前世メイド、報酬に驚きました。
無事洞窟を出ることができ、紅羽含む3人は依頼元の旅館に到着した。苦手な鳥類(蝙蝠)がいたり魔法を使って魔力を消費したりで瑠愛が疲れているので、また明日にでも観光しよう、と帰り道の際に決めたのだ。観光に期待を膨らませながら、3人は旅館の女将・美桜都に素材を渡した。メニュー画面で素材の品質を確認すると、美桜都は満足気な笑みを浮かべた。
「高品質の宝石が半分を占めておりますね。誠にありがとうございます、皆様。報酬金は明日お渡しします。…それと…」
「それと?」
紅羽が問うと、美桜都は紅羽にメニュー画面を開くよう促した。言われた通りメニュー画面を開くと、美桜都は3人に聞いた。
「旅行施設の運営者の会議に以前出席した際、電子工学が発達している街から、所謂AIと言うものを頂いたのですが…何せ、この旅館にはAI専用の機器がないため、皆様に授けようかと思いまして。」
「AI、って…確か、非戦闘ジョブで…戦闘のナビゲートとか…してくれる、らしいよ…?」
「…人身売買…」
要が説明した後、紅羽はボソッとそう呟いた。だが、直後に瑠愛が「データ交換だから、そこら辺は大丈夫だよ!」と返した。何となく納得した紅羽は、瑠愛と要にどうするかを聞いた。
「私は構わないよ〜!戦闘がスムーズにできるならありがたいし!」
「わ、私も…それに…きっと、賑やかになると思う…!」
「では、そのAI、頂いても?」
紅羽がそう聞くと、美桜都は頷いた。美桜都がメニュー画面を操作すると、紅羽のメニュー画面に緑色のリボンが付いた白いプレゼント箱が表示された。箱に触れ、出てきたのは…
『…悪性ウイルス検出なし…メニュー画面所持者、津々楽紅羽、認証…確認オールクリア…はい、初めましてマスター!箱の中からこんにちは、AIの羽月 紫音です!』
緑色のグラデーションが入った銀色のツインテール姿の少女だった。頭頂部に1本ピョンッと生えたアホ毛を揺らしながら、紫音は紅羽のメニュー画面を動き回っている。手が隠れるほどの大きな白いパーカー1枚、それに黄緑のガーターベルトに白いニーハイソックス…だけと言う、紅羽的には大胆な格好をしている。それはともかく、AIとしての性能は如何程なのか…と考えていると、紫音は紅羽の方を振り向いた。
『…?マスターと…他に3人?カウンター方面の人物はボクを送信したって情報があるから…そこの2人は?』
「この方々は、私のパーティの仲間です。そして…あなたも、パーティの仲間になるですよ。」
紅羽が笑みを浮かべながらそう言うと、後ろから瑠愛と要も覗き出した。
「いいねー、AIのパーティメンバー!パーティには1人までなら非戦闘ジョブがOKらしいから、全然いいんじゃないかな!」
「し、紫音、ちゃんは…どうしたい…?」
要がそう聞くと、紫音は首を傾げながらこう聞き返した。
『パーティのメンバーは、ボクも賛成なんだけど…ボクの管理権限を持つマスターは、誰になるのかなぁって…?』
「管理権限、は…このパーティ全員、ではいかがでしょうか?」
『パーティ全員…うん、面白いね!いいよー、皆ボクのマスターだ!これからよろしくね、紅羽と、瑠愛と、要!』
「よろしくー、って、いつ私達の名前知ったの!?」
『このくらい近距離なら、名前とジョブくらいならすぐ分かるからねー!』
ケラケラと笑いながら言う紫音に、瑠愛と要は苦笑する。タイミングを見計らってか、美桜都が「そろそろ夕飯をご用意いたしましょうか?」と3人に聞いた。戦闘もしてMPも使って草臥れた紅羽達は、お願いしますと美桜都に言った。厨房に無線で連絡した美桜都は、その後紅羽達を部屋に案内した。
