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日和さんと記念日日和

作者: しばの晴月

 鈴木邦生(すずきくにお)、高校二年生、彼女なし。「平々凡々」と言ったところだろうか。

 間日和(はざまひより)、同じく高校二年生、恋愛経験なし。「才色兼備」という言葉は彼女のためにあると言っても過言ではないだろう。長い足と細い指、地毛だという少しアッシュ系の髪、周りの女子より身長は少し高いためスタイルが良いのが余計に主張されていると思う。睫が長く、猫のように強気で大きな瞳。そして、校内テストは学年一位以外をとったことがなく、全国模試でもその秀才っぷりを見せ付けていてトップテン入りも普通だという。学校側からは全国高校生クイズに出場してくれという声も掛かっているようだが、間はいつも断っているという噂だ。

 家が隣同士、隣で見ているテレビの音が聞こえるくらいのご近所さんの二人の十一月十一日の話。


「鈴木君、今日は何日ですか?」と間が尋ねる。

「今日は十一月十二日だよ」

「――違います」

 冷静な訂正が鈴木に入る。

「今日は、十一月十一日です。今日が何日か覚えていないの? まあ、納得ね。良い箱作ろう?」

「平安京!」

「鳴くよ鶯?」

「平城京!」

「はい」

 間が呆れ返り、深い溜息を一つつく。

「零点。小学校からやり直しね」

 鈴木は爪先で小石をこつんと蹴りながら、

「僕は小学生の時、そんなことは習わなかったよ? その日は、休んでいたのかな」

「ええ、鈴木君の頭は毎日定休日だもの、しょうがないわよ」

 彼が蹴った小石が間のローファーの近くに転がってきたので、それを水路に蹴りこもうとしたが、失敗して彼女の靴は空中を切る。

 それを見た鈴木は思わずぷっと笑った。

「間、お前体育の評定は……「二」だろう!」人差し指でびしっと決めポーズ。

 指を指されたほうは、力ずくで鈴木の腕を下げようとする。

「煩いわ……体育以外万年「二」の人に言われたくないわよ」

「全部「二」な訳があるか! 僕を見くびりすぎだ!」

「あらそうだったの? ごめんなさいね、鈴木君の通知表って見たことがないからー」

 「可哀想になるから見れないのよー」と。

 全く(こいつ)は自分を底辺にしか思っていないのだろうと鈴木は思った。

 それより、今日は何の日か知ってるの? と間は鈴木の隣で鋭い目つきをしながら問う。

「十一月十一日だろ……? あ、第一次世界大戦停戦記念日」

「――もっとメジャーなのを言いなさいよ。誰がそんなことを聞いたの」

 間のご立腹の様子を横目で確認して、考え込む。

 鈴木がすんなりと答えると思っていた間は、スクールバッグから赤い箱を出してわざとらしくチラつかせた。

「……ポッ○ーの日?」

「何で一度で答えないのかしら、手のかかる人ね」

 文句を言いながら、赤い箱を開封し始めた。

「……まだ、朝ですよ。太りますよ……」

「煩いわね、女の子に太ることについて指摘するのは駄目なのよ」

 「そうなのか! 勉強になります」と心の中の深々と礼。

「えーっと、それでポッ○ーの日が、どうかしたの?」

 頬をぽりぽりと掻きながら首をかしげる鈴木の隣で、間はポッ○ーを口に含む。

 そして、「ほや、こへふぁげるふぁ(ほら、これあげるわ)」と彼の身体に愛想の欠片もない動作で押し付けてくる。

「どーも、ありがとうございます」

 くれるものは貰っておこう。手を伸ばしたら、

「やっふぁりやふぇるふぁ」と言って、間はその一度開封した箱をまた鞄の中に仕舞い始める。

 鈴木にポッ○ーをあげることを考え改めたらしい。

「けちだな~間さん、けちだな~」

「ねっとりした声で話しかけないで、私の耳から納豆が出てくるわ」「ちょっと意味わかんない、間さん」

 そして、笑うのがぴか一苦手な彼女は世にも恐ろしい笑顔を浮かべ、

「ポッ○ーゲームね」

と言った。


 ■ □


「邪魔よ、鈴木君。交通の邪魔」

 廊下で友達と駄弁っている鈴木の後ろで間が学生鞄を片手に持って、じと目で睨む。

 その目つきの怖さに思わずたじろいでしまう。

「いや、でも十分に廊下、通れないか? (はざま)、細いんだし……」

