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そして、殿下は語り始める

 昼食が済むと、私たちを乗せた馬車は一路、ダール島へと走り続けた。

 味の方はアレだったが、しっかりと満たされたお腹に満足し、私は座席にクッションを敷いてそこにもたれながら、身体を休めた。

 一方のノランは相変わらずスラリと綺麗に背筋を伸ばし、車窓に目をやっている。腕だけは肘掛にやや無造作に投げ出されていた。


 ノランは幾度もため息をついていた。

 馬車が王都から離れて行くにつれ、どこかその表情は少しずつ暗くなっていった。


 ーーどうしたんだろう。


 座席にゴロリと横になりながら、チラチラと私はノランの様子をうかかった。

 しばらくしてから私はノランに話しかけた。王宮で話が途中になっていた話題だ。


「ーー王妃様は、ノラン様のダール島での生活を色々とご心配されてましたね」


 ノランは流れ行く車窓から目を離して答えた。


「そうなのだろうか。……私は正直なところ、母上が本当に私にご関心があるのか自信がない」

「……と言いますと……?」

「母上はああいった方なのだ。昔から。子どもの頃から、第五王子のアーロンだけは取り分け可愛がられていたが」


 そんな……。

 確かに、王妃はあまり感情を表に出すような人には見えなかったが。

 私が初めて会った王妃は、話していても表情が乏しく、心の動きが全く読めなかった。

 でも自分の息子たちの内、誰か一人だけを愛することがあるのだろうか。

 あのテーディ家で育った私がいうのもどうかと思うけれど。

 もしかしてノランもあまり母親の愛を感じられずに育ったのかもしれない。そう思うと今更ながら、その点はノランに対して妙な親近感が湧いてきた。

 ノランはその水色の瞳を静かに上げると、私と目を合わせた。


「残念ながら王家の者たちの仲はかなり微妙だ。特に王位を争ってる兄達どうしなどは、決して仲が良いとは言えない。二人は常に互いと一定の距離を取っている」


 私は身をもたれさせていたクッションから、そっと起き上がった。


「そういえば夜会でも第一王子様と第二王子様のお二人は、ほとんどお話しされていませんでした」

「そうだな。そうだろう。それが一体いつからなのか、既に私も覚えていないが」


揺れる車内で、私とノランは僅かな時間、無言で見つめあっていた。ノランは真っ直ぐに私を捉えたまま言葉を続けた。


「良い関係とは思えない家族だったが、私にとって第五王子のアーロンだけは別格の存在たった。アーロンと私は、多分正反対の性格をしていたからこそ、仲が良かった……」


 第五王子はどんな王子だったのたろう。私は胸に去来した思いを何気なく漏らした。


「アーロン殿下に私もお会いしてみたかったです」


 するとノランは朧げに笑み返してくれた後、呆気なく真顔に戻り、私から目を逸らした。

 なぜだろう。その表情は漠然と引きつって見える。

 窓の外を眺めだしたノランは、その後まるで私の方をみない。

 その代わり窓の外に見える、次々と後ろへ飛び去っていく道沿いの木々にひたと顔を向けていた。

 その横顔はひたすら綺麗だった。

 私たちはまだまだぎこちないけれど、それでもようやくほんの少し見慣れたノランの顔。ーー私の夫の顔だ。見慣れたと思える事に、少し安心する。

 だが澄んだ湖のような瞳は、遠くを見つめたままだった。


 ーー何を考えているのだろう?


