のMPが減っているご様子なので。」
そう言うと、紅羽は2人に向けて羽ペンで四角形を2回書いた。どぷん、どぷん、どぷん、どぷん。体の中で液体が溢れているような、そんな吐き出したくなる様な感覚をなんとか抑える。浮かび続けているメニュー画面を再び見ると、瑠愛と要のMPは最大まで回復した。自らのステータスを確認した2人は紅羽に礼を言う。
「あ、ありがとう…ございます…!」
「ありがとう、紅羽!体は大丈夫?」
「はい、なんとか。もう少しは使えると思います。」
「分かった。無理はしないでね?」
紅羽が頷いたのを見て、瑠愛は槍を構えた。要は紅羽の前に立ち、攻守どちらもやる事を決意した。ハサックウルフのボスが目の前に来た瞬間、瑠愛は一気に宙高く跳んだ。そして、足元に黄色く輝く魔方陣を出現させ、足場を作った。魔方陣が出現するのと同時に、瑠愛の槍は光の粒に纏われた。
「【瞬くメテオーロ】…発動!」
そう叫んだ瞬間、上空から振り下ろす瑠愛の槍はハサックウルフのボスの背中を貫いた。ハサックウルフのボスは背中から赤黒い光を噴き出したが、苦痛の表情を浮かべなかった。あの赤黒い光は血なのだろうか…モンスターに血の概念は無いのだろうか。そう紅羽が考えていると、ハサックウルフのボスは体を大きく振って瑠愛ごと槍を抜き、飛びかかってきた。紅羽が目を見開いた瞬間、要は紅羽の前に立ち、大きな盾を振り下ろした。
「足止めくらいには…なって…!」
盾に描かれた十字架部分が漆黒に染まると、そこから無数の銃弾が飛び出し、ハサックウルフのボスの足に向かって放たれた。数多の銃弾にハサックウルフのボスは一瞬怯んだが、何事も無かったかの様にその巨大な前足を要に向けて振り下ろした。軽く目を見開いた瑠愛は魔方陣を加速させ、ハサックウルフのボスの前足目掛けて槍を勢いよく突いた。
「よし、刺さっ…うわっ!?」
だが、ハサックウルフのボスは槍が刺さったままの前足を思い切り振り、槍と一緒に瑠愛を遠くの木へぶつけた。瑠愛は激しく咳き込みながら立ち上がろうとする。紅羽は急いでメニュー画面を開き、瑠愛のステータスを確認する。かなりの威力だったのか、瑠愛の体力はどんどん減っていく。ハサックウルフのボスは次の標的は要だ、と言わんばかりに殺気を出す。「ひっ」と小さく怯えると、要はハサックウルフのボスに恐れながら盾を構える。ピンク色の魔方陣を足元に出現させると、再び盾の十字架模様が黒く染まった。
「【星空に輝くヴェガ】…発動…!」
そう小さく叫ぶと、要は上空に向かって盾から銃弾を発射させる。それは空にはね返る様にして、ハサックウルフのボスの体を貫いていった。よく見ると辺りに聳える大木の高さと同じくらいの場所に薄くピンク色の魔方陣が浮かんでおり、それにはね返っているのだろう。紅羽が理解した瞬間、ハサックウルフのボスは低く唸りながら要の盾をくわえ、頭を上げた。それも、盾が軋む音がするほど。
「っ…!?く、紅羽さ…!」
左手は盾の持ち手を持ったまま、要は右手を遠く下にいる紅羽に向けて差し伸べた。盾は気にしないでいいから、自分を助けてほしい───目に涙を溜めた怯えている顔からそう感じ取った紅羽が要に向けて手を差し伸べる、その瞬間。思いっ切り頭を振ったハサックウルフのボスは盾ごと要を吹っ飛ばした。先程の瑠愛と同じく要も大木にぶつかり、浮かび続けるメニュー画面に映し出された要の体力はどんどん減っていく。回復をしなきゃ、と言う使命感に駆られつつ、紅羽は目の前を見る。そこには、低く唸り続けるハサックウルフのボス。人間の言葉が言えるのなら、恐らく相手はこう言いたいのであろう。「次はお前の番だ」と。巨大な前足を振り下ろすハサックウルフのボスを前に、紅羽は容易に瑠愛と要を回復する事ができない状態となってしまった。巨体の割に素早く振り下ろしてくる前足を、紅羽は何とか避けていく。
(このままじゃ…私まで、倒される…!)
