目は意外とモノを見ていない
かつてセザンヌは言いました。
【すべて自然は円筒、球、円錐によって扱わねばならない】
これは非常に理にかなった言葉です。
全てのものをこれらの組み合わせとして捉えれば、表面にある情報に惑わされずに済みます。
例えば服を描くとき、中にしっかりと体が入っていることが重要です。シワの形等はそれに比べたら些細なこと。でも、意外と中に体があるということは忘れがちです。服がめり込んでいたり、体が欠けていたり。
真っ先に目に付くのはどうしても輪郭と表面にあるシワや素材になってしまいますからね。
必死にシワや輪郭を描くよりも、体の構造を描いて、それに服を乗せるように描いたほうが一般的には質の高い絵になります。ヌードを描いたり、デッサン人形を使うというのはそういうことなのです。写実的な絵を描く場合、目に見えることが正しいのではなく、現実に起こり得る事が、まずは正しいのです。
実は【見たまま描く】と言うよりも、【見えるように描く】ということが重要なのです。
そして空想を描く場合も、写実を覚えておけばやって良いラインといけないラインというのがあることが分かります。しかし、それは非常に高度な問題になってしまうので、まずは基本をということになります。
そこで、『はじめに』で書いた【紙と鉛筆を持ってコップを描いてみてください。何も見ずに】
ということになるのです。コップは円錐と円柱の複合、基本中の基本の形になります。
しかし、意外と多くの人がこれを描けません。
普段いくらでも見ているのにも関わらず、なかなか難しいのです。
よく見てよく考えれば、あ、当然だ。となるのですが。
と、いうことで今回はパース、遠近法の話が中心になります。
但し、よくある三点透視図法とかそういうことではありません。あくまでフリーハンドで描く場合の注意点です。どちらかといえば、透視図法を本当に理解するためにはフリーハンドで描かなければいけない円の方が都合が良い、ということでもあるのかもしれません。
左右対称にするということに意識は行きがちだと思いますが、それはこれから挙げる3つのポイントに比べると意外と些細なものなのです。歪であることよりも、先ずは存在出来ることが重要になるからです。
どうでしょうか。このようになっていませんか?
先ず最初に、円に角をつけていませんか?
円は目線の高さに近づく程線に近づき、目線より下や上に行くほど真円に近づきます。その過程で角がつくことは有り得ません。
それは当然なのですが、コップのように円柱を描くと、円柱の直線に引っ張られて角を作ってしまう人が意外と多いのです。
次に、先ほども書きましたが、円は目線の高さに近づく程線に近づき、目線より下や上に行くほど真円に近づきます。よって、この場合はコップの口の楕円よりも底の楕円の方が真円に近づくはずなのです。
大げさに描けばこんな感じです。
もちろん透視図法に基づいて遠くに行くほど同じ高さに置いても円は線に近づきます。なので、複数描く場合は手前にあるコップよりも奥のコップの方が円は潰れます。そして水平線等は地球が平面であれば目線の高さにできるはずなので、これは絵を描く上でとても大事なことになります。正しい形を描けば、どの位置に目があるのかが分かるのです。
さて、ここまでは意外と普通なのですが、最後は難しいです。いや、理解はするのは簡単なのですが、それを描くのは意外と難しいです。
コップの口の楕円を上下半分に切った時に、手前よりも奥が大きければアウトです。描く時の覚悟としては1mmでも、です。
コップは小さいので奥を小さく描く必要はそこまでないのですが、大きいものを描く場合は多少手前の方が大きくなければなりません。しかし、奥が大きいのはダメです。
遠くのものは小さく見える。これが現実でのルールです。
まあ、技術として逆遠近というものが存在するのですが、それは一先ず置いておきましょう。何も知らずにやってしまう逆遠近と技術としての逆遠近ではまるで意味合いが違ってしまいますから。
さて、今回はこのような感じでした。
どうでしょうか。【見る】ことと【考える】こと。
分かっていても絵を描くとなると意外と両方共意識しないと気づかないものではないでしょうか。
実はこのようなことの組み合わせで絵というものは構成されていたりします。
丁寧に描こうとした結果見えているはずのものが見えなくなってしまったら本末転倒ですから、基本は忘れないということがとても重要です。
実は力を入れた作品よりも力を抜いた作品のほうが良い、なんてことはプロでもよくあることなのです。
そしてこんな基本を守っていけば、意外と線が歪んでいてもちゃんと描きたいものに見えるようになっていきます。
ちょうど良い絵がありました。
線はぐにゃぐにゃですが、ちゃんと見えるでしょうか。
頼まれて三色ボールペンで三分で大学ノートに描いたやつです。
ちょうど教育実習の時でした。
ちなみに、逆遠近を上手く使った例を知りたい方はマンテーニャの『死せるキリスト』を検索してみてください。キリストであること、死んでいること、それらを描くにはキリストのアイコンと化した顔をしっかりと描かなければなりません。そして主であるキリストが死んでいるという悲しみは、当然最初に足ではなく顔や胴体に向きます。その結果、逆遠近は非常に効果的に作用することになります。
現実としては正しくなくても、見た人には衝撃の結果この様に見えることでしょう。
あまり書くといきなり最初で混乱するといけないのでこの辺りにしておきます。
それでは次回は輪郭、形の取り方についての話をします。
消しゴムが見当たらなかったので汚くてすみません。内容は伝わるはずなので必要ない限りはこのままで。ちょうど私が器用じゃないことも分かり易いと思います。
次回は月曜20時を予定しています。