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前世メイド、今世はヒーラー兼重戦士になりました。

───血が流れ続けている───

体内の血が刻一刻と失われている感覚に襲われていることは、意識が途切れかけている彼女でも何となく分かる。呼吸が上手くできない。息を吐き出す事しかできない。足音は無かった。でも、どこかを刺された感覚は一瞬でやってきていた。心臓?首?こんな真昼間に、なんでそんな過ちを…そう考える彼女は目だけを動かし、自分を刺した犯人を探す。でも、目の前には救急車と警察ばかり。こんな状況下で、まだ犯人がいるわけない…あぁ、もう少し…もう少しだけでもいいから。()()()に、尽くしていたかった───目の前が暗闇に染まり、彼女は息を引き取った。


「13時30分、死亡を確認。死者の名前は…津々楽(つづら) 紅羽(くれは)。」






「…ん…さん…津々楽紅羽さん。起きてくださいな。」


優しい女性の声が聞こえ、津々楽紅羽は薄らと目を開けた。汚れ1つない真っ白な床。周囲はこちらも汚れ1つない真っ白な柱に囲まれている。柱は神殿にありそうな豪華な物であり、そして、この世のものではない不思議な雰囲気を纏っている。ようやくしっかりと目を開けて天井を見ると、柱も何もない暗闇となっていた。そして紅羽自身は、死んだ時の()()()()ではなく、真っ白なワンピースを着て硬く白い長方形の大きな大理石の上に横たわっていた。頭が働いていない状態で起き上がると、目の前には綺麗な女性が立っていた。緑色に輝く綺麗な目、そして赤と青の宝石が様々な部分に飾られている白いドレスを着ている女性は、まるで紅羽を哀れむかのような顔を見せた。


「犯人不明の連続殺傷事件の被害に遭い、大学1年生19歳という若さで生涯を閉じたようですね。ご愁傷様です…」


「…あなたは…?」


「私はルーチェ。どこかの国の言葉で、光を意味するルーチェです。前世と今世を繋ぐ女神でございます。」


ルーチェと名乗った女性は、優しい笑顔でそう答えた。前世と、今世を繋ぐ…?紅羽は、ようやく働くようになってきた頭を動かしながら言葉の意味を紐解こうとした。前世は、自分が死んだ世…じゃあ、今世とは?意味が分からない、ここはどこ?そう目で訴えると、ルーチェは苦笑しながら口を開いた。


「最初はそんな反応の方が大抵ですよ。時々、この狭間の神殿で自分が死んだとようやく自覚する人もいますが。もしくは…まだ、信じられないとか。あなたも、まだ全然信じていないでしょう?」


「…死んだ感覚は、あります。でも…この場所にいるという自覚は、全くないです…」


そうでしょうね…とルーチェが言うと、紅羽の目の前に青みがかった映像が流れだした。1台の真っ白な救急車にそれを囲むように停まっている数台の真っ黒なパトカー。そして、一段と目を引く真っ赤な血溜まり。血溜まりの上に横たわっている銀髪の女性、それは明らかに紅羽だった。そう、紅羽はあそこで何者かに後ろから刺されて死んだ。足音もなく突然背後から刺された彼女は、自分が死んだことは分かっていても、今の状況は全く飲み込めていない。例え紅羽が、高倍率のエリート大学に通っているという事実があったとしても。今の状況は非現実的…いや、そもそも死んだ後どうなるかなんて、生きている人が知るわけがない。未だに謎が謎を呼び続けている紅羽は目の前に立つルーチェにこう聞いた。


「あの…狭間の神殿とは…?それに…前世と今世を繋ぐ、とは…?」


ルーチェは紅羽の目の前に映していた映像を消し、紅羽の座る大理石と同じような正方形の大理石の上に座り話し始めた。


「名の通りでございます。人はいつか必ず死ぬ…その死んだ時間軸を前世といたします。そして、死後、生きていく際の第2の時間軸…それが今世です。それを説明するための人と場所。それが私、それが狭間の神殿です。狭間の神殿は、肉体は前世のまま、精神はここにあるというのを確認するため映像を流してみました。」


