中
※流血表現有り
目の前に広がるのは炎の赤、敵国の鎧の赤、そして味方達の血の赤。
悲鳴や怒号と共に一人、また一人と仲間達が血を流して倒れていく。
「ああ…そんな……っ! ザイル! テイラ! ナーチェス‼︎」
覚束ない足で駆け寄り手をすくい取るが、その手は氷の様に冷たい。
むせ返る程充満した血の臭いと火薬の臭いで吐き気が込み上げてくる。
「なんで…なんでこんな……っ!」
何で増援部隊が来ないの。
何で敵が此方の作戦を知っていたの。
何で。なんで……っ⁉︎
膝をつけた足が、頭を抱える手が、どす黒い血に染まっていく。
恐怖心と気持ち悪さで蹲ると、腕が強い力で掴まれる。
ハッと顔を上げると、いつも綺麗に結われていた黄金色の髪をダランと垂らしたテイラが、生気のない目で見上げてくる。
「貴女のせいですわ」
「……っ!」
「作戦が失敗したことも、軍が壊滅したのも、わたくし達が死んだのも。みんな、みんな貴女のせいですわ」
ギリギリと、いつも綺麗に手入れされていたテイラの爪が腕に食い込んでいく。
振り解こうとするも、いつの間にかザイルの手が、ナーチェスの手が、死んだ皆の手が、私の体を締め付けていく。
呼吸をするのも苦しくなり意識が遠のく中、首に手をかけられた感触で目を開く。
目の前には、顔をバッサリ斬られ血を流すフェルデがいた。
「全て、お前のせいだ」
ーーーーーーー
「ぅ……ああぁあっ‼︎」
自分の悲鳴で眼が覚める。起き上がると同時に目眩を覚えて音を立てて倒れ込んだ。
その拍子に枕元に置いてあった栞が跳ね上がり、咄嗟に空中で掴む。
レティアの時肌身離さず持ち歩いていたこの栞を見ていると、自然と昔の記憶が蘇ってくる。
カルデラ王国軍というと、多勢に無勢な状況から幾度も勝利し国を取り戻したという、まるでお伽話の様な話が広まっている。中には戦は全戦全勝だったなどの話が飛び交っていたりするが、勿論事実ではない。
むしろ、一度はカルデラ王国軍が壊滅の危機に追い込まれたことがあった。
なんとか全滅せずに済んだものの、その被害は甚大で多くの犠牲者が出た。
その責任は、軍師であるレティアに向けられた。
レティアの死を望む者も少なくなかったが、内輪で更に数を減らすに減らせなかった状況からレティアは軍師から下ろされなかった。
二度と失敗出来ないというプレッシャー、味方達からの冷たい視線、圧倒的な敵の兵力による苦しい戦況がレティアを少しずつ追い込んでいった。死ぬ直前では、やっと解放されると思ったほどだ。
しかし、アリシアとして生まれ変わった今でもあの敗戦の記憶が消えない。まるで、神様が死んでも忘れるなと言わんばかりに。
ぐるぐる駆け巡る考えを振り払うべく、栞をポケットに突っ込み、起き上がって部屋を出た。
夜明け前の薄暗い階段を降りると、ランプの光に照らされた人の影が見える。
孤児院のシスターであるヘレンは、手作りのガタついた椅子に座り子ども達の服を縫っていた。
階段を降り終えると、ヘレンは手を止めて顔を上げた。
「おはよう、アリシア。まだ夜明け前よ? もう少し寝ててもいいわ」
「目が冴えたから大丈夫」
「そう。なら一つ、仕事を頼んでもいいかしら? いつものよ」
「いいよ。他の子達が起きるまで時間あるし」
椅子に座ると、ヘレンが棚から取り出した紙束をテーブルに置く。
束ねていた紐を解き何枚か広げ、紙に書かれている数字を指でなぞっていく。
この書類は孤児院の月毎につけている収支書だ。国や貴族からの寄付金から孤児達の食費、被服費等をヘレンは事細かに書き記している。
子どもの私が見るようなものではないが、以前たまたま見かけて収支の差額が間違えていることを指摘してから、ヘレンに度々確認をお願いされるようになった。
