前世メイド、死霊術師に会いました。
「この屋敷に結界を貼った者に、会いに来た!」
そう告げた恐らく成人にも満たない少女は、紅羽の案内の元、笑みを浮かべながら客用の1人掛けソファに座った。紅羽から冷たいカフェオレを貰い一口飲むと、少女はコップを机に置き、その場を立ち上がった。
「幕開けは、この場に訪れた者が名を告げるもの。だが、我らはその名を外部に告げてはならない。ふむ…我は死霊術師のU、ということにしてもらおうか。」
「Uって、名前のイニシャルのこと?」
何となく気になった瑠愛はそう聞くが、紅羽はそれとは別に生ける屍を意味するUndeadのUか、もしくは幽霊と掛けているのか、と考えた。だが、Uと名乗った少女は、「各々の考察に任せる。」とだけ言ってまたソファに腰掛けた。気になる…と瑠愛は首を捻りながら、Uが来た時から手が動いている南瀬の方をチラリと横目で見た。Uの真実は闇に包まれたまま、少女は再び口を開いた。
「我ら一族は、悪霊から善霊まで全ての霊を使役する力を宿してこの地に降り立つ。だが、当代当主の我の力は未だその強大な力を完全に操ることは叶わず…現在数多の霊が我が手元から離れている。そこで、我はこの屋敷の存在を帰還した霊から聞き今に至る。」
「…何で…その、帰ってきた霊…は、私達の屋敷の場所が…分かった…んですか…?」
「我の善霊は感知したことのない結界を避ける特性を持っている。この結界を感知した善霊は帰還してきたが、悪霊は未だ帰還してきた数は僅か。この結界は、除霊…悪霊を消し去る効果を持っている。我が魔眼がそれを物語っている。」
『魔眼…もしかして、結界感知の使い手さん?』
紫音がそう聞くと、少女はカフェオレを一口飲んだ後、コクリと頷いた。紫音によると、結界感知の魔眼は彼女の言う一族が代々引き継いでいる…と言われている、恐らく彼女が右目に隠している特殊能力のことらしい。その名の通り晴れている場所からでも結界の存在を感知できる力であり、本来は巫女などの神職の人が持つことが多い力とのこと。紅羽はまた1つ新たな知識を蓄えると、要はUに1つ聞いた。
「あ、あのぅ…悪霊、は…帰ってこないといけない…ものなの…?」
「我ら一族は、霊を使役し不可思議な出来事を減少させるのと同時に、悪霊を冥府の道へ旅立たせることを任されている。故に、悪霊を消し去ってもらうのは構わない。むしろ、我らはその行いに賞賛を示している。」
「…つまり?」
「えっと…悪霊は、除霊してくれて…いいもので…むしろ、ありがたいって…思ってくれてる…みたい…!」
瑠愛は要に感謝の意を示すと同時に、要と寝ている季優以外の4人は何でUが言っていることが普通に分かるのか…と内心苦笑した。Uはうんうん、と頷くと、紅茶の入ったカップを手に取りながら笑みを見せながら口を開いた。
「賞賛を示す、すなわち感謝の意を伝えること。そして、それは当代当主の役目。故に我はここに訪れた。…この結界を貼った物は…そこから魔力を感じる。」
「南瀬さんから?…というか、南瀬さん何でさっきからずーっとキーボード打ってるの?」
Uが喋っている間、ずっとキーボードを打っていた南瀬のことが気になっていた瑠愛は、そう問う。前髪に隠れた藤色の目が確かに瑠愛を捕らえると、彼女の前に画面を出現させ、こう打った。
[ちょっと、メモを。]
「メモ?」
「…ふぅ、サンキュー南瀬。話はほとんど分かった。結界を貼ったのは俺だよ。感謝されるほどのことはしていないはずだが、死霊術師さん?」
「…え、先輩…いつから…起きてたん、ですか…!?」
南瀬の膝から起き上がり軽く伸びをする季優を前に、要は質問した。季優は、「Uが魔眼が云々って話してた頃くらい?」と答えた。どうやら、南瀬がキーボードで打っていたのはUの話の内容らしく、季優と南瀬の間に画面を表示させ途中から目を覚ましても分かるようにと打っていたらしい。どうりで南瀬が最初からずっとキーボードを打ってるわけだ…と瑠愛の謎が1つ解けると、カップを置いたUは笑みを浮かべた。
「どうも、刀弓使い。汝との邂逅、喜ばしく思う。偶然性はあるが、我の善霊の帰還に力添えをしてくれたこと、誠に感謝する。」
「そりゃどういたしまして。ところで…あの善霊とやらは、何でこの屋敷に群がったんだ?」
「魔力の多い者に好意を持つからだ。この屋敷には、我が見ただけでも魔力の多い者が数多く存在している。それに惹かれた、という考察が可能である。」
「そういう…あぁ、ありがとう紅羽。」
「アイスコーヒーでよろしかったでしょうか?」
大丈夫、と答えると紅羽は再びUの後方付近に戻って行った。アイスコーヒーのストローを咥えて飲んでいる季優の姿を見ながら、Uは口を開いた。
「力添えの礼をしたいところだが…汝は何を求める?」
「俺の安眠。ゴースト種族が近くにいると気になって眠れなくなるから。」
季優がそう即答すると、紅羽達5人は苦笑した。それだけ寝不足が酷かったのか、と。
「ふむ。では我が屋敷に戻り次第、早急に霊達にそう命じよう。他には?」
「…紅羽達は?」
「特に…でしょうか。あくまで、私の知る範囲では。」
[あぁ、じゃあ1つだけいいだろうか?」
南瀬がそんな文章を画面に映し出すと、少女は「言ってみよ。」と偉そうな、でも憎めない無邪気な笑みを浮かべながら許可した。
[ゴースト種族が寄り付かないよう、結界を強化してほしい。]
[ネクロマンサーの一族なら、できないだろうか?]
「うむ、可能だ。では、早速我が強化しようじゃないか。」