「…第2の時間軸って、死んだ時と似たような所ですか…?」


「いえ、全く違います。言ってしまえば、異世界でございます。」


…異世界?紅羽はルーチェの言葉に首を傾げた。言葉の意味を分かっていないと判断したルーチェは、簡単に「冒険とかをする、ゲームの世界みたいなものですよ。」と付け足した。そのような知識には極端に疎く、余計に分からなくなってきた紅羽は、もしかしたら仮死状態で夢を見ているのかもしれない、と思って両頬を自ら抓った。


「…普通に痛い…」


「夢じゃないですもの。これは現実でございます。ではあなたの能力値…ステータスでも見てみましょうか。」


ルーチェはそう言うと、先程の映像のように再び青みがかった画面を映し出した。ステータスを出すための読み込みが終わり、文字が出てくるとルーチェはそれを読み上げた。


「普通の値を100としますと…体力200、攻撃力80、回復力200、防御力150、スピード力100…回復ジョブ、ヒーラータイプですね。各個人が必ず1つ持つ特殊能力は…魔力向上?ふむふむ…また珍しい…というか…()()()()()()()ですね…」


「ぜ、前例のないもの…?」


何かすごくやばいのものなのか、と思い恐る恐る聞くと、ルーチェは優しい笑顔で「ちょっと特殊なものですよ。」と言った。だが、内容はちょっとどころでもなく特殊そうなものだった。


「回復スキルを一定回数以上使うと、ヒーラーから近距離ジョブの重戦士にジョブチェンジする能力です。普通の魔力向上は、単純に魔法系統のスキルの性能を上げる物なんですけどね。あ、重戦士とは男性女性問わず、内面的な筋力が上昇しハンマーや大太刀などの大型武器を片手で軽々と扱うジョブですよ。」


かなり、予想外のものだった。と言うか、正直そんな能力存在するのか、と思うほどだった。紅羽はそんな特殊能力を持つくらいなら、戦闘しないで生きていけばいい…と考え口を開きかけたが、ルーチェに「戦わないと生活できませんよ。」と瞬く間に遮られてしまう。この人は読心術でも持ってるのか、と思うほどのスピードだった。流行には疎いが今時の言葉を使うのならば、心底落胆した表情で紅羽は「詰んだ…」と落ち込んでいる。落ち込んだ様子を見せる紅羽に、ルーチェは画面を切り替えながら話し始めた。


「強い方を見つけてその方と一緒にいても良し、同等の強さを持つ方と強くなっていくのも良しですよ。あぁ、それと…ご自分の姿を確認していただくと分かると思いますが、異世界の特殊体質になってますよ。先端変色症と言うものでしょう。」


そう言われ紅羽はルーチェに渡された手鏡で自身の髪の毛を見た。前世でも散々珍しいといわれ続けた地毛の銀髪は、前髪も横髪もサイドテールに結んだ長い長髪全てが先端だけグラデーションの様に赤くなっていた。だが、割と気に入っている黄色い目はそのままであり、紅羽は少し安心した。安堵の溜息を吐き、礼を言いながらルーチェに手鏡を返すと、彼女は白い羽ペンが吊るされた紺色のネックレスを紅羽の首にかけた。


「これは?」


「あなたの武器でございます。あなたの体内に流れるMP、所謂()()を使う事で味方を回復する事ができます。」


「あ、ありがとうございます…?」


言葉の内容をあまり理解できていない紅羽(くれは)は戸惑いながらお辞儀をすると、ルーチェも微笑みながら軽く頭を下げた。すると、神殿の柱が光の粒と共に1本、また1本と消え始めた。「お時間ですね。」と言うと彼女は座っていた大理石から立ち上がり、紅羽の目の前に立った。ルーチェが頭を下げる事が、彼女の言う()()なのだろうか。ルーチェのエメラルドの様に輝く目と紅羽の黄色く輝く目が合うと、ルーチェは微笑んだ。


