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金の小鳥が見る夢は 昨夜の空に光る星
お月さま唄う銀の夜 やさしい眠りにつけるよに
夜空の星をあげましょう
銀の小鳥が見る夢は 明日の野に咲く紅い花
お日さま微笑む金の朝 大空遙か舞えるよに
野辺のお花をあげましょう
キムが起こした乱闘騒ぎで知り合った女とは、その後もときどき逢うようになった。
女の働く店で飲むこともあれば、他人と顔を合わせるのが煩わしくて、女の住む安アパートに直接ふらりと立ち寄ることもあった。
聖人君子でない以上、俺も通り一遍遊んできてはいるわけだが、軍に入るまえも入ってからも、後腐れのない商売女と、その場かぎりか多くても二、三度まで、というのが自分なりに保ってきたスタンスだった。それ以上になると、相手のほうでも妙な情が湧いてきて割り切れなくなり、本気になる可能性が高まってくるからだ。他人の人生まで背負う余裕のない俺には、火遊び程度にとどめておける関係のほうが手頃で気楽だったのだ。
そういう意味では、頻繁ではなかったにせよ、自分から切ることなく関係がつづいたのは珍しいことで、それ以前にはなかったことだった。
なにがどう、ということではないが、女の持つ独特の間と、押しつけがましくないおおらかな雰囲気が心地よかったせいかもしれない。女のほうでも、逢瀬が重なるにつれ情に溺れて深みに嵌っていく、というようなこともなく、適度な距離感を保っていつでも迎え入れてくれた。そんなあっさりとしながらも、必要なときに互いの肌を温め合える関係が、俺にはちょうどよかった。
格別な美人でもなければ、話術に長けているわけでも聞き上手なわけでもない。可愛く男に甘えて媚びるようなこともしない。自分の容姿と魅力、男を満足させる手練手管に自信を持つ女たちが集まる夜の世界で、その女はひときわ貧相で存在感が薄く、華やぎにも欠けていた。
「あんたって、ホントに変な人だね」
ベッドの中で、洗い古したシーツにくるまれながら、女はよく、俺を変わり者扱いして笑った。
「あんたぐらい男っぷりがよくて気っ風もよけりゃ、女なんてよりどりみどり、それこそいくらでも選び放題なのにさ」
痩せぎすの女は、肉の薄い骨張った肩を小さく丸めて、俺の腕にすっぽりとおさまりながら、伸ばした指先で鼻のラインをそっとなぞった。
「こんなに精悍で、非の打ちどころがないくらいイイ男で、喧嘩も強くて頭もいい。それなのに、選ぶのがアタシみたいな女じゃ、趣味疑われるよ」
「なんだよ、アタシみたいなってのは」
「器量はよくないし、スタイルだって頭だってパッとしない。ガッコだってロクに出てないから、難しい話もちっともわかんないし機転だって利かない。あんた、うちの店でも近隣の店でも女の子たちにすっごい人気だから、なんでこんなのがいいんだろって、妬まれちゃって大変なんだよ」
「くだらねえ」
俺は鼻で嗤って枕もとの煙草を手近に引き寄せると、取り出した1本に火を点けた。
「『女』を売り物にした奴らに興味なんかねえよ」
「それ言ったらアタシだっておなじじゃん。売りにできるほどのもんなんてなにも持ってないけど、それだってずっとこの世界で暮らしてきてるんだもん。あんたの基準て、よくわかんないよ」
「おまえは仕事を仕事として割り切ってこなしてるだけで、男を食いモンにするのが第一の目的じゃねえだろ」
「でも、お客さんにサービスしてお金もらって、商売にしてるよ? なにが違うのか、あんたの言ってることはアタシには難しくってさっぱりわかんない」
「わからなきゃそれでいい。俺は俺の基準でおまえが気に入ってる。それだけでいいだろ」
「あ、そうだね。それだったらアタシにもわかるよ。アタシもあんたが好きだもん」
余計なことはなにも言わず、過度な要求も重すぎる期待を寄せるようなこともない。あるがままを自然体で受け止め、縛ることも縛られることもしない。都合のいい女と言ってしまえばそれまでだが、恋人でも家族でも友達でもなく、赤の他人でもない、ほどよい関係が、俺の心にしっくり馴染んだ。
「あんたって、人には絶対心を許さない野良犬みたいだね」
「そんなに荒んで見えるか?」
「うううん。どっちかっていうと、誇り高く見えるよ」
紫煙の流れを目でたどりながらなんだそりゃと苦笑すると、女は急に思慮深い顔になって、さらりと怖いことを言ってのけた。
「あんたってときどき、違う世界の人、みたいにキマッて見えるときがあるんだよ。洗練されてる、っていうのかな。あ、育ちが違うな、って。なんか間違ってアタシたちの社会に彷徨い出て来ちゃった王子様みたい」
そして、ドキリとするような核心を突いておきながら、そんなわけないよねぇと自分で自分の言葉を笑殺する。
「あんたみたいにガラの悪い王子様がいたら、上流階級の人たち、みんなひっくり返っちゃうよ」
――俺はおまえの賢さにひっくり返りそうになった。内心で呟いて、見かけによらぬその洞察力に舌を巻いたものだった。
だが、それでも俺は、その後も女の許に気儘に通いつづけた。
女が時折口ずさむ、優しい響きの子守歌が気に入っていた。これといって取り柄のない女の、唯一の天からの授かり物。
金の鳥唄うよ 銀の鳥舞うよ
明日に見る夢 宵の唄
そっとゆりかご揺らしましょう
坊やがおめめを覚ますまで
希望のお船でゆらゆらと
銀河の果てまでゆきましょう
透明に澄んだ、のびやかなソプラノは、いつでも耳に心地よく響いた。
「軍人さん、あんたって見かけによらずマザコンだったんだね」
女の歌声に聴き入りながら、昔よく母が歌っていた子守歌だと懐かしむと、女はからかうように言った。
「見かけによらなかねえよ。男なんてみんな、基本『母親』の存在には弱い。なかでも俺は、とびぬけたマザコンだと自負してる」
こう言うと、大抵の女はドン引きして気味悪がったり、冗談と決めつけて笑い飛ばそうとしたりしたものである。だが、このときは違った。
女は、自分の胸の中に優しく俺の頭を抱きしめると、覆い被さるように耳もとに顔を近づけ、そっと囁いた。
「よかったね、軍人さん。お母さんにとってもとっても愛されて。すごく大事に、宝物のように大切に育てられてきたんだね……」
頬の上に落とされた口づけは、ほのかな石鹸の香りがした。