前世○○、その正体は?
「く、紅羽…私、捕まる、のかな…」
いつもの明るい表情とは全く違う青ざめた顔で紅羽の袖を掴んだまま震える瑠愛に、紅羽は何か打開策がないか考えた。彼女が指名手配犯ではないという根拠…同一人物としか思えない瑠愛と指名手配犯…指名手配犯は現在逃亡しており、犯人の居場所は分からない…やはり何か根拠が必要…そう悶々と考えていると、警察はもう紅羽達の目の前にいた。紅羽が瑠愛を庇うように前に出ると、突然紫音が口を開いた。
『んん?なーんか生体反応がおかしいなぁ〜?警察さん6人いて、人間の反応は2人しかないよ?』
[あぁ、道理でおかしいと思った。]
南瀬は頷くと、突然警察の足元に魔法陣を出現させ、煙を出した。煙から出現したのは、2人の警察と、4匹の威嚇をする赤い猿型のモンスターだった。紫音の説明によると、猿型モンスター・チェンジモンキーは、人間に化けることを得意とし、その力で悪事を働いたりするらしい。チェンジモンキーの性質を聞いた瞬間に赤い魔法陣を構えた紅羽は、魔弾を放ちチェンジモンキーとの戦闘を開始した。先程の残った2人の警察はモンスターの対処は専門外だったのか、他の警察を呼びに逃走していったらしい。そのことを確認した季優もモンスターの先頭に加わったが、要はその場から動けなかった。自分は、何をすれば。瑠愛の護衛?それから、逃げて…逃げる?どこへ?あの教会?もっと別の街?頭が混乱している要を他所に、瑠愛の背後に接近していたもう1人の警察が瑠愛を捉えてしまった。突然の蹴り技に反応できなかった瑠愛は尻餅をついてしまい、片手には手錠がかけられた。
「いっ…!?私は、指名手配犯じゃな…」
「どこからどう見ても指名手配犯の杠 瑠愛の顔にしか見えないだろう。今からお前は専用の牢屋行きだ。そこの仲間とも一生のお別れだ。」
「瑠愛ちゃ …」
「来るな。お前の仲間は殺人鬼なんだ。仲間に殺されたくなければ、こいつとは別れろ。」
そう言い終わると、警察は乱暴に瑠愛を立ち上がらせ、刑務所へ向かった。一瞬要に向けた瑠愛の顔は、焦っているような、悲しそうな、そんな表情をしていた。
───
柘榴街から遠く離れた刑務所の一室に、瑠愛は無理矢理入れられた。辺りには誰もいない空気が漂っている。牢屋に入らされる人の危険度によって入れる場所が違うのだろうか…と思っていると、突如聞き覚えのある声が瑠愛の耳に届いた。
「やっほぉー、逃げきれなかったんだー?」
聞き覚えのある声、ではない。自分の声だ。牢屋の外に座っていたのは、紛うことなき自分の姿をした者だった。だが、服装が違う。瑠愛は黄色いパーカーの私服姿だが、相手は黒いパーカー姿。その他の顔の形やパーツは鏡合わせかのようにそっくりであり、瑠愛は警戒して槍を出そうとしたが、全く出てくる気配がない。
「ここで武器は出さない方がいいよ〜逃走防止で、武器の反応がしたら機能するセンサーがあるみたいだし。」
「…君は、誰?」
「ボクはキミだよ?キミと同じ、杠 瑠愛。まぁ、ボクはアサシンだけどねぇ〜」
「…まさか…君が、指名手配犯…?」
「大正解〜!言っちゃえば、キミは冤罪だよー」
やっぱり、と納得すると、瑠愛は目の前で笑うもう1人の自分を見た。捕まっている様子はないのに、何故ここに…?そう疑問に思っていると、もう1人の瑠愛はどこからか瑠愛が入っている牢屋に入ってきた。
「透明化っていいよね〜警察から逃げるのに便利で!でも、殺しただけで追われるなんて酷いよねー?」
「あ…当たり前だよ!人を殺すのは、犯罪なんだよ!?」
「ボクは主人さんの命令で、人を殺してるんだよ?魔力が多い人って、黙って主人さんの所に来てくれないもん。なら、殺した方が早いってこと!」
「な、何言って…」
