前世メイド、悪霊?退治方法を考えます。
隠し扉から部屋に入ってきた心人は、最初見た時とは違う服装をしている紅羽と瑠愛を見て目を輝かせた。
「あらぁ、似合うじゃないの!お買い上げでいいの?」
「はい、お願いします。要さんはよろしいのですか?」
「うん…大丈夫…!夏用の…装備、あるから…」
「じゃあ、紅羽ちゃんと瑠愛ちゃんの夏用装備、合わせて5千円になりまーす♪」
安…と呟きながら、瑠愛はメニュー画面を操作して自分の分を支払った。紅羽も同様の手順で支払うと、心人は金額を確認した後メニュー画面を閉じた。
「はい、まいどあり〜!じゃあ、出口を開けるわね。店の裏口になっちゃうけど、道分かるかしら?」
「あ、私が分かるから大丈夫!ありがとう、心人さん!」
試着室の右隣の扉が開くと、瑠愛は大きく手を振りながら3人は出て行った。後ろでは、心人が優しい笑みを浮かべながら手を振り返していた。
裏口から外に出て数分、場所で言うと依頼所近くの道で瑠愛がフードを被り直していると、突如紅羽のメニュー画面が現れた。いつもの大きめな白いパーカーではなく、ノースリーブのシャツに濃い緑色をしたミニスカートな出で立ちの紫音は、ニコニコと笑みを浮かべながら話しかけた。
『3人共、買い物楽しめた〜?』
「うん…!紫音ちゃんの服…もしかして…夏服…?」
『うん!南瀬がお金出してくれたんだぁ〜♪』
「南瀬さんが?」
瑠愛が首を傾げると、紫音はうんうんと首を縦に振った。
『うん、暑さとかを感じなくても、表面上は夏っぽくしてもいいんじゃないか〜って!」
「よくお似合いです、紫音様。」
ありがと〜!と紫音が礼を言うと、ちょうど屋敷に辿り着いた。門の鍵をしっかり閉め屋敷の扉を開け、こちらにも鍵をしっかり閉める。リビングに入ると、見慣れない、と言うよりは意外な光景が広がった。
[おかえりなさい、3人共。]
「た、ただいま…先輩…どうしたん…ですか…?」
[ただ寝てるだけだ。]
[寝不足らしい。]
要がソファの肘掛け部分からひょっこりと顔を出しながら、その例の光景を見た。それは、どう見ても南瀬を警戒していた季優が、彼の膝で眠っている。そんな光景である。季優の目の下には隈ができており、南瀬の言う寝不足を嫌でも物語っている。紅羽は何かあったのだろうか、と南瀬に聞く。南瀬は紅羽の顔を振り返らず半透明のキーボードを操作すると、画面を見せた。
[心配かけるだけだから言うなと言われたんだが…]
[雫石曰く、近頃、特に夜の時間帯にゴースト種族のような濃度の薄い魔力を感じるらしい。]
「濃度の薄い魔力?私と南瀬さんは敵の魔力なら感じやすいはずなのに…何で気付かなかったんだろう?」
瑠愛が首を傾げると、南瀬は少し考えた後こう打ち込んだ。
[僕達が感じるのはあくまで敵対生物の魔力。]
[即ち、悪霊の可能性は低い、ということだろう。]
「そういう…今は何か対処してるの?」
[最初は雫石が除霊結界を貼る矢を屋敷の四方に刺した。]
[だが、そろそろ効果が切れてきてまた夜な夜な魔力を感じる日々、だそうだ。]
除霊…悪霊ではない…そんな単語を頭の中で重要視すると、紅羽は紫音に聞いた。
「紫音様、敵対生物ではないゴースト種族…?もいるのですか?」
『いるよ〜?例えば、中距離攻撃ジョブの死霊術師は、善霊を操ったりするかな?』
「では、その善霊の可能性もあるということでしょうか?」
[今はその可能性が高いと踏んでいる。]
[ネクロマンサーの善霊なら、結界に反応して勝手に逃げて行くと思うんだが。]
キーボードに手を置きながらふぅ、と息を吐く。南瀬も色々と調べていたのだろう、前髪からたまに覗く藤色の目は少しだけ疲れているように見えた。紅羽は、一刻も早くこの問題は解決しないと…と考え始めた。季優の寝顔を優しい顔で眺めていた要のメニュー画面から紫音が現れると、少しだけ悪い笑顔を見せた。
『もー、うちのパーティの男達はそういう問題をすぐにボク達に言わないよねー?そーゆーとこだよー!』
[雫石が津々楽達には言わない方がいいと言うから僕は黙っていただけだ。]
「先輩…生前も、あんまり…相談事…してこなかった…私の相談は…聞いてくれたのに…自分のことは…してくんなかった…」
『自分で抱え込むタイプ〜?1番しんどいやつだと思うのに…』
3人の話を横耳に、瑠愛は紅羽のベストの裾を軽く引いた。
「瑠愛様、どうかされましたか?」
「…しんどいって、どんな気持ち?」
「しんどい…ですか?」
紅羽はパチパチと瞬きをすると、瑠愛は真面目そうな顔になった。マイナス感情を持たずにこの世界に降り立った瑠愛は、怒り方や泣き方が分からない。しんどい、がどんな気持ちなのか分からないのもそのせいだろう、と紅羽は頭の中で結論づけると、少しだけ悩んだ後こう話した。
「悩み事を話したいのに、話す勇気がなくて抱え込み続ける…感じでしょうか…嫌な気持ちを溜め込む、と言った方が分かりやすいでしょうか?」
「嫌な、気持ち…」
そう言われた瑠愛は、今まであった嫌な気持ちを思い出そうとした。今まで…あぁ、1つだけある。依頼所で、紅羽が異常者とか何とか言われた時。なんか、モヤッとした。体の奥で、何かが爆発しそうな…この世界に来てから、1度も体験したことのない気持ち。これが、嫌な気持ち…?なのだろう、と思うことにした瑠愛は、不安そうな顔をする紅羽を見てニッコリと笑みを見せた。
「うん、何となく分かった!ありがとう、紅羽。」
「はい、どういたしまして。」
紅羽は再びメニュー画面に視線を戻す。その時、
ピンポーン、ピンポーン。
と2回屋敷のチャイムが鳴った音が聞こえた。1番玄関に近い位置に立っていた紅羽は、「はい。」と返事をしながら玄関を開けた。そこには、1人の長い黒髪の少女が立っていた。白い眼帯を付けた右目とは反対に裸眼である紫色の瞳をニッコリとしながら口を開いた。
「この屋敷に結界を貼った者に、会いに来た!」