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「あいつら……」
走り出した車の中で思わず頭を抱えると、隣に座るエドワードがクスクスと笑った。
「随分慕われてるんですね」
「長年、互いの生命あずけて苦楽をともにしてきた連中だからな。どうしても普通の職場関係より情が深くなるし、一度信頼し合えば家族同然の付き合いにもなる」
組織の鼻つまみ者ばかりが集められた13班の場合は、他の部署や部隊からも異端視されがちだっただけに殊更結束も強かった。班の特質上、よその部隊と違って人員の再編成や補充が行われにくいだけに、一気に3人もの欠員が出るのは、後任の部隊長であるキムにとっても相当な痛手だったろう。わかっていながら、そのケツをどやしつけた俺も、鬼軍曹と罵られたところで文句は言えまい。
「じつは、官舎の荷物を運んでくれたのは彼らなんです」
エドワードの打ち明け話に、そんなところだろうと、こちらも充分予測がついていたので頷いた。
「官舎のほかにも、司令本部内の射撃訓練場や管制室、食堂にトレーニング・ルームといった場所へも、時間が許す範囲で案内してもらいました」
あいつら……。
今度は口には出さず、内心でぼやいた。
勤務時間中に仕事も擲って、とんだボランティアもあったもんだ。おまけに本部の中、民間人連れまわして呑気に施設見学だと?
「あ、見学については司令長官閣下の特別の計らい、だそうです」
黙っていても思いが顔に出ていたのだろう。敏い弟から、すかさずフォローが入った。
――組織のトップごとグルとは、恐れ入った。あのオヤジ……。
「いい暇つぶしになってよかったな」
ほかに言いようもなく、ありきたりな述懐にとどめると、エドワードはそれに対して思いのほかきっぱりと「とても楽しかったです」と満足そうに応じた。
「許可の下りている範囲で施設内を見てまわるあいだに、部下の方たちからたくさんの話を聞くことができました」
「話って……」
「カシム・ザイアッド軍曹に関する四方山話です」
言ってから、なにを聞いたかは秘密です、と、こちらが口を開くまえに先手を打って出た。昔から、こういう機微に通じている奴だった。
「どうせ、碌な内容じゃないだろう。話半分くらいで適当に流して、あまり真に受けるなよ」
げんなりした気分で釘をさすと、英邁な弟は、ゆったりとシートに背をあずけたまま鷹揚に同意した。
「そうですね。聞かせてもらった話が100パーセント真実なのだとしたら、彼らの隊長という人は、僕が知っている兄とはまったくの別人です。二重人格どころか、おなじになりようもないくらい隔たりのある、乱暴で自分勝手で我儘で喧嘩っ早くて口が悪くて、権力に媚びることを是としない、気性苛烈なアウトサイダー、といったところでした」
――言いたい放題言ってくれる。
「でも、共通点もありました。有能で頭の回転が速くて、だれより責任感が強く、そして優しい」
『軍人さん、あんた優しいね』
弟の声に、かつて聞いた、べつの女の声がかぶった。
「……俺は、優しくなんかないさ」
「それは兄さんが自分で気づいていないだけです」
『あんた、頭が良いくせに、肝腎なことはなんにもわかってないんだね。変なとこバカで、ホント笑っちゃうよ』
そうだ。俺はバカなんだ。肝腎なことが、いつだってわかってやしない。
「中継で流れた戦闘時の映像、観ました」
「――そうか」
「僕が知っている、どんなラルフ・J・シルヴァースタインより自然で、力強く、活き活きと耀いてみえた」
組織からいつもはみ出て、厄介者扱いされていたカシム・ザイアッド。
型に嵌まらない生きかたが、こんなにも楽なことを知った日々。
『みんな、いろんなことを深刻に考えすぎるから、自分で人生をややこしくしちゃうんだよ。もっとシンプルでいいのにさ』
アタシはバカだから、難しくなんて考えらんないんだよ。そう言って笑った女に、どれほどたくさんのことを教えられただろう。
『あんたは、あんたのままでいいんだよ。ねえ、軍人さん……』
窓外を流れる景色の中、道行く人の中に一瞬だけ、懐かしい顔が微笑いかけてきたような、そんな錯覚をおぼえた。