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仔羊は立ち上がる

長いので二分割しました。本日投稿分 二分の二 です。

 私はノランに告げられた事実に圧倒され、そして身震いをした。王子に生まれるというのはなんて大変なのだろう。

 何不自由ない特権階級に居座るどころか、こんなにも身近な人からの暗殺も常に隣り合わせらしい。胡座をかく間もない。


「あの夜、アーロンの心からの悩みを私は取り合わなかった。挙句に半ば弟を怒る形で、母上にも相談するよう、説得をした。手紙を奪い、結果的に弟を急がせ暗殺者に絶好の機会を提供してしまった私には、逃れられない責任がある」


 第五王子亡き後、破談になった二人の縁談の代わりに、ノランとセベスタの王女の縁談が水面下で進められたという。

 だがノランにとって、第五王子の恋人との結婚など、到底できるものではなかった。そしてこれが私を巻き込んだ一目惚れ結婚へと至る顛末だった。

 ぐるぐると思考していると、リカルドが口を挟んだ。


「我々は秘密裏にジャン・ドートレック邸を嗅ぎ回り、財政大臣の死について調査を続けていたのです」


 リカルドの説明によれば、ノランとリカルドは財政大臣の死に関わっている可能性が高い人物を既に把握しているのだという。

 ダール島に来て以来、時間を見つけてはその人物の居所をさがしていたが、いまだ探し出せていないのだという。

 無鉄砲にドートレック侯爵を問い詰めようとすれば、返り討ちにあう。


「第二兄上が王位につくのは、私の本意ではないし、適切ではない。それに何より、私は真相を知りたかった」


 ノランは、反撃をする機会をうかがっていたのだ。

 言い終えると彼は私に視線を移した。そして首を素早く左右に振ってからため息をつき、私を見つめた。


「私は貴方との生活の中で、この怒りを忘れてしまいそうで怖かった。私は、弟のために犯人を突き止めなければならないからだ」


 怒りはその原動力だったのだろう。

 でも私には、この手紙はノランにとって、彼の未来を縛る(くびき)にも思える。

 ノランは私の目を捉えたまま続けた。


「貴方は……あまりに可愛らしくて、この怒りを忘れてしまいそうだった」


 ーー私が、可愛らしい?


 本当にそんな風に思ってくれていたのだろうか?


「自分の頭の中が貴方で満たされていくのを、日々感じていた。自分の罪を忘却してしまうほどに。ーーだからこそ私は貴方との子を今は持ちたくなかった。だがそれが貴方を苦しめていた」

「ノラン様……」

「本心を言えば、貴方を一番に大切にしたい。私は、貴方と穏やかな家庭を築きたい」


 ノランの手が私の後頭部に触れ、彼は私の額に口付けた。


「貴方は、知っているべきだ。ーー貴方は、とても魅力的だと……」

「ノラン、さま……」


 私が台所で質問しかけた、惨めな問いに彼は今答えてくれていた。

 彼が出生とその後の努力によって手に入れたものの大半は、弟の為に捨てたのだ。

 弟の無念を晴らす最たる手段は犯人を捕まえることだろう。


「私は、自分の罪を償わねばならない」

「ノラン様……」


 ノランの悲痛な気持ちを理解できると思いつつも、釈然としない部分に私は敢えて照準を当てた。


「違う、ーーそうじゃありません……!」


 ノランはそこを間違っている。

 私は立ち上がって、両こぶしを握りしめた。


「悪いのはドートレック侯爵と、あとハッキリ言って王妃様じゃないですか! ノラン様は悪くないのに、なぜ貴方ばかりが貧乏くじを引いちゃって、貧乏伯爵になってるんですか」


 リカルドまでもぎょっと目を見開いて私を見ている。率直な感想を言い過ぎて驚かせたのだろう。

 だがここで止めるつもりはなかった。


「世間はノラン様を……お騒がせ王子などと呼んでいます。弟の葬儀で倒れるし、一目惚れした居候娘と無理やり結婚した、ワガママな王子です!」


 ノランは黙って私が言う酷いことを聞いていた。


「そんなんで良いんですか?! これは名誉の問題でもあるはずです。悪いのは暗殺者であって、貴方ではないはずです。王子様の名誉と私みたいな居候娘なんかを、天秤にかけちゃダメです」

