前世メイド、装備屋と依頼所デビューします。
指南所の勇仁と別れた後、紅羽と瑠愛は近くに建っている装備屋に行く事になった。装備屋では、その名の通り装備を作ったり装備をグレードアップして防御力を上げたりする事ができるらしい。狭間の神殿で目覚めた時と同じシンプルなワンピースを着ている紅羽を気遣ってこうなったのだ。瑠愛も装備屋に行くのは好きらしく、道中はずっと楽しそうにしていた。指南所からそう遠くない場所に、普通の洋服店の様な大きな装備屋は建っていた。自動ドアを抜けると、目の前のレジカウンターから右目にモノクルを付け、長い金髪をふんわりと1本の三つ編みに結んだ綺麗な店員さんがやってきた。
「あらぁ、いらっしゃい瑠愛ちゃん~♪今日は何をお探し~?」
「こんにちは~!今日は私じゃなくって、こっち!」
「こ、こんにちは…」
瑠愛に背中を押された紅羽が軽く挨拶をすると、店員さんは笑顔になりながら彼女の手を両手で握った。
「いらっしゃい~♪アタシは、天羽 心人、ここの店長よ~!」
「心は女性、体は男性、でもセンスはピカイチってね!」
「もう瑠愛ちゃん、それは言わないお約束~っ!」
あはは、と笑いながら話す瑠愛と店員、ではなく店長の心人。だが、笑えない紅羽である。心は女性、体は男性…という事は。この店長…オネエだ。すごい綺麗だから全然分からなかったが、よく聞くと声が少し男性に近い。紅羽がオネエという単語を唾と共に飲み込むと、心人は彼女を見て口を開いた。
「あらぁ、先端変色症になってるのねぇ…うん、紅羽ちゃんに似合う服は、その赤いグラデーションと同じ、赤い服ね!ヒーラー専用装備に、赤ずきんコーデっていうのがあるんだけど…それ着てみない?」
「え、すっごい見たいっ!」
楽しそうに勧める心人と目を輝かせながら言う瑠愛に押され、紅羽はとりあえず、という感じで赤ずきんコーデを着ることになった。フリルは前世で(制服として)さんざん着たため慣れてはいるが、やはり自分に似合うかは分からない。「顔も整ってるし、体も細いから全然似合うよ。」と、同じ貴族に仕えていた同僚に言われたが、果たしてお世辞なのか事実なのか…色々と脳内で葛藤しながら、紅羽は専用装備に着替えていったのだった───
10分後。
「紅羽さん〜着替え終わったー?」
「は、はい…」
紅羽がそう返事すると、瑠愛は試着室のカーテンを開けた。試着室の中にいたのは、赤いケープやワンピースを着た、本当に赤ずきんの様な格好をした紅羽だった。襟や袖にフリルが多く、所謂ロリータと言われる服装であり、涼しげな顔をしているが紅羽は内心照れている。腰に付けられた白いエプロンのおかげで、何とか保ってはいるが。
「本当に赤ずきんだぁ〜!紅羽さん可愛い〜!」
「やっぱり、アタシの見立て通りね〜!」
「あ、ありがとうございます…」
照れはするが、装備的には割と動きやすいものだな、と思う紅羽。やっぱり装備屋なんだなぁ…と内心感心すると、心人は「それにする?」と彼女に聞いた。この世界に来たばかりでお金がない…と思っていると、瑠愛が口を開いた。
「あ、私が払うよー!さっきハサックウルフ倒してきたから、お金はあるよ!」
「あら、でもこの子、多分この世界に来たばかりでしょ?じゃあ…初心者歓迎として、タダでプレゼントしちゃうわ♪」
心人の衝撃の一言に、紅羽と瑠愛はあんぐりと口を開けた。確かに、この世界に来たばかりの紅羽は無一文であり、タダで装備が貰えるのはとてもありがたい事だ。だが、紅羽はタダで貰えるのは少々気が引ける。周囲から生真面目と評されていた紅羽にとっては、ギブをされたらそれ相応のテイクで返したい性分なのだ。似たような事を心人に言うと、彼はこう返した。
「あらぁ、真面目ちゃんなのね〜♪じゃあ、装備の代わりに、1つミッションでもやってほしいわ。」
「ミッション…?」
「依頼所の看板に貼ってある色々なお店とか人からの依頼の事を、皆ミッションって呼んでるの。ちょうど私達この後依頼所に行く予定だったし、いいんじゃないかな!」
「あら、それなら好都合じゃない〜♪紅羽ちゃん、頼めるかしら?」
紅羽は少々悩んだ末、コクリと頷いた。瑠愛と一緒なら大丈夫であろうと考えたのだ。心人は満面の笑みになると、ミッションの内容を教えた。
