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前世メイド、儚げな少女に出会いました。

紅羽(くれは)達一行に同伴した(おと)の勧めにより、紅羽達は桔梗街(ききょうがい)にある並木通りの一角にある喫茶店・フェアエンデルングに到着した。桔梗街の風景に合わせたのか、店の外観には大きな歯車や釘が飾られており、扉の真横に置かれたアンティーク調の立て看板には【武器の錬成・調整、AI・ロボットのメンテナンス受け付けております。】と書かれていた。紅羽はもしかして…と律の方に首を向けると、律は「お察しの通りです。」と頷いた。


「武器の調整で、というのは本当ですよ?私の私情も混じっているだけです。」


「実際、武器の調整もしてくれて尚且つ作戦の最終確認ができるのはありがたい。早速入ろうぜ。」


季優(きひろ)のその言葉により、一行は喫茶店の中に入っていった。

喫茶店の中はブラウンやベージュを基調としたお洒落且つ落ち着いた室内となっていた。扉を開けた際の鈴の音に気が付いたのか、カウンターにいた若そうな銀髪の青年は笑みを浮かべながら歓迎した。


「いらっしゃいませ。あ、もしかして依頼を受けてくださった方々ですか?」


「こんにちは。口ぶりからするに…この依頼を出した張本人、って感じですか?」


季優がそう問うと青年は頷き、この度はありがとうございます、と深々と頭を下げた。どうやら、討伐対象であるモンスター・ミストホースはこの喫茶店の装飾や武器調整で使用している工具を作っている工場に棲みついているらしい。ミストホースが棲みついてからはその危険性から工場が動いておらず、明日明後日には欲しいスペアの装飾が未だ届いていない、と青年は心配そうに言った。そんなに頻繁に変えてるのか、と気になった紅羽が問うと、青年は頷いた。


「装飾の歯車は本物でして。サイズ的にも手入れが難しく、綺麗さを保つために2ヶ月に1回ほど歯車を交換しているんです。そこの壁の歯車が、例のモンスターが棲みついている工場でしか作っていないんです。」


青年はカウンターの斜め前の壁に飾られている大きく、且つ複雑な形をしている歯車を指差した。


[遊星歯車機構、でしたっけ。]


「よくご存知で。桔梗街で、このダブルピニオン式遊星歯車機構を作ってる工場は少ないものでして。」


南瀬(みなせ)と青年の会話に付いて行けず首を傾げた瑠愛(るあ)は、フードを深く被りながら律に聞いた。


「遊星歯車機構って…?」


「簡単に言えば、大きい歯車の中に小さい歯車がいくつかある歯車の一種です。小さい歯車をピニオンと言うのですが、2個で1セットのピニオンが大きな歯車の中にいくつかあるとダブルピニオン式と言うのです。かなり簡単、もとい抜粋した部分もあるので、あくまで大まかな説明と思ってください。」


「ほへー…」


分かったような分かってないようなよく分からない返事をする瑠愛を見て、紅羽はメニュー画面のメモ機能にいくつか丸を描き出した。


「えっとですね…大きい歯車の中に軸となる太陽歯車というものが中心にあるそうです。で…その周りを遊星歯車がこうやって回っている…って言う感じらしいです。」


「…紅羽ちゃん、説明上手だね…!」


「ありがとうございます、(かなめ)様。」


目を輝かせながら言う要に向けて紅羽は微笑む。あくまで南瀬と青年の話を要約したので、紅羽的には説明が合ってるかの自信がなかったが、褒められて悪い気はしない。瑠愛も納得した様子だし…と満足した紅羽は、青年にミストホースに弱点や気を付ける点はあるのか聞いた。青年が口を開こうとすると、再び喫茶店の扉が開いた。警察か、と危惧した瑠愛は紅羽の背中に隠れたが、入ってきたのは1人の幼い銀髪の少女だった。上品な白い長袖のワンピースは土汚れか血か分からない汚れが付着しており、痩せ細った足や腕には見るだけで痛々しい痣が何個か浮かんでいた。少女は大事そうに抱えていた熊のぬいぐるみを青年に見せると、消えそうな小さな声を出した。


