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鮮血は少女を優雅に誘う  作者: 一博,ラン
1/4

初罪の時

――あなたは非常に苦しい日常に耐え乗り越え現在に至って居るのでしょう。

 愛する物が無くなった時。

 意気の消失や疑いと悲しみ。

 持て余す孤独。失望。

 私はあなたに、心の富を、平安を安息を、赤子が眠る様な安堵を与える事を今誓います。


~あなたに幸いあれ~


~あなたに祝福を~


~あなたに光明な命の灯を~





救いと成れ今此処に。

=00=


堪らなく不幸な少女孤独に一人。其の姿、弱弱しく目に力の欠片も無く、曇り空が一面大きく彼女を包む。


青の無い世界

アスファルトの色

コンクリートの色

死の訪れが近い色

墓石の色

煙の色

獣の色

過去の色

叫びの色

嘆きの色

貴方と貴女の色

雲の色、少女の心、音の無い色

私の色

落ち着く色。


=01=


 今から十七年と半年前、世界は彼女を誕生させた。悲しいかな彼女は鏡を直視できない。自身の顔を信用していないし嫌悪感、憎悪が感情を埋める。

 故に伊達眼鏡着用。印象を薄くする為に細いフレームに小さめのレンズ。酷い時には薄ガラスに映る自分を目にするだけでも、胃は震えを初めて嘔吐する。彼女は物事全般に対して以上な程に敏感なのだ。大げさな表現を用いれれば超能力体質。


 鋭い六感。


 破たんしたこの街の、国の、世界の色を彼女は、感じ続けて受け入れ溜めこんでは嘔吐する。

食事は果実や野菜、生肉等成るべく人の手が、人の思いが混入されていない物を栄養とする。徹して手料理とは離れて、接して生きている。思いは伝わり神は宿る。人間が手を入れた物など気持ち良い訳が無い。雲の色は少女の内臓を虐待し続ける。



 美に愛された人は着飾らなくても美しい。其の髪も陶器の様な肌、整えられた顔立ち。

 その宝が必ずしても人生にプラスに働くとは限らない。十七歳の少女、異形な程に顔つきが良い。簡単な言葉では片付かない程、悲しく弱く美しい。

 強さの無い美は迫害、嫉妬の的であるのは世の常。女の敵は女と良く耳にする言葉だ。例えそれが母親でさえも敵に成る。哀れ障害多き少女、一番の安全は孤独と若年ながら悟る。

 髪はどこぞの王国に献上しても問題無い程に綺麗だった為に、其れがいじめの理由と成り短く切って居る。しかし顔の露出面積が広く成り顔つきの良さが更に目立ち、虐めは激しさを増す。しかし、虐めの形態が最終的には存在しない物、無視という形に落ち着いた。

