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実感のない結婚

 その後、私には一切の相談もなく、話は義理の兄と相手方の間でどんどん進み、私はそれから三ヶ月後には、体良く屋敷を追い払われる事になった。

 つまり、私は結婚相手である、第四王子の屋敷に行かなければならなくなったのだ。





 私は義兄と義姉に指示されるまま、半ば無理やり荷造りをさせられ、子爵家を出る日を告げられた。

 本当はみんなに騙されていて、どこかに売り飛ばされるんじゃないだろうかーー自分の結婚が信じられず、そんな疑いすら持った。



 そしてついに何の実感もわかないままに、その日を迎えた。

 この日の為に、義兄が作らせた美しいドレスを着て、私は玄関に行った。義兄は私のドレス姿を見て、ふむと満足気に軽く頷いた。


「素晴らしい。馬子にも衣装、だな!」

「んまぁ、あなたったら! リーズを褒めすぎよぉ」


 私を屋敷から追放出来るのがよほど嬉しかったのか、兄嫁は朝から異常に嬉々としていた。感慨深げに私の顔を見て、言った。


「結婚の儀が終わったら、王子様のお屋敷に行ってしまって、もう二度と会えないのねぇ。ああ、悲しいわぁ」


 そう嘆く義姉はちっとも寂しそうではなく、寧ろ笑っていた。

 その横で、妹のレティシアが大きな緑色の目に涙を溜めて、私を見つめていた。


「お姉様。本当に行ってしまわれるの?」


 私は義兄に付き添ってもらい、中央教会で結婚の儀を行う事になっていた。

 中央教会は王室御用達の教会だ。

 どんなに家柄が良い貴族どうしの結婚であっても、そこで結婚の儀を挙げることはできない。

 そんなところに自分が行って良いのか。

 想像するだけで足が震える。

 そして、結婚の儀の後は私と王子の二人は王子の領地にある屋敷にそのまま移る事になっていた。


「……レティシア。泣かないで。」


 蜂蜜色のフワフワとした髪に、愛らしい澄んだ緑色の大きな瞳の妹。そんな彼女がいじらしく涙を見せると、こちらまで胸が苦しくなってしまう。

 レティシアはもう十四歳だったが、私にはいつまでもかわいくて幼い、小さな妹の様に思えた。

 レティシアは声を震わせて言った。


「お姉様がいなくなってしまうなんて、寂しい!」

「そんな風に言わないの。……私なんかには、夢みたいな、素晴らしい縁談だもの」


 そうだろうか……?

 相手の身分にも、評判にも首を傾げざるを得ない部分は確かにあった。

 そもそも第四王子がどんな人間なのか、全く分からない。見染められた覚えもない。

 私はぶるぶると頭を左右に振った。


 ーー大丈夫。きっと伯爵様は良い方だ。私たちはうまくやっていける。


 そう信じなければ、怖くてとてもやっていけない。もう、彼を信じるしかないのだ。

 私は怯えて逃げ出したくなる自分に、どうにか鞭打った。

 それについにこの屋敷から出ていけるのだ。

 これでやっと、居候だとか、お荷物娘、エセ子爵令嬢だなどと呼ばれながら小さくなって暮らさずに済む。

 そう、だからこの結婚は自分にとって、喜ばしいものなのだ、と私は自分に何度も言い聞かせた。

 自分で自分を納得ささせる為に。

 ……レティシアと離れ離れになるのは、寂しいけれど。

 レティシアと二人で、屋敷の玄関前でギュッと抱き合い、別れを告げた。


 義兄と同じ馬車に乗るのは、数年ぶりだった。

 特に話すこともなく、お互いに本を読んで車内の気まずい時間をやり過ごした。私は本を一定の間隔でめくってはいたが、内容は全く頭の中に入ってこなかった。

 あまりに緊張をしていたのだ。

 全然まだ実感出来ないけれど、ついに私は結婚するのだ。

 そして私の夫となる男性と、これから教会で会うのだ。


 中央教会に着くと、私はレースのベールを頭から被らされた。中央教会の周りには、既にたくさんの人々が集まっていた。私たちの結婚は身内だけで秘密裏に進められていたが、どこから聞きつけたのか、野次馬たちが既に大勢集まっていた。

