あべこべ魔王。第二の人生
オープニング部です。試しに短編で書いてみました。
目の前に見えるのは仁王立ちした魔王。
周りに倒れるのは仲間たち。
勇者であるテルは、今、壁際に座り込んでいた。魔王が近づいてくるが、立つ気力もない。もちろん剣を振るうなんてできない。
圧倒的な力だった。
事前に対策していたのだろうか? 回復役の女僧侶、遠景攻撃をする女魔法使いを優先的に戦闘不能にした魔王は、次に仲間たちを守らなければいけない男騎士を軽く突き飛ばす。そして、次に俺がターゲットなり、そして、剣を振るう間もなく闇の波動で吹き飛ばされた。
気づいたときには背中に激痛が走り、地面に倒れた。
魔王の凶悪な姿がじょじょに大きくなる。黒マントをひるがえしながら、黒の鎧を身にまとっていた。銀の髪を突き抜ける立派な角は、頭の左右から生えていた。魔族の証である角も黒で、大きく、曲がっている。
残された道は二つ。
殺されるか、アレを使うかだ。
秘策。秘密アイテム。最後の砦。
できれば使いたくなかった。
このアイテムを使った場合、この後の人生に深く影響を及ぼしてしまうだろう。
でもやるしかない。殺されるよりはマシだ。
魔王の足が止まった。見下ろし、勝ちを確信しているのか、ニヤリと不気味に笑う。白い肌、赤い目をしているこの化物は、見ただけで恐ろしいとわかる。
「終わりだな。勇者。残念だ」
「……」
「これほどまでに弱いとは。がっかりだ」
言いたいことを言ってくれる。
テルは後ろのポケットに入っている、アレを取り出した。丸い、ビー玉のような大きさのそれは、この後の展開を左右させる。
「魔法は使わず、この手で殺してやろう」
魔王は勇者の襟元をつかみ上げると、そのまま持ち上げた。体が宙を浮く。魔王は右手を手刀のように指をそろえ、腹を狙った。
「さらばだ勇者」
「さらばだ魔王」
テルはポケットから宝珠を取り出し、それを魔王の目の前に出した。起動ワードはすでに言っている。『さらばだ魔王』。
宝珠は光を放つ。まばゆいばかりの光が部屋を覆った。なにも見えない。なにが起きているのかわからない。
しばらくして宝珠からの光はおさまった。元の薄暗さが魔王の部屋に戻る。
一見なにも変わっていなかった。
仲間たちは倒れ、気絶している。勇者は襟元をつかまれ、魔王に体を持ち上げられている。しかし、様子が変だった。
「バ、バカな……」
勇者は言った。
魔王はニヤリとほくそ笑む。
「こ、こんなことが……あってたまるか」
「あるんだよな。こんなことが」
魔王は続ける。
「どうした? さっきの威勢のいい言葉の続きを聞かせてくれないのか? えっと、これほどまでに弱いとは。がっかりだ。さらばだ勇者、だっけ?」
「き、貴様……」
そうだ。
これは逆転のアイテム。
魔王と勇者の逆転。
今、魔王は勇者テルであり、勇者テルは魔王になっていた。
「き、貴様! 我の体を返せ!」
「残念。このアイテムはな。使ったら最後、元に戻れないんだ」
「正気か!?」
「ああ。お前に殺されるよりマシだからな。さて……。そろそろ終わりにしようか。魔王」
「や、やめろっ! やめろーーーーーーーーーーーーーーー!」
ズドンッ!
勇者の腹は魔王の手によって貫かれた。
血が飛び散り、魔王カイザーである勇者の顔は顔面蒼白。力なく首を垂れた。
手を引き抜くと、勇者は床に崩れた。
魔王は目をそらす。
そこに倒れているのは、心は魔王だが体は確かに自分だった。自分が死んでいる様を見るのは気分がよくない。
あっけない。
反則だろ。このアイテム。
魔王、いや、テルは仲間たちを起こした。最初は驚かれた。というか、信じてもらえなかった。
「魔王が演技してるのだろう!?」
男騎士はそう言って剣を握りしめる。しかし、女僧侶シーラがテルであることを確かめるため、いくつか質問した。彼女はテルと恋人同士で仲が良い。
腰まで届く長い金の髪からフワッといい香りがしてくる。タレ目で優しげな印象を与える心優しい女の子だった。
初めて会ったときは? この前の誕生日プレゼントは何をくれた? といった質問を的確に答えると、彼女は間違いなくテルだと言ってくれた。
そこで男騎士も剣を鞘に収めた。
こうして魔王は死に、魔王の体は生き残ったまま、一行は魔王城を後にした。
城に戻り、王に報告。そして祝賀パレード。
本当ならそういった流れで人々に感謝され、歓喜の輪の中心にいるはずだった。
しかしそれは無理だ。
テルは魔王の体をしていたからだ。こんな状態で表に出るわけにいかない。説明しても信じる人はいないだろう。
歓喜の輪にいるのは仲間たちで、勇者は死んだことにされた。仲間たちが感謝されているとき、テルはその場にいなかった。都市の地下、下水が流れる臭い場所で一人、布にくるまっていた。