「私からのお話はこれで終わりです。あなたの第2の時間軸が、素敵な物でありますように…」


波の様にうねった綺麗な腰まである金髪を揺らしながら、ルーチェは笑顔でそう言った。色々教えてくれたから、という理由で紅羽は礼を言おうとする。が、突然目の前がぼやけ始めて、ルーチェの顔が見えなくなっていく。まだ薄らとルーチェの顔が見えるうちに…と、紅羽は口を開いた。


「教えてくださり…ありがとう、ございま…し、た…」


「…御武運を、津々楽紅羽さん。」


ルーチェの優しい声が聞こえると、紅羽の意識は途絶えた───


「あ…スキルの使い方とか、伝え忘れちゃったけど街の皆が教えてあげてくれるかな…?」







ザッ ザッ ザッ


「…あれ、誰かいる?」


ザッザッザッ


(足音…?こちらに向かってきてる…?)


「…うーん…寝てる…のかなぁ…?でも、ここで寝てるのは危ないだろうし…うん、起こしてあげよう!」


右側から、そんな声が聞こえた気がする。狭間の神殿で起きた時の様にぼんやりとしながら、白いワンピースのまま紅羽は名の知れぬ草原で目を覚ました。横たわっているのは恐らく芝生の上だろう。背中に草がちょっと刺さってる感じが何となくする。あと視認できるのは快晴の青空と、多分紅羽のそばに立つかなり大きな木。そして、右側から聞こえる女性の明るい声。紅羽はゆっくりと起き上がると、右隣に立つ女の子と目が合った。


「あ、起きた。ねぇねぇ、なんでここで寝てたの~?ここ、モンスター出るから寝るには危ないと思うけど…あ、ほら!言ったそばから!」


紅羽は女の子が指を指した先を見ると、確かに何かいる。目を細め、ようやく形が見えてきた。その敵の姿はと言うと。


「…狼…ですか?」


「多分ハサックウルフかな?この辺りの気候を好んで生息してるモンスターって依頼所で聞いたけど、本当だったんだね~」


そう言うと、女の子の輝くオレンジ色の目は目付きが変わり、完全に標的を仕留める顔になった。手には青いリボンが結ばれた槍。彼女は槍を構えると、思い出したかの様に紅羽の方を見た。


「あ、そうだ!君、名前は?ジョブは?」


「私は…津々楽紅羽、えと、確かヒーラーです。」


「お、じゃあいいかも!私、ちょっと防御力低くて回復ジョブ必要だったんだ~…あ、私は(ゆずりは) 瑠愛(るあ)!見た目の通り、ランサーでーす!」


よろしくね!と瑠愛に嬉々としながら両手を握られた紅羽は、戸惑いながらも「よ、よろしくお願いします…」と返した。とても嬉しそうな笑顔になると、瑠愛は「じゃあじゃあ、何かスキル使える?」とグイグイと紅羽に聞いてきた。(ルーチェが教え忘れたから)スキルの使い方も何も知らない紅羽は、とりあえずよく分からないまま瑠愛に向けて羽ペンで丸を書いた。その瞬間。ぼちゃん、ぼちゃん、ぼちゃん。紅羽の体内で何か液体がコップか何か器から溢れる様な音が3度した。首を傾げる紅羽を他所に、赤い光の粒に囲まれた瑠愛はふんふんと頷きながら、あの時ルーチェが出したような画面を出してステータスを確認した。


「えーと、【夢託すフェデーレ(第3スキル)】…あー、自動回復付与か!ありがと~、助かったよ~!」


じゃ、いってきまーすっ!と元気に瑠愛はハサックウルフの群れへ駆けて行った。戸惑いはしたが、悪い人ではなさそうである。紅羽は瑠愛を見送りながら、手を揃え軽くお辞儀をした。その姿は、さながら()()()までの大切な、大切な主人様に仕えていた頃のメイドの姿さながらで。


「いってらっしゃいませ、瑠愛様。」

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