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国王代理

 国王の容体は変わらず、心配をした私たちはそのまま王宮にとどまる事になった。

 ノランは運ばれてきた夕食にほとんど手をつけなかった。

 父親のことは勿論だが、きっと国王代理の指名についても気掛かりなのだろう。


 迎えた翌朝も国王はまだ寝込む状態が続いた。

 意識が朦朧とした状態は既に脱し、熱は徐々に下がり始めてはいたものの、国王は仕事に復帰できる状態にはなかった。

 これ以上の空白は許されなかった。

 国王代理を選ばねばならない時が、ついに来たのだ。

 王妃は王子たちを集めると、彼らの前に立ち気丈な口ぶりで言った。


「陛下が、国王代理を指名されます。皆を玉座の間へ集めるのです」




 玉座の間は、総木造りの広間であった。

 飴色の木の壁が四方を囲み、高い天井からは百を超えるであろうおびただしい数の明かりがさげられている。

 広間の奥は高く設えられており、手すりがついた四段からなる階段を上がると、そこに玉座があった。

 玉座は壁と同じ飴色の木製で、磨かれきったその表面が、長い歴史を感じさせた。


 王妃の呼びかけに応じ、王子夫妻たちがそこへ集まった。

 私たちは自然とその場に並んで立ち、国王がやってくるのを今か今かと待っていた。

 第一王子と第二王子を囲むように、駆けつけた数多くの官吏たちが玉座の間に集合し、本来は広いその場所を狭く息苦しい場所に変えていた。


「シェファン様。ーー貴方のお名前が呼ばれるのに違いありませんわ……!」


 甘えるような囁き声が聞こえて視線をそちらに向けると、ロージーが第二王子にしなだれ、王子の顔を見上げていた。

 第二王子はそれには答えず、ただロージーの肩を抱き寄せた。ロージーも第二王子に身を寄せる。蕩けるようなロージーを横目で見ながら、ふと思った。

 多分、ロージーは相手が第一王子だろうが、第六王子だろうが、国王の証である真紅のマントを纏うかも知れない男性なら、こうして愛しげな視線を送り、しなだれるのだろう、と。この状況に興奮していることが、薄紅色に紅潮した彼女の頰から推し量られる。


 ノランを見あげると、彼と目があった。

 彼は腕を伸ばして私の身体を引き寄せ、片腕で私を抱き締めた。

 その腕と表情がいつもより少し硬い。


「……ノラン様、緊張してるの?」


 ノランはふっ、と柔らかく笑った。


「なぜかな。こうしていると、緊張感が和らぐ」

「本当?」


 私でも役に立つことがあったか、と嬉しくなる。私は勇気を出して、両腕を控え目にノランの背にまわし、彼をそっと抱き締めた。

 ……私にとっては、真紅のマントが無かろうが、伯爵にしては貧乏だろうが、ノランが最も素敵な人だ。


 ーーロージーは、本当はかわいそうな女性なのかもしれない。


 ふとそんな風に私は感じた。


 玉座の間の入り口の扉が開かれると、私たちはそちらを注目した。

 侍従長によって車椅子を押された国王が、その場にやって来た。

 車椅子の前に立ち、国王入室の宣言を高らかにしながら、中に入って来たのはまだうら若い職員だった。

 皆に注目されたせいか、玉座の間の奥まで歩く彼の足は妙にカクカクと動いてぎこちない。萎縮し過ぎた彼の第一声は、気の毒なくらい完全に裏返っていた。


「へっ、陛下からのお言葉があります!」


 声が裏返ったせいか、職員の顔が真っ赤に染まる。

 ご苦労様、とたおやかに王妃が声を掛ける。職員はかかとを揃え、頭を下げた。余程緊張しているのか、小さくない肩がブルブルと震えていた。

 車椅子に乗る国王は玉座には座らなかった。その手前で止まり、玉座を背に居並ぶ皆を見渡してから、国王は口を開いた。

 

「私の代理として次の者を指名する。当面の国王代理として……」


 国王はそこで言葉を切り、微かに間を開けた。高い人口密度にかかわらず、恐ろしいほどの静けさだった。

 その間は、国王が見せた微かな逡巡にも見える。


「……私は、第ニ王子シェファンを指名する」


 囁かな甲高い歓喜の声をあげたのは、ロージーだった。

 徐々にざわめきが大きくなり、第二王子の近くにいた人たちから、彼に次々頭を下げていき、それがさざ波のように広がる。

 私の隣に立っていた第三王子が、対照的に訝しげな声でぼそりと呟いた。


「結局、そうなるのか 」


 人々の中から国王の前に、二人の中年の男性が進み出た。

 その内の一人は、装飾が施された美しい木箱を持ち、両腕に抱えていた。

 国王の後ろに控えていた侍従長が訝しげに問うた。


「なんだ、ドートレック侯爵。呼んでないぞ」


 声を掛けられたのは、木箱を抱える男性だった。


 ーードートレック侯爵……!つまり、この人がロージーのお父さん?


 ノランから納屋の地下で聞いた話を思い出し、私は侍従長が話しかけた男性を凝視してしまった。

 小さな顔に、細面のその容貌は、確かに言われてみればロージーに似ているかもしれない。年の割には面立ちが整い、悪人そうな人相はまるでない。

 ドートレック侯爵は微笑を浮かべたまま、低頭した。


「マントをお持ち致しました。シェファン殿下に、国王代理たる証を纏って頂きたく」


 国王は答えなかったので、侍従長は面倒そうにドートレック侯爵に手を振った。

 すると侯爵は笑みを浮かべて顔を起こし、第二王子の前に向かっていった。

 そのまま再び頭を下げ、第二王子に語りかける。


「シェファン殿下。陛下のお言葉により、殿下にこの国王代理たる証をお持ちしました」


 ドートレック侯爵は第二王子の前に、木箱を差し出した。木箱の中身は、真紅のマントであった。満面の笑みを浮かべながら、ドートレック侯爵は隣に立つ男に言った。


「さぁ、軍務大臣。マントを殿下に」


 軍務大臣と呼ばれた男はドートレック侯爵が持つ木箱の中から、真紅のマントを取り出すと、恭しく広げた。それは国王が纏うものより、少し丈が短かった。

 そのまま第二王子の元に駆け寄り、彼の肩にかけ始める。

 その様子を、第二王子の隣に立つロージーが、どこかうっとりしたような、高揚した目つきで見つめている。


「シェファン様! ああ、とてもお似合いですわ」


 ロージーが上ずった甲高い声を上げ、崩れ落ちるようにその場に跪いた。その可憐な唇に、笑みが広がる。長年の彼女の夢が正に叶った瞬間なのかも知れない。

 続けてドートレック侯爵が第二王子の正面にたち、声を上げた。


「シェファン殿下。国王代理として、どうぞご指示下さい」


 すると軍務大臣が後に続いた。


「国王代理、我がティーガロ王国軍は皆殿下のしもべにございます」


 その場にいた皆が片膝をおり、国王代理に礼を取る。

 ふと視線を前方に戻すと、王妃も膝を折っていた。

 ノランも皆に倣ってはいたが、その表情からは何の感情もうかがえなかった。



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