「…このぬいぐるみ…動かなくなっちゃった…から…直せ…ますか…?」


「はい、直せますよ。何か飲みますか?サービスしますよ。」


少女の光のない青い瞳が青年を捉えると、小さく「温かい紅茶」と呟いた。かしこまりました、とお辞儀をすると、青年はぬいぐるみと共にカウンターの中へと歩んでいった。

5分ほど経つと飲み物を持って青年が戻ってきた。2人席のスペースにちょこんと座っている少女の前に紅茶のティーカップを置く。紅羽達にもお冷を渡すと、困った笑みを浮かべた。


「すみません、皆様。少々お待ちいただけますか?」


「はい、構いませんよ。後程、お話を再開できれば。」


と紅羽が頷いたのを見ると、青年は再び頭を下げてカウンターの奥へと消えていった。虚ろな目で佇む少女に純粋な興味が湧いたのか、瑠愛は少女の隣に座った。少女は驚かず、瑠愛のことを気にしていなかった。ニコニコといつもと変わらぬ笑顔を向けながら、瑠愛は少女に話しかけた。


「その銀髪、綺麗だね!ねぇねぇ、君ってなんて名前なの?」


「…私は…麗夢(れむ)…小学…5年生…」


「小5か〜!…ねぇ紅羽、小5の頃って楽しかった…?」


「…すみません、私学校には通ってなかったので…」


申し訳なさそうに詫びる紅羽。小5の頃、まさに心を閉ざした瑠愛。そんな2人を見て察した季優は、2人の代わりに麗夢と名乗る少女に話しかけた。


「小5って、どんどん大人に近付いていく楽しい時期じゃないか。今日平日のはずだが…学校とかはないのか?」


「…今日は…なんか…創立、記念日…で…お休み…なの…」


「へぇ…なぁ、その怪我…どうしたんだ?もしモンスターに襲われたものなら、この赤いお姉さんが綺麗さっぱり治してもらえるぞ?」


麗夢の目は紅羽を捉えたが、すぐに別の方を向いた。その後、小さく「これは…お母様とか…お父様とか…お友達から…やられたもの…」と返した。軽く目を伏せた酷く悲しげな少女に、要の脳内に前世の記憶が舞い込んできた。自分が書いたことのない机の油性ペンの落書き、ゴミ箱に捨てられた教科書やノートに筆箱、見え見えの悪口。あの、体に定期的に増えていく青痣。


「…っ!」


直後、涙目になりながら要は喫茶店の扉の取っ手に右手をかけた。不審に思った南瀬が空いている要の左手首を掴むと、要は元気のなさそうな笑顔を向けながら、軽く頭を下げた。


「す、すみません…ちょっと…嫌なこと、思い出したので…外の空気、吸ってきます…」


そう言うと、要は喫茶店から出て行ってしまった。横目で見ていて心配に思った季優も後を付いて行くように出ていく。紫音(しおん)は南瀬のメニュー画面の中に移動すると、首を傾げながら彼に声をかけた。


『要、どうしたんだろ?』


[分からない。]

[だが、何か訳ありっぽいな。]

雫石(しずくいし)が後を追ったから、恐らく大丈夫だと思うが。]


2人の会話を横目に見ながら、瑠愛は悲しげな目をしながら麗夢の頭を撫でた。だが、その表情は本心からではない。瑠愛は、彼女がなぜ悲しげな表情をしているのかが、親や友人からやられた傷がなぜ悲しいのかが分からない。マイナス感情が欠如している彼女は、麗夢のことを完全には理解できてない。でも、麗夢や紅羽が悲しげな表情をしているから、きっとこれは悲しい出来事なのだろう。そう判断した瑠愛は、表面は同情の目を作ったのだ。


「それは…(つら)かった、ね…」


「…だから…私…あのぬいぐるみを…()()()()()()()()()()…ここに来たの…」


「生き返らせて、もらいに…?」


紅羽が首を傾げると、麗夢は小さく頷いた。その後、紅羽達が目を見張るようなことを口にした。


「…それで…ぬいぐるみと一緒に…私は、天国に行くの…」

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