じゃあ、どうやって2人を助ける?どうやってボスに勝つ?そう葛藤していると、紅羽はふと足を止めた。何を考える必要があるか。自分の特殊能力を使えばいいじゃないか。紅羽は羽ペンで瑠愛がいる左側と要がいる右側にバツ印を描いた。
「【ペコラズマリータは救われる】、発動。」
そう言うと、メニュー画面に映し出されている瑠愛と要の体力とMPが全て回復された。ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん。回復したのは良いが、紅羽の何かを吐き出したい感覚は一気にやってきた。無理をしないでだとか、回復した瑠愛からの叫びが聞こえたが、今の紅羽は聞く耳を持たない。ただひたすらに、仲間を守る事しか考えていない。息苦しい感覚に紅羽が膝をつくとハサックウルフのボスは絶好の好機だと言わんばかりに跳びかかって来た。だが、それは紅羽の目の前に出現した赤い魔方陣で遮られた。息苦しさに耐えながら、紅羽はゆっくりと立ち上がる。
「はぁ…っ、魔力、向上…!」
思いっ切り右腕を振ると、目の前に浮かぶ赤い魔方陣は紅羽の右手の中に収まり、代わりに右手には黒い巨大なハンマーが握られる。左手は添えずにハンマーを振ると、それはハサックウルフのボスの右前足に鈍い音を響かせながら中った。「ガゥゥゥゥ…」と唸ると、外側に曲がったまま戻らない右前足を引き摺りながら紅羽に近付いた。ハンマーを台にしながら軽快に避けていく紅羽。全然攻撃が中らないハサックウルフのボスは腹を立てたのか、素早い動きでハンマーを持つ紅羽の右手に噛みついた。
「いっ…!?」
血が出るほどの痛みに顔を歪めると、紅羽は咄嗟にハンマーを左手に持ち替えた。右利きの紅羽的には少しは扱い辛いが、扱えないほどではない。そろそろ倒したい、と言う一心で脇腹を目掛けてハンマーを振ったが、ハサックウルフのボスは軽々と避けて「ウゥゥゥ…」警戒を示す唸り声をあげた。全身の毛を逆立て、黒い魔方陣を足元に出現させたハサックウルフのボスに、紅羽は溜息を吐いた。
「あなたがその気なら、私もその気になりましょうか。私の右手も痛いので。」
生まれつきの黄色いつり目を鋭くさせると、紅羽は足元に赤い魔方陣を出現させた。ハンマーの先が赤い光の粒に囲まれると、左手だけで持ち手を強く握りしめた。深呼吸をすると、紅羽は叫んだ。
「【天からのフルットプロイビート】…発動!」
「ウガァァァァァ!!!」
そう強く叫びながら黒いオーラを纏いながらハサックウルフのボスは勢いよく紅羽に向かって突進してきた。素早く横に避けると、紅羽は思いっ切り赤く光るハンマーをハサックウルフのボスの脇腹に中た。外部からの打撃、内部の骨の折れる痛みから「ウガ、ア、ァ…」と徐々に弱く唸ると、ハサックウルフのボスは大量の赤黒い光と共に消え去った。消え去ると同時にハンマーは赤い光と共に消えたが、噛まれた右手はまだ血が流れており、かなりの激痛が続いている。呼吸を安定させようと息を吐き続けていると、全回復した瑠愛と要が紅羽の元に近付いた。
「紅羽!大丈夫!?」
「紅羽さん…!」
心底心配している顔を見せる2人に、紅羽は弱々しく、だが軽く微笑みながら頷いた。その反応を見た瑠愛は安堵の溜息を零すと、また眉を下げて口を開いた。
「でも、今のはかなり無茶したでしょ…?あんな、無理矢理発動した様な感じで…」
「でも…倒せましたから…ほら、毛皮も余裕なくらい、手に入りました、か…ら…」
「紅羽…さん…?」
心配している2人の顔がぼやけると、紅羽は疲労と右手の激痛で意識が遠のいていった───