1階のある一角に紅羽達用の3人部屋があり、美桜都は10分20分でお持ちしますね、と言って去っていった。いかにも和室、な部屋には墨絵や生け花が飾られており、落ち着く雰囲気を醸し出していた。襖で遮られた奥には露天風呂があり、瑠愛は先程の疲れを忘れテンションを上げていた。紅羽は部屋と廊下を遮る襖の近くにあった電気ケトルでお湯を沸かしている。
「要さん、湯呑を人数分持って行ってはくれませんか?」
「分かった…!」
そう言って要は3つの湯呑が置かれたお盆と共に机へ向かっていった。音で湯呑を置き終わった事を確認した紅羽は、要に聞いた。
「要さん、明日はどちらへ行きましょうか。それとも、お手伝いでもあるのでしょうか…」
「ど、どうだろう…でも、お手伝いがあっても…きっと、京さんが優しく…教えてくれるだろうし…私なら、どっちでも…いいかな…」
「私もどっちでも楽しみだな〜!観光もしたいけど、お手伝いしても悪い気はしないし!」
ニコニコしながら言う瑠愛と要に微笑みながら、紅羽はちょうど沸いた電子ケトルを使って急須にお湯を入れようとし、手を止めた。…お茶、2人とも何か希望があるのかな。
『緑茶と…焙じ茶?』
「あ、はい…私はどちらでもいいのですが…」
『ねぇねぇ2人共ー!緑茶と焙じ茶どっちが好きー?』
紫音は紅羽のメニュー画面の中で後ろを向き瑠愛と要に声をかけた。地味に助かる…と思いつつ、紅羽はなぜ麦茶が無いのだろうか…と地味にショックを受けていた。紅羽がショックを受けてる間に聞き終わった紫音曰く、瑠愛も要も緑茶が好きらしい。2人の好み通り緑茶の茶葉とお湯を入れ、湯呑に注いでいたその時。机に緑色の魔法陣が現れ、それと同時に机の上には3人分の豪華な和食が置かれていた。どうやら今夜の夕食はしゃぶしゃぶらしく、3人でちょうどいい大きさの鍋と女性3人分の肉や野菜の他に漬物が添えられており、漬物が好きな紅羽は目を輝かせた。───1時間ほどで食べ終わり、使い終わった鍋や皿は再び緑色の魔法陣と共に消え去った。順番に風呂に入り、畳の上に敷いた布団に潜り、3人は話す間もなくすぐに眠りについた。
───
早朝。朝日が昇ってきた頃合に、要は目を覚ました。普段よりも早く目覚めてしまったが、たまには朝の風でも浴びるのも良いかと思い、彼女は未だ眠っている紅羽と瑠愛を起こさぬようゆっくりと廊下へ出ていった。襖を閉めると、突如メニュー画面が起動した。
『おはようー、要。朝早いんだね?』
「お、おはよう…何だか…目が覚めちゃって…ちょっと、外に出て…旅館のベンチで、風浴びようかと…思って…」
『いいねー!じゃあ、ボクも付き添い〜♪』
小声でそう2人で話し終わると、要と紫音は旅館の玄関へ向かった。が、カウンター近くの貼り紙をふと見ると、旅館の戸締り時間は朝0時から6時まで。紫音に時間を聞くと、今は5時半。諦めて部屋に戻ろう…と来た道を戻ろうとした時、要の耳に聞き覚えのある声が入った。声の方向…カウンターのある方を向くと、美桜都と旅館の客か、男性が話をしていた。逆光で顔は見えないが、扉の方を振り向いた瞬間、要は驚いた。一瞬見えた気がした、あの男性の顔。それは、要がずっと会いたくて、この世界に来てずっと探してた人。要の赤い瞳に映った、その男性は───
「…せん、ぱい…?」
死ぬ1時間前までいたあの高校の、人生で初めてまともに好きになれた人、要の1年上の先輩だった。