 この日のために駆り出されたらしき兵たちが、野次馬を懸命に整理している。

 なんだか色々申し訳ないし、とにかく肩身がせまい。

 こんな取るに足らない私のために、色んな人が巻き込まれて大ごとになっている。それがただ、恐ろしい。


 馬車を降りた私に観衆から注がれたのは、あからさまな好奇の眼差し。

 間違っても祝いの視線ではない。

 興味しんしんといった風情の、皿のように丸くなった目が私に向けられている。

 皆、王子を一目惚れされた女性がどれほど美しいのか、と期待に満ちた様子で私を見ているのだろう。


 ーーベールを被っていて、本当に良かった。


 この日初めて会う観衆たちを横目に捉えながら、義兄と共に、いそいそと中央教会の中に入って行く。この中には、新郎新婦とその付添い人しか、入れない。


 薄暗く、静謐な空気が漂う巨大で壮麗な中央教会の奥には、木製の大きな祭壇があった。

 その祭壇の前には、神父がこちらを向いて立っており、彼の前には膝をついた状態でこちらに背を向ける男性がひとりいた。


 ーー伯爵様だ。


 伯爵に会うのは、彼がテーディ邸に来て以来だった。

 緊張で呼吸が速くなり、顔の前に垂れるベールが揺れるのではないかと、更に心配になる。

 伯爵は私が義兄に手を引かれて歩いて行く間、一度も私の方を振り返らなかった。私は彼の隣に並び、同じく神父に対して膝をついたが、教会の中が薄暗い上にベールを被っているので、伯爵の顔はよく見えない。

 また隣にいる彼の顔をジロジロ見るわけにもいかず、私はひたすら前に立つ神父を見つめた。

 神父が私と伯爵を向かい合わせ、私たちの左手を取り、白い木の台の上に置かれた小さな真紅のクッションに、二人の手を乗せた。

 私たちの手が必然的に重ねられ、伯爵の手の暖かさに心臓が跳ねた。

 神父は私たちの手に、長く白いレースをぐるぐると巻きつけていく。繊細に編まれたレースはとても柔らかく、くすぐったい。

 その間、私の上に重ねられていた伯爵の手が、そっと私の手の甲を握った。私は恥ずかし過ぎて、ずっと目線を上げられずにいた。

 神父は最後にレースの端を固く縛ると、レースごと私たちの手を持ち上げ、神に私たちの婚姻を宣言した。


 こうして結婚の儀が終わると、私たちは中央教会を後にした。

 普通はこの後、参列者とどんちゃん騒ぎになるのだろうが、国王の命令により、私たちはそれを控えていた。

 騒ぎになるのを防ぐ為に簡略化したはずだったが、教会の外は十分騒ぎになっていた。

 私の付き添い人は義兄だけだったし、王子の方も彼の叔父のギース侯だけであった。

 両端にいた彼らは、観衆に揉みくちゃにされながら、外に出た。

 私はベールで顔を必死で隠して、小走りで馬車まで駆けた。


 大変な人と結婚してしまったのだろうか。

 この期に及んでもなお、私は自分の結婚が怖かった。今更私にはどうしようもないのに。というより、結婚に際してそもそも誰も初めから私の意思など聞いていないのだ。


 馬車に乗り込んだ私と伯爵を、義兄は窓の外から見送った。

 義兄は心晴天、といった晴れ晴れとした顔で私たちにハンカチを振っていた。喜びすぎて爪先立ちになっている。

 私を厄介払いできた事が、よほど嬉しいのだろう。

 布張りの座席に腰を落ち着けると、ようやくわたしは顔を覆っていたベールを外し、溜め息をついた。

 視線を上げると必然的に、真向かいにいる伯爵と目が合った。

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