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堤さん



 暮れも押し迫り、店内は両手に買い物カゴを持ったおばちゃんや、商品で山盛りになったショッピングカートを楽しげに押す親子連れで、ぶつからずに歩くのも難しいほど混雑していた。

 それらのお客様にあいさつをしながら歩いていると、「相良主任」と突然後ろから声をかけられた。

 振り返ると、師走だというのに半袖のポロシャツ姿で額に汗をにじませた、メタボ完成形の店長が立っていた。


「はい、何でしょうか?」


「今、帰って行かれたのは堤さんだね?」


「ええ、そうです」


 堤さんとは、シルバーカートをゆっくりゆっくり押しながら、ほぼ毎日のように通ってこられる近所にお住まいのおばあちゃんだ。

 かなりのご高齢で耳が遠い為、私たちが話しかけてもトンチンカンな返事しか返って来ないが、顔をクシャクシャにして笑う様子がとても愛らしく、お店の従業員皆からも好かれていた。

 県外に息子さん夫婦がいるそうだが、数年前に旦那さんを病気で亡くされてからは、古い一軒家に一人で暮らしている。

 一人暮らしといっても数匹のネコを飼っているし、ご近所の方々が何かと気にかけて訪ねて来ているので、全く孤独な状態では無かった。


「ずいぶん長い時間、堤さんのお相手をしていたみたいだが、何かあったのかね?」


「はい、大切に使っていた寸胴鍋の取っ手が外れたので、なんとか直せないだろうかと相談を受けたものですから、うちの材料を使い修理して差し上げました」


「ほう、修理をね……日頃から君の接客が丁寧なのは、よく知っているし評価もしているけど、修理までとは "接客" としては少し度が過ぎる気がするね。この間はシルバーカートの修理もして上げたそうだね。このような特定のお客様への過度の接客は、あまりよろしくないと思うよ。要は君がお客様の立場だったとして、店員が特定のお客様ばかり特別扱いをしているのを見たら、決していい気分はしないだろ? だから我々はお客様に対しては、ある程度の距離を保って等しく接しなければならない。いいかね?」


「はあ……以後は気を付けます」



 数日後、店内で入荷した商品の補充をしていると、隣の通路から店長の声が聞こえてきた。


「堤さん、水漏れは蛇口のどこからですか?」


「はぁ? 蛇口はいらんわぁ」


「いや、そうじゃなくて……蛇口のどこから漏れていますか!」


「はぁ? 嫌やわぁ、お漏らしはしとらんわぁ」


「いや、ちがっ! み・ず・も・れ・は・ど・こ・か・ら・で・す・かっ!」


「はぁ? そげな難しいこと言われても、ばあちゃんには分からんわぁ」


「……堤さん、私がお宅へ伺います……」


「いつもすまんねぇ。今日は雨じゃけ、タクシーで来とっから、呼んでくれんやろか?」


「これからお宅にお伺いするのですから、私の車でお送りしますよ」


「ほんに、いつもご親切なこって。有り難や、有り難や……」


「堤さん、拝まなくていいですよ! 他にお買い物は無いですか? 餌とか猫砂とか重いものは、ついでに運びますよ」


「はぁ?」


「ほ・か・に・お・か・い・も・の・は!」


 店長、人の事は言えないね。あなたも、たいがいなお人好しだって。




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