 廊下の半分くらいしか占拠していない鈴木たちは責められるのは少しおかしいと思うのだ。

「いつもお前ら、仲が良いよな。羨ましいよ」

 鈴木の友達が(はざま)に聞こえないくらい小さな声で鈴木を茶化したように言う。

「仲が良いって家が隣同士だからな! 切っても切れない関係なんだよ……」

 「幸か不幸か」と最後に付け加えようかと思ったが、口の中で消化した。

「あの間さんと毎日登校するのは全校生徒の憧れだぜ? 俺も隣に引っ越そうかなー」

「僕の家と(はざま)の家は確かに隣同士だけど、間の家の向こう側は川だぜ。河童にでもなるつもりかい?」

「……ならねーよ」

「ひゅひゅききゅん」と間が今朝の時みたいに鈴木を呼ぶ。

 何事かと思って振り向くと、なにやら細い棒を加えた女子がいた。

 女子――それは間であるのだが、口に加えているものが鉛筆。

 やけに美味しそうな鉛筆だと思っていると、きちんと食べ物に見えるようにチョコレートとクッキーの部分を加工し分けているこのに気がつく。

 なんて凝った鉛筆なんだと思うと、「ふぉっひーへーむ」と鉛筆らしきものを加えながら間が言う。

「え?」

「ふぁーかーら、ふぉっひーへーむ」

と始終真顔の間日和。

 自分が「ふぉっひーへーむ」を変換すると「ポッ○ーゲーム」にしかならないと思った。

 鈴木の心を毎日ミサイルで狙撃してくる、あの間日和(はざまひより)が自分とポッ○ーゲームをしようと言っているのではないか、しかし、ここは友達もいるしそんなことはこの自分に出来るはずがなく、そもそもどういった経緯で自分とポッ○ーゲームをすることに? それより、ポッ○ーゲームって寸止めで良かったっけ? いや寸止めとかそもそも下心もない。そうだ! 彼女は僕にとってただの友達なのだ! という結論に行き着いた鈴木は口を開けて声を発そうとした。 

「間……! あのさ……!」

 言おう、君は友達として好きだということを、と決意するのに時間はそうかからなかった。

 男子高校生にもなってこのようにどきどきすることはそうないと思う。

 緊張とも動揺とも呼べないこの胸の高鳴りはなんなのだろう。

「僕は間のこと友達として好きだよ!」

 鈴木は唾を撒き散らすそんな勢いで、言い放つ。

 激しく動く心臓を押さえつけて。

「間さんなら帰ったけど」

 鈴木の友達はあっさりとこう続ける。

「ポッ○ー頬張りながら、さよならって言って、ついさっき」

「ついさっき、あいつは、僕に「ポッ○ーゲームしよう」って、誘ってきた、よな?」

 確認を取るように一つひとつ文節に区切りながら問いただしたのが、友達は「そんなこと言ってなかったと思うぞー」と彼らしく再び同じようにあっさりと告げた。

「誰も「ポッ○ーゲームしよう」だなんて言ってないわ」

 帰ったと言った間日和が靴箱の影から顔だけを覗かせていた。

 あの赤い箱を片手にまだ租借している。

「やだ。鈴木君って卑猥なこと考えてるのね。私そんなこと言ってないのに」

 ひどい棒読みで攻め立てる。

 さらに真顔で告げるので恐怖感は一気に倍増したのだった。

「卑猥ね、鈴木君。卑猥だわ、鈴木君。そんなこと、言っていないのに」間はあからさまに汚物でも見るような嫌そうな顔をする。

「誰だって勘違いするだろう!」

「「ポッ○ーゲーム」の一単語だけで、なぜ「私とポッ○ーゲームをして下さいませんか」になるのか知りたいわ。「dance」の一単語で「Shall we dance?」になってしまうくらいおかしいのよ。……あ、謝るわ。鈴木君にとって難しい話をしてしまったわね。鈴木君の年中休業の頭を使わせてしまってごめんなさいね」

「あのなあ~~! そんなに僕は馬鹿じゃないからな!」

 鈴木はまだ顔だけを覗かせている間に向かって、怒鳴りつける。

「お前らほんとに仲いいよなあ……羨ましいぜ……」

という友人の声は鈴木の耳まで届かない。

 鈴木が「間! お前、僕を怒らせた代わりにそのポッ○ーよこせ!」と怒鳴ると「嫌よ。あげないわ」と返す間。

 鈴木の友人は思う。

 きっと才色兼備の彼女が心を許しているのは鈴木邦生、こいつだけなんだと。


 ――毎日は記念日。

 十一月十一日は「鈴木君卑猥の日」――

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