前世メイド、作戦決行です。
シスター曰く、柘榴街は夕方から出歩く人は減っていくとのこと。柘榴街を囲む森林に住むモンスターが出歩く時間になるらしく、非戦闘区域の街中では戦闘力がある人は少ないから、というのが理由らしい。そのことを知った紅羽達は、作戦を決行するのは夕方からにした。
───夕方。なるべく森林に近い道を行く紅羽達。紫音が表示するマップを見ると、あと前に数歩歩けばちょうど5箇所の刑務所の中心部分に辿り着く。その前に中心部分の人の数を確認すると、かなり少ない…と言うか、誰もいない。シスターの言っていたことは正しかったんだ…と納得すると、紅羽は要に合図した。要は力強く頷き中心部分でピンク色の魔法陣を出現させた。
「範囲特定、人数特定、全工程完了…フィールド転換、開始!」
そういつもより力強く言うと、一瞬にして魔法陣が巨大化し、要達と刑務所を囲むように半透明の煉瓦が積まれた。
「…転換、完了したよ…紅羽ちゃん。中心部分から、駅側が戦闘区域で…森林側が非戦闘区域になってるよ…!」
「ありがとうございます、要様。…ところで、戦闘区域って言いましたけど、モンスターとか出ませんよね?」
「だ、大丈夫…!ただ、武器が出せるか出せないか、の違いだから…」
あ、なるほど。と納得すると、紅羽は紫音と南瀬に魔力の探知をお願いした。2人が同時に探知を始めると、季優は紅羽に話しかけた。
「なぁ、紅羽。瑠愛がいる刑務所、もしかしたら警察以外の敵がいるかもしれない。」
「敵…九重さんのような方でしょうか。」
「恐らくな。…それと、耳を澄ましてみろ。戦闘音が聞こえる。」
そう言われ紅羽も耳を澄ますと、確かに微かにだが戦闘音がする。もしかして、そこが瑠愛のいる場所だろうか。と考えると、紫音が口を開いた。
『紅羽!瑠愛の魔力、発見したよ!ただ…反応が近くに来てる!』
紫音が指差した方向から、確かに足音がする。場所は…森林側の刑務所。要にフィールド転換を解除するよう言うと、解除された瞬間に門から黄色い魔法陣と人が過ぎったように見えた。あの黄色い魔法陣、まさか…と思って人が通って行った方向に紅羽は走っていった。
───森林に入ってしまったか。透明化できる相手にこの森林は宜しくない。しかも、夜になりかけてきて暗くなり始めている。それに…見知った魔力が、4人分。もしかして、と思って魔法陣を方向転換しようとすると、何もないところから10本以上のナイフが飛んで来た。
「乗れる魔法陣って面倒くさいね〜全っ然ナイフ当たんない!」
「これに乗んないと、すぐに刺されるから!…っ、というか、姿が見えないから槍が動かせない…!」
「さて、キミに問題。魔弾は、どこから飛んでくるでしょーか!」
「何唐突に…」
「答えは…どこからでも、だよ!」
「っ!!」
未だ透明化を解除しない敵は、あらゆる所から魔弾を飛ばしてきた。魔弾の量が多すぎて避けきれなかった瑠愛は、魔法陣から真っ逆さまに落ち、地面に叩きつけられた。激しく咳き込む瑠愛の前に現れたもう1人の瑠愛は、ナイフの切っ先を瑠愛の首元に向けた。その顔は笑っておらず、嘲笑に似ていた。
「もう終わり?ボクに槍の1突きも、スキルの1個も当ててないのに。」
「ゲホッ、ゲホッ…君が、透明化を解除しないから、でしょ…!」
「魔法陣から降りないキミに言われたくないなー?」
あはっ、と乾いた笑いを浮かべると、もう1人の瑠愛は後ろを向いた。咳き込みながら視線の先を見ると、見慣れた赤い服を着た人物が見えた。もしかして、と思って槍を地面に刺しながら立ち上がろうとすると、もう1人の瑠愛はそれを快く思わない顔で再び首元にナイフの切っ先を向けた。
「良かったねぇ、キミ。助っ人が来たみたいだよ?」
「瑠愛様…っ!」
「紅羽ちゃん、下がって…!」
もう1人の瑠愛が飛ばした何本ものナイフが大きな盾に金属音を鳴らしながら防がれると、紅羽は立ち止まった。
「瑠愛様が、2人…?」
「いや…違うな。片方はジョブが違う。アサシン…うん、黒い方が指名手配犯だ。」
「だいせーかーい!…っと、ん?後ろの魔法使い、見たことあるような…後で心愛に報告しとこ。ま、それは今はどうでもいいや。そこの刀弓使いー!萕が連れて来ようとした奴だよね!」
「そうだが、何か?」
「萕ができなかった分、ボクが屋敷にご招待するよ!ボクってば、もう動けなさそうだし〜」
後ろで膝立ちしている瑠愛を指差すと、瑠愛はパチンっと指を鳴らした。その瞬間、槍の先端が黄色く輝き始めると、瑠愛は大きく息を吸い、槍を構えた。
「【煌めくルーナ・リェナ】…発動…!」
「お、意外としぶとい。」
半円を描くように槍を振るが、もう1人の瑠愛は跳び、瑠愛の背後から勢いよく魔弾を数発打った。体力的にも避けきれなかった瑠愛はくらった衝撃で紅羽達の元へ転がっていった。
「瑠愛様!【癒しのインノ】、発動…!」
どぷん、どぷん、どぷん、どぷん。瑠愛の体力自体は回復してきたが、ミッション以来何も食べてない、且つ牢屋で気が休まなかったため疲労感が溜まっており、小さく息を吐き続けた。まだ魔力向上は使えない、どうしたものか…と考えていると、紅羽達の前に要が盾を震えさせながら立った。
「お、こんばんはーシールダーさん!ボクと戦ってみる?」
「か、勝てなくても…私達の、前から…立ち去ってもらいます…!」
足元にピンク色の魔法陣を出現させると、もう1人の瑠愛は乾いた笑いを浮かべながら左右の手に3本ずつナイフを出現させた。スキルを使われる前に、こっちが仕掛ける…!それに、今ならできる…と自分に言い聞かせると、要は魔法陣を大きくさせた。
「限界まで…魔力を…【囚われのサンドリヨン】、発射っ…!」
「お、第6スキルか…!」
もう1人の瑠愛の周囲を囲むように半透明の盾が現れ、盾からは大量の銃弾と魔弾が撃たれた。もう1人の瑠愛は透明化し、盾の範囲外の後ろまで跳び、要の持つ盾一直線にナイフを10本近く飛ばした。飛んできたナイフを魔弾で落とすと、もう1人の瑠愛は軽く手を叩いた。
「よくそんな魔力が出せたね〜シールダーさん。キミ、主人さんへのお土産候補とかいいかも。そんなわけで、ちょっと主人さんに呼ばれたからボク帰るねー!じゃ、また近いうちに♪」
手を振りながら透明化すると、その後もう1人の瑠愛は現れなかった。魔力をかなり使った要はその場に座り込むと、ポカンと口を開けた。守れた…自分が?皆を、瑠愛を…守れた?
「お疲れさん、要。無事か?」
「は、はい…大丈夫、です。」
「良かったな、第6スキル使えて。」
「はぁっ…そうだよ、要ちゃん。助けてくれて…ありがとう。」
紅羽の肩を借りて立ち上がった瑠愛は、要に笑顔で礼を言った。言われた本人は、立ち上がりながら「どういたしまして」、と同じく笑みを浮かべた。