「今ね、ハサックウルフの毛皮が足りてないのよ〜ハサックウルフの毛皮で作った靴が、基礎的なステータスで使いやすいって評判なのは嬉しいんだけどねぇ、いつの間にかストックが無くなっちゃってて…」
「ハサックウルフの毛皮かあ…さっき戦った時、いるとは思わなかったから素材落とさないスキルで基本戦っちゃった…今1個しか持ってないや。」
「それでねぇ、比較的素材が調達しやすいから10個くらい集めてくれると助かるわぁ〜」
紅羽はそこまでの会話を記憶すると、「必ず全て取って参ります。」と真面目な顔をして言った。心人が「ありがとねぇ〜」と言うと、瑠愛は「よし、じゃあ依頼所行こっか!」と元気良く言った。紅羽は扉の前でお礼の意味を込めて1度お辞儀をすると、「気を付けてね〜」と心人は手を振って見送った。
装備屋から依頼所へはかなり近く、気が付いた時には既に依頼所は目の前に建っていた。オレンジ色の扉を開けると、上部に付いていた鈴がチリンチリンと心地よい音色を発した。中はログハウスの様な見た目であり、休憩所やご飯が食べれる酒場と呼ばれる場所もあった。2人は受付へ行き、早速ミッションを受けに行った。窓口には薄い水色のポニーテール姿の女性が座っていた。
「ようこそ、依頼所へ。本日はミッションの受領ですか、杠様?」
「うん、今日は私のじゃないけど。受けるのはこっち!私は付き添いっ!」
「そうでしたか。」と女性が言うと、女性は紅羽の方を向いた。どうやら一目で紅羽がこの世界に来て間もないと感じ取ったらしい。「はじめまして。」と紅羽は軽くお辞儀をすると、女性も笑みを浮かべて頭を下げた。
「初めまして、依頼所へようこそいらっしゃいました。私は花里 律といいます。以後お見知りおきを。」
「私は津々楽 紅羽といいます。よろしくお願い致します。」
「よろしくお願いします。では早速ですが、こちらの画面に受けたいミッションをお選びください。」
律にそう言われた紅羽は、言われたままにいつもの青みがかった画面を操作した。適当に画面をスクロールしていると、心人から言われたミッションを発見する事ができた。[♡装備屋からのお願い♡]と書かれたミッションのタブをタップすると、画面が切り替わり、ミッションの内容が映し出された。瑠愛は後ろから覗き込み、こう言った。
「ああ、紅羽さんと会った所だ!やっぱりハサックウルフってここに出やすいのかな?」
「初心者に最も優しく、最もハサックウルフがいる所がこのピアンタ草原です。そちらのミッションを受けますか?」
「はい、これでお願いします。」
紅羽が頷くと、律は画面を操作する。そうすると、画面が消え、受付の机には1枚の紙が置かれていた。紙を見ると、依頼承諾書と書かれている。既に受託者の欄には紅羽と瑠愛の名前が書かれている。承諾者の欄には律の名前が書かれてあり、画面と紙が繋がっているかの様に思える仕組みだった。律がミッション内容の欄に装備屋からの依頼とだけ書くと、彼女は紙を紅羽に渡した。
「これを画面の受託済ミッションのタブを選択し、この紙をスキャンしてください。そうすると、いつでも画面で見る事ができます。」
「画面…?」
「えっとぉ…普通に心の中で画面出したい!って思えば出てくるよ!あと画面の事、皆はメニュー画面とかメニューって呼んでるんだよ〜」
へぇ…と気の抜けた返事をしながら、紅羽は言われた通りにやった。メニュー画面が見たい、そう思うと彼女の目の前に青みがかった画面が映し出された。おぉ、と心の中で驚いた後、メニュー画面の中央部分にある受託済ミッションのタブをタッチする。そうすると、画面が切り替わり、承諾書スキャンのアイコンが出てくる。アイコンをタップし、スキャンの枠に合わせて紙を持つと紙は吸い込まれるようにして消え、代わりに画面にミッションの詳細が事細かく書いてあった。
「おおー、できた!これでいつでもミッションの確認ができるよ!」
「あの…吸い込まれた紙は…?」
「承諾書に関しては、データ化専用の物なのでお気になさらずに。こちらの画面に、津々楽様が受けたミッションの情報を記憶しているので、そちらもお構いなく。では、ご武運を。」
律は頭を下げ、紅羽に笑顔を見せた。