前世メイド、本日の仕事は何でしょうか?
あの髪型、あの顔つき…間違いなく、先輩だ。やっと会えましたね、先輩。そう言って近付きたいのに、何故かその1歩が出ない。何で、何で。やっと会えたのに、何で私の足は動かないの。じわりと目に涙を浮かべる要を見て彼女の感情変化に気付いたのか、紫音は気遣うような声色で話しかけた。
『…要、部屋に戻ろう?』
「で、でも…今戻ったら…先輩が、行っちゃ…あ…」
心做しか焦っている口調で言うと、要は紫音に移していた目線を玄関へ再び向けた。だが、玄関にはもう彼の存在はなかった。やっと会えたのに…次に行く場所に、必ずいるとは限らないのに…溢れる涙を手で拭いながら、要と紫音は部屋に戻っていった。
そう遠くはない位置にある部屋の襖を開き、そっと入る。どうやらまだ紅羽と瑠愛は夢の中のようだ。はぁ、と小さく溜息を零しながら露天風呂に繋がる襖を少し開き、近くに置いてある1人用のソファに座る。ソファにすっぽりと嵌るように体育座りになると、要は膝に頭を乗せ、未だ溢れている涙を拭い目を閉じた。
───
私に笑顔を向ける先輩。
黒板をバックに暗い顔を見せる担任。
ニュースで流れる高校生が死亡した交通事故の話。
死亡者の名前は、見慣れた大好きな名前。
落書きがされた私の机。
毎年聞いた、私に向けた五月蝿い暴言。
人に興味を向けることをやめた時の薄暗い視界。
高いビルの屋上からの景色。
何かを訴える見慣れた女子生徒。
最後に目に映ったのは…
クリアな、雲1つない真っ青な青空。
───
ハッと目を開ける。…さっきのは、夢?違う…前世の出来事。あれは、紛うことなき要の死ぬまでの出来事だった。先程の件が自分でも気付かないほど辛すぎて、あんな辛いものを思い出したのだろうか。眠っている間に涙は引っ込んでおり、ズビッと鼻を啜る。朝から嫌なものを見た…と溜息を零すと、目の前に見慣れた顔が現れた。
「おはよー要ちゃん!紫音からちょっと聞いたよー…何か、探してた人?に会えたって?」
「うん…でも…先輩…もう、どこかに…行っちゃったから…」
「そっかー…布団じゃなくてソファで寝てて、起こそうと思ったら魘されてたから…大丈夫だった?」
寝間着の浴衣ではなく、既に私服に着替えた瑠愛はそう要に首を傾げながら聞いた。心配そうな顔を見せる彼女に大丈夫と言おうとしたら、隣から同じく私服の紅羽が歩いてきた。両手を揃え丁寧にお辞儀をすると、こちらも心配そうな顔で口を開いた。
「おはようございます、要様。先程まで魘されていましたが、体調はいかがでしょうか?」
「お、おはよう…大丈夫…2人共…心配かけて、ごめんね…」
「体調を崩されていないのならば幸いです。先程、本日の予定を伝えに京さんが朝食中に来るとおっしゃっていたので。恐らく、何かしらは作業があるかと。」
淡々と言う紅羽の顔から心配の色は無くなっており、瑠愛もニコニコと笑顔を浮かべていた。要はソファから立ち上がり、ピンク色の秋服に着替え終わった瞬間、机の上に本日の朝食が置かれた。軽く焼かれた香ばしい香りが漂うロールパンやスクランブルエッグなど、昨晩とは真逆の洋食メニューだ。外国人観光客(がいるのかは分からないが)用なのだろうか…?と紅羽が考えていると、廊下に続く襖が開き、美桜都が現れた。
「おはようございます、皆様。本日の予定を伝えに参りました。」
「おはようございます、京さん。朝早くからありがとうございます。」
適当に席につき、紅羽が礼を言うと、美桜都は笑みを浮かべながら説明を始めた。
「本日は、旅館内の掃除と1ヶ月の支出金額の整理を手伝ってもらいたいのです。普段掃除は業者をお呼びしているのですが、どうやら本日は法事でできないらしく…」
「金額の整理…何か、私そう言うのやった事ある、かもしれない…」
瑠愛がそう呟くと、紅羽は首を傾げた。確か、瑠愛は前世の記憶が無いはず…記憶を思い出す兆候なのか、それとも以前ミッションか何かでやった事があるのだろうか。やり方が分かる人がいるのは助かる、と美桜都は金額の整理を瑠愛にお願いした。瑠愛は快く引き受け、紅羽と要は2人で掃除を手伝う事にした。紫音が「ボクはどっちにいればいい?」と聞くと、美桜都は金額事情が漏洩するのは良くないから、という理由で掃除のチェックを頼んだ。
『了解!頑張ってお掃除してね〜2人とも〜♪』
「前世の頃によくやっていたので、お任せ下さい。」
「わ、私も…掃除とか、好きだから…任せて…!」
「頑張ってね2人とも〜」
「瑠愛様も、頑張ってくださいね。」
───
朝食後、4人は早速別れて作業を始めた。紅羽と要は二手に分かれて廊下を箒で掃除をし、瑠愛は美桜都に連れてこられ旅館の玄関前のカウンターで作業をすることになった。美桜都から金額の整理方法を聞くと、やはり瑠愛はどこか記憶にある方法のように思った。前世が、こういう物に関連しているのだろうか…?と考えたが今は頭の隅に置き、瑠愛は作業を始めた。
時々方向転換でやって来る紅羽や要と喋ったりして作業をしていると、気付いた頃には頼まれた量から3分の2は終わっていた。一旦休憩をしようと椅子から立ち上がると、瑠愛の目はカウンター下に積まれた雑誌を捉えた。1番上の雑誌を1冊取る。タイトルは【前世の今】…ニュース雑誌のような、そのようなものだった。何が書かれているのか見ようと思い瑠愛は再び椅子に座り、雑誌を開いた。今年の予想入試問題、世界的歌手と大人気俳優の結婚…よくあるようなニュースの見出しを流し見していると、ある見出しが目に飛び込んだ。【連続殺人事件の犯人は未成年か。】という物だった。どういう事だろうか、と瑠愛は興味本位で読み始めた───
【今月半ば、前世の時間軸で連続殺人事件の犯人の特定に進展があった。目撃者によると犯人は小柄であり、大人の後ろ姿には見られないとのこと。また、事件発生現場の○×市警察によると、被害者の年齢・性別に共通点がなく、明らかな無差別殺人という事が判明した。このまま被害者が増えれば恐らく罪が重くなり続けると警察は話しており、事件発生現場付近では「一刻も早く捕まって欲しい」という声が多く挙がった。またある報道番組では「犯人は未成年者かもしれない」と語っており、その情報も含めつつ警察は犯人の探査及びパトロールを全面的に強化すると、先日の記者会見で表明した。】