こういう数字を追っていく作業は軍師の時に散々やっていたので得意ではあった。
戦争は終わったもののまだ完全に復興しきれていない今の状況では、計算どころか読み書きさえ教えるのがままならないのが現状だ。その中での私はかなり異質なはずだが、ヘレンは深く追求してくることは一度もなかった。
カチコチと時計の音だけが響く部屋。心の中で渦巻いていた黒い靄が段々と薄れていくが、代わりに収支書の内容に頭が痛くなってきた。
戦時中に親を失い行き場を失った孤児が爆発的に増え、今尚孤児の人数は増え続けている。
王都奪還した最初の方は、国からまとめて助成金が入ったためなんとかなっていたがそう長くは続かず、貴族達からの寄付金もそう多くないため出ていく金の方が多い。
ヘレンも頑張ってやりくりはしているが、限界に近いのが目に見えてわかる。
日に日に痩せていくヘレンに胸が痛くなるが、子どもの私にできることはない。
……いや、あるにはある。私がレティアだと言えば、フェルデなら何かしら貰える可能性はある。
だが、もしもフェルデに拒絶されたら? あの時の皆の様な冷たい視線をフェルデから向けられたら?
そう思うと足が竦んでしまって、生まれ変わった後今まで会いに行った事はなかった。
「あら、もう終わったの。ありがとう、アリシア」
「シスター……、シスターあのね、私…」
「……アリシア。私は大丈夫よ」
ヘレンの言葉にハッと顔を上げると、何処までも優しい慈愛の瞳と目が合った。
「そんな苦しい顔しないで。貴女は子どもなのだから、大人に頼っていればいいのよ」
「シスター……」
「あら、もうこんな時間。アリシア、マリー達を起こしてきて頂戴。朝御飯にしましょう」
にっこり笑うヘレンの圧に負け、言われた通りに他の子達を起こしに行く。
こうやって結局ヘレンに甘えてしまう自分の弱さに思わず溜息が溢れた。
朝ごはん後、ヘレンからお使いを頼まれ、それを聞きつけた下の子達から一緒に行きたいと喚かれて一時大騒ぎになった。
盛大なジャンケン大会が行われ、見事権利を勝ち取りご機嫌なテッドの手を引き城下の大通りを進んでいく。
様々な人や物が行き交う光景をキラキラした目で追うテッドが逸れないよう歩いていると、ふと路地裏に繋がる一本の道が目に入った。
あのパレードの日、ここでフェルデと会ったんだっけ。
「アリシアーどうしたの?」
「ごめん、止まってたね。何でもないから行こう」
「ここになにかあるの? ……あっ、きしだ!」
「きし?」
テッドの指差す方向を見ると、騎士服を着た男が下を見てウロウロしていた。
と、文章にすれば大したことないが、発せられる殺気が凄まじく誰一人有名人であるフェルデに近付こうとしない。
皆が遠巻きに見ているというのに、フェルデは一切気にもとめず何かを探しているようだった。
「アリシア、あのきしこわい…」
「きっとお腹でも空いてるのよ。ほら、早く行くわよ」
テッドの手を引っ張って急いでその場から離れる。が、胸にもやもやができて苦しくなる。
「(探してるって、まさかこの栞……?)」
一瞬頭にそんな考えが過ったが、すぐにないないと首を振る。
確かに鉄板でできた栞は珍しいが、そもそもフェルデは本が苦手だったはずだ。栞がないからって困ることはまずない。ない……はず。
それからというもの、ほぼ毎日の様にフェルデがあの路地裏に現れるようになった。
そのあまりの形相に、市民達は凶悪な悪党を追っているに違いないと震え上がり、街のゴロツキ達は自分を探してるんじゃないかと震え上がり……結果、近辺の治安が劇的に良くなった。
そんな周りの様子には目もくれず、フェルデは来る日も来る日も路地裏を彷徨う。見つかるはずのない落し物を探して。
その様子を私は複雑な気持ちで見ていた。




