第5話「聞く気がなかった訳では無いけど聞きそびれた」
「アイリーン!アイリーン!!」
私の事を呼ぶ声がする。これはお母様の声だ。
さっきからひっきりなしに聞こえる自分の名前を呼ぶ声から隠れるように、私は花壇の奥にしゃがんでいる。
「アイリーン様!何処にいらっしゃいますか!?」
これはメイドの声。大人しそうな子で、私よりも可愛い。わかる。
「アイリーン!これから狩りに行くんだが一緒に来ないか!」
これはお兄様の声。え!狩りに行くんですか?私も連れていってくださいまし!
慌てて立ち上がりかけたけれどふと気がついた。これは嘘では?私を誘き出そうとしているのですね。アホのお兄様の割に考えたではありませんか。
「危ない。危ない。騙されるところでした」
にんまりと笑って座り直す。大丈夫、誰も気がついていないのだから。
「アイリーン。これ以上出てこないのであればしばらく外出禁止にしますからね」
低いお母様の声。それは困る。外出は私の楽しみなんだから。
今度こそ立ち上がると、植込みがガサガサと音を立てる。開けた視界には、お母様やお兄様、メイドや執事までいて、こちらを見ていた。
あれ......?もしかして最初からバレていた?
「支度をし直しなさい。草を付けたまま入学セレモニーに出ることはなりませんよ」
バレてしまってはしょうがない。とでも言うと思ったか!
メイドの制止を振り切って全速力で走り出す。けれど、すぐにお兄様に追いつかれて捕まってしまった。解せぬ。
「アイリーン。なんで学園に行くのをそんなに嫌がるんだ?」
俺もいるんだぞ?とお兄様が聞いてくる。
学園。王立技術学園。才能有りと認められれば、平民にも門戸が開かれているこの国で1番大きな教育機関。
なぜ行きたくないかだなんて明らかよ。
勉強なんてしたくない。そんな事するくらいなら森に行きたい。
「学園では狩りの仕方や闘い方も習うのですけどね」
お母様なにそれ。聞いてないわ。
「まぁアイリーンも俺達と同じ戦士コースになるだろうな。向いている武器を教えて貰えるぞ」
ちょっと楽しそうに感じてきた。行ってもいいかもしれない。
そんな私の心の変化を感じ取ったのか、お母様が微笑んで言った。
「では行ってらっしゃい」
そこからは一瞬だった。私が返事する間もなくメイドに囲まれて簡単に髪を梳かれて、整えられ馬車に乗せられた。気がついたら学園の講堂に座っていた現状。
逃がさないという意志を感じるわ。
朝、何も気づかず学園の制服を着てしまった時点で勝敗は決まっていたのかもしれない。
お兄様は横で楽しそうに笑っているし。解せぬ。
司会っぽい男の人が話し始めたと思ったら人が入れ替わり立ち替わりお話していく。髭を生やした偉そうなおじさんの話が長くてうつらうつらしていたら、講堂にいた人達が移動し始めた賑わいで目を覚ました。
あれ、いつの間に終わってしまったの?
「よく寝ていたなぁ。気持ちは分からんでもないが」
そう言って笑うお兄様に手を引かれて歩く。しばらくすると、広場みたいなところに出た。
お兄様が抱き上げてくれて前の方が見える。
私と同じくらいの子どもが門のようなものを通っている。人によって赤くなったり青くなったりするのが面白かった。
「お兄様、あれは何をしているの?」
「あれはな、適正が戦士職か魔法職かを見ているんだ」
赤が戦士職向き、青が魔法職向き。なら今通った子は魔法職向きね。
「アイリーンは赤くなるだろうな」
そうだと嬉しい。お父様やお兄様とお揃いだ。
いよいよ私の番になった。意気揚々と通ると、ふと声が聞こえた気がした。
「おかえり、勇士よ」
女性の、優しい声だった。
お兄様を振り返って「今、声が聞こえなかった?」と聞いたら「何が?」だって。
門を通ったらみんな聞こえるのね。お兄様ったら知らないフリをしているんだわ。
見上げると門は赤く染まっていた。門の先にいた女の人が貴女のクラスはこっちよ。と、道を案内してくれる。
お兄様に別れを告げてついていく。
クラスに着くと既に席が半分くらい埋まっていた。
ん、あれ?魔法職向きの子もいるのね?てっきり戦士職向きのクラスなのだと思っていた。
みんな詰めて座っているから、私も倣って詰めて座る。嘘。好きな場所に座るって考えがちょっとなかっただけ。
そうやって最後の席まで埋まると、教室は静寂に包まれる。なんでこんなに静かなの?私ここでやっていけるか不安だわ。
「おー、ちゃんと座っているな。結構結構」
ガラガラと音を立てて男の人が入ってきた。扉を開けた音じゃない。斧を引き摺って来た音。斧!?戦士職の先生が担任なのね!
つい嬉しくって微笑みが零れる。
「俺はゴードン。見ての通り戦士職だ。このクラスの担任だから、困った事があったらなんでも頼ってくれよ」
錆色の瞳を細めて快活に笑う先生を私は好意的に思った。
ちょっと間が開きましたね。
理想は毎日更新、出来なければせめて週一って気持ちです