「居候娘ではない。貴方は私の妻だ」


 予想しなかった返事に、驚きのあまり咄嗟に感激してしまう。

 思えば私の人生の中でこんな風に、わたしを必要としてくれる人が、今までいただろうか。

 私は常に誰かの邪魔な存在でしかなかったのに。私は大きな声で、もう一度大切な点を明確にさせた。


「ノラン様、貴方はなんにも悪くありません! 貴方のせいではありません」

「リーズ……」

「悪がのさばり、駆逐された側が小さくなって口を(つぐ)むしかないなんて、おかしいです。私も今、ロージーと彼女の父親にとても腹を立ててます」


 ロージーは関係ないかもしれないが。


「なんでしたら私も捜索のお手伝いをします。妻ですから。そうですね、例えば……使用人のフリをして侯爵邸に忍び込むとか……」

「何を言い出すんだ。とんでもない」


 ノランはまるで私を初めて見るような、驚きに満ちた目を向けた。

 ゆらり、とランプの炎が揺れて地下の暗さが増す。蝋燭を見れば、もうかなり短くなってきていた。

 私たち三人の視線が絡まった。

 ノランは視線を外してから目を閉じると、時間をかけて深い溜め息をついた。まるで全てを吐き出したような、長い時間をかけて。

 リカルドがいつもの軽薄な笑みを浮かべて、提案した。


「ランプが間も無く消えますよ。上がりましょう。四つん這いで上には上がりたくありません」




 私の手のひらの傷に、ノランが丁寧に包帯を巻いていく。

 寝起きを起こされるなり、救急箱を持って来いと命じられたマルコはパニックになり、大きな身体で救急箱を抱えたまま、無意味に足踏みしていた。

 リカルドは居間のソファに座る私の隣に跪き、繰り返し頭を下げていた。


「リカルド、もういいって!」

「申し訳ありません! 私がすぐに剣を引いていれば……」


 苦笑する私の隣に座るノランが、巻き終わった包帯を救急箱にしまい、マルコが大事な使命だとでも言うように、きっちりと蓋をする。

 ノランはマルコとリカルドを見た。

 

「それを片付けてきてくれるか? 終わったらもう休め」

「ですが……」

「少しリーズと二人になりたい」


 ノランがそう言うと、二人は救急箱を腕に抱えたまま、無言で頭を下げた。


 リカルドたちが居間を出ていくと、ノランは私の手を両手で支えたまま、手のひらを見つめて呟いた。


「跡が残らないと良いが」

「手のひらなんて元々シワだらけだから、大丈夫ですよ」


 私が笑って答えると、ノランは私の手から手首に手を滑らせた。私は手首を優しく掴まれると、少し彼の方へ引かれた。

 顔を上げると、ノランの水色の瞳と思わぬ近さで目が合う。


「ノラン様。あの、……ごめんなさい。本当はあの手紙とあのお話は、私にはしたくなかったですよね?」


 母親の不名誉な話など、ノランは隠しておきたかったに違いない。


「秘密を暴いたりしてごめんなさい。私が納屋の地下に行くのを、あんなに嫌がられていたのに」


 ノランはその水色の瞳をそっと一度閉じ、ややあってから再び開いた。


「貴方は知る資格かあった。ーーそれにこの苦しみや後悔と、秘密を分かち合ってくれた」

「……私はノラン様の妻ですから」

「……弟の墓の前で倒れたという王子に急に求婚されて、貴方は なんと思った?」


 私は目を瞬いた。

 それは、私に縁談が舞い込んだ時の事を聞いているのだろうか?


「それは、……その時はとても驚きました」


 ノランは片手を私の頭に回し、自身の頭と私の頭を近づけた。水色の綺麗な目を伏せると、少し硬い声で囁くように言った。


「貴方がーー私との縁談をどう感じたのかが、今になって気になって仕方がない」

 

 さっき地下室で余計なことを口走りすぎただろうか。ノランを傷つけてしまったかも知れない。


「私には王子様なんて、雲の上の存在でしたから、驚いたんです」

「貴方は想像以上に逞しくて、驚いた」


 逞しい?

 私が?

 そうノランが感じていることの方が、私には驚きだ。


「テーディ子爵は王宮でよく貴方の話をしていた。私はそれを聞いていつも勝手に心の中で貴方の姿を思い描いていた。ーー本ばかり読む、か弱い女性を」


 そう言った後でノランは軽く笑った。


「だが貴方は私に大人しく守られるような女性ではなかったなーーまさか森のベリーを、そのまま口に放り込むとは思わなかった」


 あの時のことか、と笑ってしまった。するとノランは私のこめかみにキスをした。

 どきんと心臓がはねる。


「教えてくれないか? 今更ながら貴方が私をどう思っているのかが、気になって仕方がないのだ」

「ノラン様は、実は強くてお優しい方です」

「……実は?」


 ノランが至近距離から覗き込んで来て、私の言葉尻を探ろうとする。それを曖昧に微笑んで誤魔化す。

 私の中でも、ノランの印象は途中からかなり変わっていったのだ。

 私は水色の瞳から逃げるように目を逸らした後で、また直ぐにノランを下から見上げる。

 そして勇気をかき集めて聞いてみた。


「ノラン様は、私をどう思っていますか?」


 子爵邸に初めて来た時のノランを思い出す、彼は迷わず妹のレティシアの手を取った。


「ノラン様はレティシアが私だと思っていたでしょう?」

「正直に話そう。その通りだ」

「そっちじゃなくてがっかりしませんでしたか?」

「実のところ、少し焦った。どちらもテーディ子爵家から貰った絵にそっくりというわけではなかったからだ」

「じゃあどうして、……レティシアの手を取ったんです?」


 私はノランを見上げて尋ねた。彼は暫時思い出すように水色の目を動かした。


「貰った絵と同じ色のドレスを彼女が着ていたから、かな」


 私はおかしくなって笑い出した。仰け反って笑い、ソファーに手をついて、手のひらの痛みを思い出して慌てて手を引っ込める。

 ノランは不思議そうに口を開いた。


「そんなにおかしいか?」

「ノラン様って、少し抜けているところがありますね!」

「そうだろうか……」


 なおも私が笑っていると、ノランは少し挑むような顔つきをした。


「そんなに笑うな」






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