 せめてもの慰めは嵐の様な暴力より沈黙の極寒の方が害が少ない事だった。

 要するに少女は敏感で美しく自身を呪っている。生きる事は飽きて致し、空に望みを託すのにも飽きて居た。


=∞=


 あなたは食べる。あなたは着飾る。あなたは流行りに乗る。あなたは交流する。

あなたは愛されている。あなたは努力する。あなたは勤勉である。

あなたは困窮する。あなたです。あなたです。

 この文字を追い掛けて要る、貴方であり貴女です。

今、呼吸をしている貴方です。

今、胸の鼓動を発し感じている貴女です。

 貴女に罪は在りません。

 貴方は罰します。

 あなたは迷惑です。あなたは心が不潔です。あなたは口当たりの良い物事を愛し続けて居ます。

あなたは役に立つ存在です。あなたは祝福されています。あなたは呪われています。

 あなたは生きて居ます。


 あなたは。

 あなたは。

 あなたは。


 残念ながら、どうしようも無い程、あなたはあなたです。

現実は何処までも現実で積み上がる過去は払拭できず罪騰がる経験はやはり、現実なのです。


 私は今、宣言する。

あなたは、あなたから逃げる事はど不可能だ。例え自ら死を選ぼうとも。貴方と貴女の小さな歴史は変わらない。宇宙が創りし牢獄の檻は絶対に曲がらない。

さあ泣くがよい、さあ苦しみを噛みしめ盲目の魂で誤魔化しながら生きるのだ。

そして求めなさい。神々との和解を。


=02=


 堪らなく不幸な少女孤独に小さな駅前に一人。

 今はまだ彼女の名は明かされ無い。

 今はまだ其の時では無い。秘密は閉じたままの方が美味と相場は決まっている。



 罪が動き始め嘆きの鼓動の音を起てる。

 歯車は噛みだし回転の準備が整う。

 開幕のカーテンにライトが当たり物語は進む。



 駅前のロータリーに静かだけれども力強い振動音が寄ってきた。白い宝石の様な異国の車が停車しハザードランプが点滅する。運転手は上品な笑みと気品を兼ね備えた淑女で聖なる優しさがその場を制圧した。その空気は清き母親の証拠であった。空はまだまだ曇り空で静かに雨の準備をしている。わずかな数だが人々は往来する。空水に各々備え、帰路を急ぐ者。雨具に迷う者、迎えを待つ者、迎える者。慌ただしく街が動くが混乱と言う程では無い。静かで小さな街だ。特殊な状況や環境と言う訳では無く生きて居れば誰しもが経験した事がある、ありふれた日常の風景。まだ名を明かされない少女を除いては至って日常であり珍しくも無い。淑女は愛娘の帰宅姿を待っている。少女の視界には白い宝石、聖母の笑み、無縁な向こう側の風。


 街のノイズの数が多く成る。重厚な電気汽車の音や改札が鳴く電子音。靴が鳴らす石畳みの沈黙の音。ここぞとばかり加勢した街頭のフィラメント。街の温度が一瞬あがり、数分ののちに静けさが落ち着きを取り戻した頃、聖母の心の望み、品行良き愛娘は姿を現した。少女は目を背ける。遠い名も知らぬ他者の幸せは毒となり傷になる。何時もの処世術。ただ、あまりにも眩しかった。顔を横に向け地面を見ても光は強過ぎ心が餓える。この様な状況の時は立ち去るのが一番だ。駅の反対側に暗闇の助けを求め、少女は存在を消した。眩しい母娘に気取られない様に。追記すると祝福された母と娘を汚さない為の少女の配慮。


=03=


 偶然は悪戯に現れる。偶々に、偶々に、ごく自然に春の息吹の如く。鉄の骨組みに天然木で造られたベンチ一脚、其の時ばかり存在感と違和感が強く少女を招く。天然木は、ほぼ腐敗寸前で辛うじて形を留めている。違和感の正体は奇妙な紫の麻布で包まれ、からし色の紐、あげまき結びで縛られた何かがベンチに置かれていた。発する違和感、鎮座の如く栄光と警告が共存し不使用の選択は許さなかった。流石に少女は腕を伸ばし手に取り紐を解く。中身は純金のグリップで出来た、多少大きめで折りたたみ式の剃刀。富富が強く災いの匂いが濃かった。

 見事に緑と赤の宝玉もあしらえている。刃を開くと『エウロパ』とギリシャ語で丁重に打痕彫刻され、相当な代物と解る。

遠く離れた氷の星の名を指すのか古代の女神の名のかは製作者に聞かないと解らない。緻密な手作業が伺える。鑑賞目的の芸術品なのか実用品なのか曖昧だが、きらり光る刃は鋭かった。

 天の聖所から湧き出たのか、悪魔の忘れものか。突飛した一品に少女は魅了に捉り、心神は喪失し意識は透明な宇宙が染み出し思考は言葉を失った。少女は無邪気を思い出し歓喜、舞い上がる幸福で濁った眼は瞳孔が開き煌く。


=04=


 罪の始まりが動き出す。少女の色は、もはや何を代用して表現するのが正解なのだろうか。暗き雲の約一七年間、今日までの織り込まれた非感の色か。先程手にした財宝の色か歓喜の歌か。単純且つ複雑なのは、まだ人間『的』なのだろう。現在まで溜まりに溜まった怨みは吹き出しエウロパは其れに答え力を与える。


 少女は動乱と成り果てた。


 少女は光求め走り出す。弱かった心臓は鼓動が強くなり、目が眩んで前が見えない。見ても何が何かなのか判断が付かない。ただ光を探し、ただ光を追う。従った先には先程の母娘だった。右手には乱反射する刃。狂乱の少女は腕を下から上に振り上げ、一刀で二つの首を刎ねた。


 其の様、舞い奏でる一瞬だけの艶やかな踊りに観え、素敵この上なし。


 目撃者、無し。


 明白な動機、不明。


 死者二名。

『白百合 京子』 享年32歳。

『白百合 曜』  享年11歳。


 曇り空、色濃くなり雨が降り出す。聖母と愛娘の血は雨水で小さな川と成り、夕刻は夜に堕ち少女の発狂は沈静し意識が戻る。

 少女は無自覚だが胸の奥に、微かだけれども悦らしきものの影が残った。




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