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One for all,All for one

 



「よっ! 相良」サービスカウンターで伝票のチェックをしていると、突然声をかけられた。


「おう、敦か! 久しぶり」敦とは高校時代からの友人だ。


「ほんと久しぶりだな、高山センパイの結婚式以来か? そうだ、あの時ラグビー部のメンバーだけで撮った写真があるから、今度持ってくるわ。ところで相良、昨日ここで加湿器を買ったんだけど、うちのヨメも同じ物を買ってたんだよ。かぶっちまったんで悪いが返品してもいいか?」


「返品? 断る! 高給取りの公務員が、セコイこと言ってんじゃないよ」


「頼むよ、うちのヨメこういうのすっごくうるさいんだよ。もちろん、二台有ってもいいじゃないかって言ったよ。そしたら来月の小遣いから差し引くって言うんだよ」


「全くもう……じゃあ、何か代わりに買って行けよ」


「すまないな。今のところ特に必要な物は無いから、ティッシュでもいいか?」


「ふざけるなっ! ボーナス出たんだろが、そうだ噴水を買え! 新築したお前の家にピッタリな輸入物のとっても素敵な噴水があるわ。そうだな、諸経費込み30万でいいや、俺が責任もって庭に設置してやるよ。ほら、早くカードを出せ」


「ばか! そんな物買ったらヨメに締め殺されるって」


「情けない……高校の頃はボールと女の扱いだけはうまかったのに。鬼嫁の尻にすっかり敷かれてしまったな」


「鬼嫁言うな! 相良、そんなことを言ってると『明日はわが身』だからな。そう言えば宮田が年末に帰って来るってよ。年明けのOB戦に参加するそうだけど、お前はどうする?」


「宮っちが帰ってくるのか! ああ、でもOB戦は二日だったよな。うちは二日が初商だから残念だけど試合には参加出来ないわ。そうだ、宮っちが帰ってきたら皆で忘年会をしようぜ! お前の新宅で」


「それだけは勘弁してくれ。そもそも前のアパートを追い出されたのは、お前たちのせいなんだからな! 何かと理由をつけては、うちに押し掛けてバカ騒ぎしやがって。隣と下の住人からはうるさいって苦情が来るし、ヨメはキレて実家に帰るし、ほんと大変だったんだからな! 頼むから居酒屋にしてくれ。大体お前は酒を飲まないくせに、何であんなにハイテンションになれるんだ?」


「そうだな、多分空気中に漂うアルコール分で酔っ払うんだろうよ。それに俺らは社会人なんだから、もうムチャな事はしないって」


「いや、全く信用ならん! お前があおって宮田が暴走するのがいつものパターンだからな。ほんとお前たち二人は『混ぜるな危険』だ」


「そんなにか? スッゲ照れるわ」


「いやいや、褒めてねぇから」



 高校生の頃、私はラグビーをしていた。本当はサッカーをやりたかったのだが。

「サッカーをやっていると女子にモテルぞ!」という友人の話を信じ、小学生の頃から続けていた野球をあっさりと捨て、私はサッカー部に入ることを決めたのだった。

 入部申し込みに部室へ行くと、とても高校生とは思えないイカツイ先輩方に取り囲まれた。


「ラグビーの経験は?」


「えっ、ラグビー? ありません……?」


「中学では何をやっていたんだ?」


「野球……です」


「よし、今日から練習に参加しろ」


 日焼けし鍛えられた体の先輩方は、当時の私には大学生か社会人のように見えた。中にはそり込み眉なしの "もしかしてヤクザヤさん?" という恐ろしげな方もいたりして、気の弱い私は「部室を間違えました」と言う事も出来ず、固まっていた。そしてその日から訳も分からないまま、新人戦に向けての練習に放り込まれたのだった。


 ウォーミングアップ、ランパス、スクラム、タックル……全力で走ってくる相手を真正面からタックルで止めるなど、恐ろしくてビビりまくりだった。モール、ラック、所かまわず膝が入るし、倒れているとがしがしスパイクで踏まれる! マジ痛い……。

 私は毎日ボロボロになりながら、ボールを追いかけてグランドを走った。


 もう嫌だっ! 拷問のような日々に耐え切れなくった私は、部活をやめる覚悟で練習をサボった。すると次の日、先輩がクラスまで迎え(回収)に来た。

 顧問の先生に「なあ相良、高校を無事に卒業したいか? そうだよな、ならサボらずに練習しろ」と優しく諭(恫喝)された。


 違う、こんなはずじゃなかった……。


 高校に入ったら彼女を作って、明るく楽しい学園生活を送るつもりだったのに……。


「相良君、ほっぺに、ごはんつぶがついてる~」


「あ~、ほんとだ! アハハハ~」「ウフフフ~」……。


 陽炎が立ちのぼる炎天下のグランドの上、鋭いホイッスルの音で妄想からわれに返るのであった。


 スタンドオフの敦とは同じクラスだった。スクラムハーフの宮っちとフルバックの佐藤君は別のクラスだったが、昼食や休憩時間もこのバックスグループはつるんでバカを言い合っていた。異様に仲が良くいつもベッタリ一緒にいるので、どうも回りの女子からは「あなたたち、そっち系?」みたいに見られていたようだ。

 入部当初はやめる事ばかり考えていた自分も、気の置けない仲間が出来ていつしかラグビーにのめり込んでいた。



 高校最後の公式戦、敵陣22mライン付近でのマイボールスクラム。

「ウォー!」気合いの掛け声と共にスクラムが組まれた。低く組まれたスクラムにハーフの宮っちがボールイン。

 ナンバーエイトがボールキープ、スタンドオフの敦からバックスの私たちに攻撃のブロックサインが出る。

 スクラムが回り始めたのをきっかけに、宮っちがブラインドサイドにボールを出すと見せかけて、司令塔の敦へ奇麗なダイビングパス!

「出たっ!」オープンサイドに深く弓成りに取られたバックスラインが、弾かれたように一斉に走り出した。

 敦はインサイドセンターへパス、アウトサイドセンターを飛ばしてボールはウイングの私へ。

 正面からは、といめんのウイングとフルバック、右からはセンターとフランカーが私をつぶしに全力で突っ込んで来る。

 オープンサイドへ小さくスワーブ。

 トップスピードで敵のウイングを振り切り、縦へ切り返して、ステップ、ステップ。

 腰に浅く入ったタックルをハンドオフでかわし、敵のフルバックとフランカーを引きつける。

 もう少し、もう少し……今っ!

 つぶされるギリギリのタイミングで、フルバックの佐藤君に素早くパスを出した。

 体を突き抜けるタックルの衝撃と回る視界の中で、ボールを受け取った佐藤君が、コーナーフラッグぎりぎりのインゴールにタッチダウンするのが見えた。


 完璧なフルバック参加のオープン攻撃!


 クソつまらない人生のなかで、一際輝きを放つ最高に幸せな瞬間だった。


 今でも時々考える。あの日部室を間違えなかったら、私の高校生活は、その後の人生はどう変わっていただろうか。




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