瑠愛は、唐突に彼女の笑みが怖く思えた。だが、それと同時に彼女の台詞に覚えがあった。「主人さん」…似たようなことを、水蓮街で出会った旅占い師の女性、九重 萕が言っていたような気がする。確か、「せっかく、主人様への捧げ物になると思ったのに…」とか。その瞬間の場面を思い出すと、途端に彼女への警戒心が一層強くなった。まさか…
「…まさか、君って…九重萕の、仲間…?」
「ん?…あー、別の街で萕に会ったんだっけ。そうそう、仲間!萕の言う主人様も、ボクの言う主人さんも同一人物。あとなんか質問ある?暇潰しに答えてあげるよ。」
「…じゃあ、私のこと、色々知ってるの?キミは、何で目の前にいるの…?」
やっぱり気になる?と笑いながら言うと、もう1人の瑠愛は少し悩んだ後にこう話し出した。
まず、キミのことを教えてあげるよ。ボクは鏡合わせのキミ、言わば同一人物。でも、前世を覚えているのはボクだけ。それは、女神様が特例事項を行ったから。ボクは小学校に入って数年でプラスの感情を手放した。何故か?人の期待に応えたくなくなったから。優等生、秀才、天才児、将来有望、文武両道の才女。小学校の頃から数多の期待を背負わされたボクは、笑うことも喜ぶことも止め、ただただドライに物事を進めた。その時には笑いや喜びのプラスの感情は死に、それ以降のボクは笑い方や喜び方がわからなくなった。さて、そのプラスの感情はどこに行ったか?実は感情っていう人の中にある見えないものにも天国の存在はあって、その対応も女神様…ルーチェさんが行っている。天国に行くと感情はその感情の持ち主の姿になる。だけど、狭間の神殿にやってきたプラスの感情の化身、キミはまだ10歳の幼い子供。ジョブが与えられるのは15歳から。じゃあ、女神様は何をしたかと言うと───
「その、特例事項?」
そう、正解!女神様は特例事項として、狭間の神殿の一角でキミを育てた。全能の女神様はあらゆることをキミに教え、またキミも沢山の本を読み、膨大な知識を蓄えていった。前世は分からないけど、色々な知識…まぁ、なんか地理とか歴史に偏ってるみたいだけど、そういう知識は覚えてるのはこれが理由。そして、15歳になったキミは、遂にランサーというジョブを手に入れ、この世界に降り立った!でも、女神様と過ごした記憶は全部消去されてる。前世を覚えてない、でもこの世界は知ってる。特例事項を行うと、女神様は特例事項を実行してる期間の記憶を消し、代わりにこの世界での記憶を授ける。だから、初対面のはずなのに、店の人と出会った記憶がある。この世界もそれに合わせるように上書きされてるけど、誰も疑問には思わない。だって、前から知ってるみたいにその人の記憶があるから。…とまぁ、キミのことはこれが真実。さて、次はボクのことだね。反対に、ボクはマイナス感情の化身。怒るや泣くとかのこと。ボクはドライな感情で以降を過ごし、この頭脳で名門大学にまで行った。でも、その大学はまぁ酷くてねー小学校以上の期待の背負いまくり。挙げ句の果てにはキミなら何でもできるでしょ?みたいな対応してくるからストレスも大量発生。発散しても増え続けるストレス、とうとうボクは殺人に走った。最初は大学の担任。次は校長、そして教頭。それでも収まらないストレス。ボクのナイフの切っ先は、街の通行人に向かった。何十人も殺して、警察に捕まって、死刑になって前世のボクは終わり。あとはキミと同じ、狭間の神殿でジョブを貰ってこの世界に来た。主人さんからもう1人のボクが見つかったっていう情報が入ったから、ここに来てみたら綺麗に冤罪で君が捕まってた。
「…キミのこととボクのことはこれで以上。理解できた?」
「じゃあ、私の前世って…」
「うん。ボクと同一人物、イコール君の前世は死刑囚。この世界への誕生経緯は違うけどねっ!」




