初恋の悪戯
=01=
空は光が堕ち、闇と共に雨の音が激しく、しぶきの音しか聞こえない少女。ただ、血の匂いが楽しかった。彼女の身体は濡れて冷え切ると、思考は戻り現実を振り返る。
罪で汚れた手。
壊れた骸二つ。
取り返しが付かない行為。
状況が悪いのは理解したし、未来への足場は崩れ何もかも戻れない今。
勘は冴え、永劫の消えた音が聞こえた。人生は等の昔に投げさり、期待など捨てた筈だが目に映る舞台の残骸は心に受け入れるには酷烈が過ぎる。意思無き過ちに少女は、私に降りかかる現実は、そんなものかと受け入れつつ涙を流す。罰を受けるか自害するか選択は色々在れど、少し休みたかった。脱力は激しく僅かな休息を求めて、動かない骸から離れる。ふらりふらり歩きながら。
甘えたかった。最後にほんの少しの時間だけで良いので、安らぎが欲しかった。
状況、気持ちの迷子。
迷路の街を彷徨く。ちゃぷりちゃぷり、足跡響いて。
酷く疲れながら何分歩いただろう?後何分自由が許されるのだろう?
=02=
出口は見つかりそうではない。迷いがある時に答えが出る筈がない。もう、ずぶ濡れはゴメンだ。安心を探す。集合住宅家家の窓明りは、どかもかしこも幸せに見えて揺らぎながら光る。
何時も、知らない幸せを眺めて来た。
最後に知っても良いじゃないかと適当に灯りを選び呼び鈴のボタンを押す。
覗き見から漏れる光が暗くなりドアが開く。
「君、危ない子だね。可哀想に…」
的確な言葉が心に突き刺さり未知の感情が生まれた。初の恋心だろうか。この感情だけは誰かに聞かないと少女は理解も出来ないだろうし理由も解らないだろう。初の一目惚れとはそんな処だ。
言葉の主の瞳は旅人の目だった。色々な物を見て来た眼差し。
「風邪を引く、中においで」
優しかった。嬉しかった。でも、下心は許せなかった。優しさと引き換えに肌を求めてくるのが伝わる。
勘鋭き少女は人の心が見え過ぎる。
優しさだけでいいのに。
優しさだけでいいのに。
それ以外は要らないのに。
「――ありがとう」
礼だけは形にし妥当な言葉を選ぶ。言葉の意味とは裏腹に気持など籠って居ない。
扉を閉め玄関に上がる。
「でも不潔。あなたたちは、みんな不潔」
たぶん、初恋の相手であろう人すら特別ではない事が許せなくて沈黙を守り動かなかった感情が暴走。右手に持った剃刀は振り上がり、骸がもう一つ増える。今回は動機在る殺害行為。名も無き少女は機転が優秀すぎる。
既に手は汚れている。罪が更に重なろうが立ち位置が変わる訳では無い。感情の表現、気持ちの表れは狂気だったかが天真爛漫。
『槙島 恭介』死亡。 享年28歳。
=03=
跳ねかえる返り血が暖かく、つい舐めたくなった。
男性の香り。
異性の体験。
命の味見。
台所の蛍光灯の光は、赤、緑、青とプリズムを通したように分解し、視界は一瞬、晴れやか光明で全てが白に消える。旅が終わった見目好男性も白の中に。記憶も経験も祈りも白の中に。
=03.5+∞=
多好感…
目の前が黒から始まり、果てしない荒れた大地が広がる。
紫色の雲、暖かい春風の様な空気、太陽の誕生、惑星の産声。
世の始まりと終わりの連鎖と繰り返し、時の圧縮と解放、空間の果て。
聞こえる神々の慈悲の言葉。
底の無い海、生命の誕生、赤い月、乳児の匂い、焼かれた骨、人々の祈りと願い、舞い上がる雪、深い森の香り、乾いた草原で狩をする獣。
繋がる命、捧げらる命、生まれてきた意味…宇宙の仕組みの理解。
――私が私を選んだ理由。
――私が許されている理由。
――私が貴方と貴女に贈るギフト。
煌めく白が薄くなりし視野は通常状態に戻る。水垢一つ無いシンク。
名も解らぬ人間の形をした肉。空腹を覚える…
長年患った偏食は治った様だ。
=04=
食事の時間が始まる。
遺体を奥の部屋に引きずる。細い腕には過重過ぎて調理の仕度はゆっくり進む。傷痕からあふれる血を啜る。暖かい、喉が満たされる。優雅な香り、胸一杯に広がる愛。
雨で濡れたシャツが気持ち悪い。シャツも下着も脱ぎ去り裸になる。死体の服も脱がしに掛かるが非常に難しかった。結果、剃刀を使う。
作業が進む度に子宮の温度が上がる。
啜るだけでは満足せず皮膚に歯を立てる。堅くて食べにくい…
食べやすいように剃刀を使う。なんて便利な道具だろう。
名もなき至福の殺人者は少女を卒業し女に成った。興奮し股から流れる粘り気のある液体は床まで垂れている。血を啜る度に嬉しい、肉を噛む度に嬉しく子宮は踊る。
始めての異性、男性の肉体。
完全なる恋愛の指揮権の確保と所有、揺るがない上位性。
個室は血の楽園、平穏な最高級のレストラン。
新鮮な素材は自由に扱える。満たされる空腹。
偶然訪れた初恋は実った。少々形は違うが異性の味は覚えたのだ。処女は失わず…