誰もいない。ネズミがうろつくところで一人、座っていた。
しばらくしたら会いに行く。
シーラにはそう伝えていた。
行動時間は深夜に限られる。顔を布で覆っていても、角が邪魔で、全てを覆いきれない。だから魔族だとバレてしまう。折ろうとしたが激痛が走り、それも無理だった。
シーラ……。
彼女だけが救いだった。もう数日、誰とも話をしていない。ろくな物を食べていない。魔王を倒したのに、誰にも感謝されない。
鬱憤が溜まっていたが我慢した。もう少ししたらシーラに会える。
どこかのどかな場所で二人一緒に暮らそう。
魔王を倒す前の日、そんな約束をした。彼女は頬を赤くして恥ずかしがりながらうなづいてくれた。
テルは不安だった。
こんな体になってしまっても大丈夫だろうか。彼女は受け入れてくれるのだろうか。
いや、きっと大丈夫だ。俺を魔王じゃなくテルだと信じてくれたのは彼女だ。
シーラ。今、会いに行くよ。
テルは地下から階段を上がり、地上から顔をのぞかせた。
深夜。誰もいない時間だ。
シーラは都市の北区に住んでいた。貴族のお嬢様で、屋敷に住んでいる。
門をくぐり、敷地内に入った。まだ室内の灯りはついている。玄関から入るのは無理だ。うっかりシーラ以外の人が出てきた場合、騒ぎになる。彼女と父、それにメイドも一緒に住んでいたはずだ。
テラは壁を上がり、屋根を伝ってベランダに下りた。カーテンで中が見えないが、灯りが灯っている。彼女はこの部屋にいるはずだった。窓に鍵はかかっていない。少し開いて、誰かいないか耳をすませた。
「いいじゃないか。な?」
「でも……」
この声は男騎士か? それとシーラの声だ。
「もうあいつは死んだことになってる。それにあいつの体は魔王だ」
「確かにそうだけど、彼は生きているわ」
俺の話をしていることはわかったが、不穏な空気が流れた。
「死んだんだよ、あいつは。だからあいつのことは忘れるべきだ。それが君のためなんだ」
「忘れることなんて……できないわ」
「じゃあ俺が忘れさせてやる」
「や、やめて」
男騎士が、シーラを襲おうとしている。
テラは窓を勢いよく開け、カーテンを脇に追いやり、二人に姿を見せた。
「キャアッ!」
シーラの悲鳴。そして、男騎士が彼女の肩に手を触れている。鎧をきておらず、長袖長ズボンのラフな格好をしていた。彼女は白のローブに身を包んでいる。
怒りがこみ上げてきて、男騎士に詰め寄った。
「なにをしているんだ、お前は!」
「お、お前……い、いつの間に……」
男騎士の額から汗が流れる。
「俺は死んだことになってるから、忘れろ? どういうことだ? 説明しろ!」
彼は貝のように口を閉ざした。旅の途中で見せた勇ましい姿はそこになく、まるでコソドロのような奴に見えた。
そのとき、傍のドアが突然開く。
「大丈夫か!? シーラ!」
白髪のおじさんだ。黒の高級そうな服を着こなす姿は紳士のようだった。一度だけ会ったことがある。シーラの父だ。
「貴様! 魔族か!」
「あ、はい! 急に魔族が! お嬢様は俺が守っていたところです!」
男騎士はとんでもない嘘を言い放った。
守っていた? ふざけるな!
俺がいないことをいいことに横取りしようとして、襲おうとしたのはお前だろうが!
「魔族だ! 誰か助けてくれ!」
シーラの父は大声を出した。
ここにいたら衛兵がやってくる。そして俺はジ・エンド。
「シーラ。一緒に行こう」
手を差し出した。握ってくれると確信していた。しかし――。
彼女は表情を固めたまま、動かなかった。正面にいた男騎士を放り投げ、壁に激突させる。
「どうした? シーラ? なんで……」
差し出す手は握られない。
どうしてだ? なぜだ?
一緒に、一緒に暮らそうって約束したじゃないか?
あれは嘘だったのか? シーラ。なあ……。
一歩進み、彼女は後ろに下がった。壁際まで詰め寄る。彼女は目を点にして口を開けたまま、怯えているように見えた。
なんでだよ! 俺は魔王を倒したんだぞ! 俺が倒さなかったら、君や仲間たちが殺され、人々が苦しみ続けていたんだ。それをさせたくなかったから、俺は……俺は!
「シ……」
「魔族だ! お嬢様から離れろ!」
ドアから鎧を着た衛兵が飛び込んできた。複数人が槍を持ち、じりじりと近づいてくる。怒りを爆発させたかった。この理不尽な仕打ちをなんでもいい。誰でもいいからぶつけて晴らしたかった。
「ダークブレイク!」
闇の球体が渦巻き、すぐに破裂した。衛兵たちは吹き飛ばされ、壁に激突。そのまま動かなくなった。
「はあ……はあ……」
シーラの手首を強引に握った。そのまま連れ出そうとするが、彼女は小さく声を出す。
「やめ……て……」
それを聞いたとき、プツンと何かが切れた。
熱が冷めたと言ってもいい。
テルは手首から手を離し、ベランダに出た。そのまま、闇夜に向かって姿を消した。