 やがて馬車が休憩のために停車した。

 ドスン、と地面が揺れる音がして、御者をしていたマルコが御者席から降りたのだと分かる。続けて伸びか何かをしているみたいな、マルコの咆哮が響く。

 身の危険でも察知したのか、辺りの木立の枝の先から小鳥たちが飛び立って散り散りに飛んで行った。


「奥様、お手を」


 馬車の扉を外から開けたリカルドが、私に丁寧な仕草で手を差し出した。

 リカルドの手を借りて馬車を降りる。

 馬車の外ではマルコが車体を道の端に寄せ、車輪や車体を念入りにチェックし始めていた。

 私はしばらくやることがないので、辺りをぶらつくことにした。

 長閑な田園地帯が広がり、少し先の方に小川が流れているのが見える。小川の先の方には、 橋が架かっているようだ。

 小さな石を組み合わせた小ぶりのその橋は、小川の上を半円型に渡す形状をしていて、手すりもない簡素なものだったが、草がびっしりと石と石の隙間に生えていて、どことなく風情があった。人工物であることを忘却させるほどに自然の景色と融合している。

 ゆっくりと橋まで歩いて行き、草に覆われたその上を渡る。

 橋の中ほどまで来て辺りを見渡すと、小川が曲がりくねった先に小さな村の家並みが見える。ウロコのような壁を持つ赤茶けた石の建物が、小川に沿ってたっている。

 辺りを見渡すとノランも私の近くまで歩いて来ていたので、私は彼にもここからの眺めを見て欲しくて話しかけた。


「ノラン様、可愛い村が見えますよ。こっちに来て下さい」


 私が声を掛けると、ノランは橋の表面を革靴の裏で幾度か小突いた。どうやら橋の強度が気になるらしい。


「大丈夫ですよ! ほら」


 その場でぴょんと一つ跳ねて見せると、ノランはさっと手をこちらに伸ばした。


「危ない。いつ作った橋かなど、わかったものじゃない」


 そう言いつつもノランは慎重に橋の真ん中まで進んできて、そこから村の方角を見てくれた。

 二人で並んで橋の上に立つのは、なかなか、素敵だった。

 橋の下を流れる小川のせせらぎが、心を静かにさせる。

 自然って良いものだ。

 私は同意を求めるようにノランに言った。


「ここの自然も素敵ですけど、やっぱりダール島が一番ですね」

「ダール島は気に入ったか?」

「はい! 住めば都と言いますけど。その通りですね

 。ダール島は素敵な所だし、皆さん良い人だし……」


 乗って来た馬車の方角を見ると、マルコは屈んでまだ何やら作業をしているようだった。

 リカルドの姿は見当たらない。

 馬車から視線を外すと私は今更のように慌てて付け足した。


「あ、もちろんノラン様も含めて、と言う意味ですよ!」


 中途半端な笑みを浮かべる私の横で、ノランは徹底して表情を動かさなかった。

 しばらく黙った後で、ノランは口を開いた。


「……私は貴方が思ってくれているような人間ではない」


 ノランはそう呟くと、橋の真ん中から小川の方向を向き、水色の瞳を宙に投げた。

 私はノランが何を言いたいのか分からず、彼の顔を注視しながら隣に立って続きを待った。

 サラサラと小川の水が流れる音と、近くの木立に止まっているのであろう、鳥のさえずりが時折聞こえる。

 ノランは平板な声で言った。


「去年、私の弟がーーアーロンが何者かに襲撃されて亡くなったのを貴方も知っているだろう」

「はい。知っています」


 即座に頷いた。

 アーロンと言う名の第五王子様はノランより一歳年下だった。彼は昨年、当時大人気だった歌劇を観に行った帰り道に、何者かに襲撃されて命を落とした。まだ十九歳の若い王子だった。あの時は王都が大変な騒ぎになったから、まだ記憶に新しい。

 怪しい浮浪者から、近くにいた窃盗集団、名うての殺し屋まで様々な者たちが捕らえられ、そして嫌疑不十分として釈放されていった。

 犯人はついに特定されなかったのである。


 しかしなぜその話題が今登場するのか、私は心の中で首をかしげる。そして微かに緊張をする。

 前方に視線を投げたまま、ノランは言った。


「私が、殺したのだ」

「えっ? はい?」


 ーーなに? 何を言ってるんだろう、ノランは。


 困惑して顔を覗き込む私の方を一切見ることなく、彼は続けた。


「私が、弟のアーロンを殺したのだ」

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