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できれば大きな声で……

 



 子供の頃から、どういう訳かホームセンターが大好きだった。

「どこに行きたい?」普通の子ならば、遊園地とかおもちゃ屋と答えるだろうが、「カーペンターズ!」(近所のホームセンター)と、目を輝かせて答える変な子だった。


 クラスの友達は、当時流行っていた『ハイパーヨーヨー』や『ミニ四駆』を互いに自慢し合っていたが、私はそれらのおもちゃに1ミリの興味も持てなかった。

 友達を熱くしていたそれらの派手なカラーリングに奇抜なデザイン。でも、それはフォーミュラカーのように極限まで贅肉をそぎおとし、機能を追求した美さとは異なっていた。それらのおもちゃのカッコよさは偽物(・ ・)だと、子供心に感じていたのだと思う。


 変わっていたといえば、当時、私にとってのヒーローは『ティガ』や『アギト』ではなく、建築現場で働いている職人さん達だった。

 グレイの作業服に編み上げの安全靴。腰ベルトには武器のように下げられたインパクトドライバーや工具類、それに立体起動のような落下防止フック。

 数多くの入構証ステッカーが誇らしげに貼られたヘルメットを目深にかぶる彼らは、全身からプロフェッショナルのオーラを漂わせる、正に本物(・ ・)であった。

 そして彼らが使用している本物(・ ・)の装備品が、ホームセンターには並んでいた。


 自転車で自由に出歩けるようになると、あちこちのホームセンターに出かけ、棚に並べられた電動工具や、ショーケースに納められている何に使うのか想像も付かない特殊工具を、一日中飽きもせず眺めて過ごした。

 小学生でホームセンターに目覚め、高校生でバイトを始め、卒業後はそのまま就職するという、エスカレーターで各フロアーを巡るようなホームセンターライフの始まりだった。



 アルバイトの期間も含めると、勤め始めて今年で早8年。仕事にも慣れ春からは主任という肩書が付き、いつの間にかそこそこ責任を負う立場になっていた。

 主任といっても役職ではないので、『接客』『品出し』『発注』という日々の業務は、パートさんと何ら変わりはない。

 ただ、お客様のクレーム対応やパートさんのシフトの調整、果ては冷蔵庫の中が汚いという苦情対応など、業務以外で手を取られることが格段に多くなっていた。


相良(さがら)っち、ボールペンを借りるね」隣の姫乃(ひめの)が手を伸ばし、私のデスクの引き出しを開けようとした。


「ダメだ」私は右手で引き出しを押さえた。


「何でだよ? ちっと借りるだけじゃん」


「何がちょっとだよ。お前に物を貸して、まともに戻ってきた試しは無いな。そのゴミ溜めのようなデスクの上を片付けてみろ。俺のボールペンが5、6本は埋もれているはずだ」


「ゴミ溜めとは何だよ! ひどい言われようだなぁ。あのね、一見散らかっているように見えるけど、これは効率良く仕事ができるように、ちゃんと考えて配置してあるんだよ」


「そうだったのか、それは失礼な事を言ってすまなかった。ところでダンボーのフィギュアの下に埋もれているのは、来月の予算計画書じゃないのか?  提出期限はとうに過ぎているよな?」


「あれ、そうだっけ? 店長、朝礼で何も言ってなかったし、まだ大丈夫なんじゃない?」


「お前は夏休み明けの小学生か! 店長に催促されてからじゃダメだろ。提出していないのはもうお前だけだぞ。なあ、最後に取りまとめる俺の身にもなってくれよ」


「へい、へい、今週中にはちゃんと組んで提出するよ」


「ばかっ、今組めっ!  直ぐ組めっ!」


「相良主任、サービスカウンターから内線ですよ。3番です」


 庶務の江口さんがクスクス笑いながら、鈴を転がすようなかわいらしい声で伝えてきた。

 江口さんは、おっとりとした性格と有村架純(ありむら かすみ)似のキュートさで、社内で断トツ一番人気の女子社員だ。

 先月の社内報で『我が店舗の癒やし系』と写真入りで紹介されてからは、他店舗の野郎共が、無理やり用事を作って見に来る始末だった。

 それに比べ姫乃ときたら……容姿は決して悪くないのに、どうしてこんな残念な仕上がりなのか。

 私は赤く点滅するボタンを押して受話器を取り上げた。


「はい、相良です」


「主任すみません、こちらに来て頂けますか! 商品に何か不具合があったようです。お客様がとてもお怒りで、主任をすぐに呼べとおっしゃっています!」


 受話器の向こうから聞こえるサービスカウンター担当のおびえたような声に、ただならぬ差し迫った状況を感じた。



 急いで駆け付けたサービスカウンターでは、作業服姿の荒木様がすこぶる不機嫌な様子で立っていた。

 荒木様とは不動産会社の社長で、管理している物件の補修などで当店の商品をよく使って頂いているお得意様だった。

 若い頃は建築現場で働いていたそうで、今でも簡単な補修なら業者を使わず自分でこなしている。

 それもあってか、荒木様の(いか)つい外見は不動産会社の社長と言うよりは、土建業の親方と言った方が通りが良さそうだった。

 しかも外見と違わず非常に気難しい方で、少しでも意にそぐわないことがあると激昂し、誰彼構わず怒鳴り散らすのであった。

 そういうこともあって、お店の従業員は皆荒木様の接客を嫌がり、気付けば私が荒木様担当になっていた。


「相良君、ダメだ! 君に勧められて買った『床鳴り職人』は、全く効果がなかったぞ。明日入居なのにどうしてくれるんだ!」


 事の始まりは数日前。荒木様が来店され、管理しているアパートの床鳴りを止めたいということであった。

 私は悩んだ。床鳴りは原因がさまざまで、完全に止めるのは非常に難しいからだった。

 私は荒木様に床の張替えをお勧めしたが、それでは入居日に間に合わないとのことだった。

 それではどの程度の効果があるかはやってみないと分からないと念を押した上で、『床鳴り職人』を購入して頂いたのだった。


「荒木様、取扱説明書の手順通りに施工されましたでしょうか?」


「説明書だと? その辺の素人と一緒にするなっ! わしが何年この仕事をしていると思っているんだ! 貴様は使えない商品を売りつけておいて、わしの腕のせいにする気か!」


「荒木様、決してそのようなつもりはございません。ですが、ご購入の際にご説明させて頂いたと思いますが、床鳴りの原因は様々で完璧に止めるのは非常に難しいことです。原因の内容によっては当商品では対応できない場合もあり、それは試してみないと分からないと、ご理解の上でご購入して頂いたと思いますが……」


「ほほう……自分には非はありません、騙されて買ったあなたが悪いのですという事か? もういい、お前では話にならん! 店長を呼べ、店長をっ!」


 赤鬼のように顔を紅潮させて激昂する荒木様と、言葉を失い呆然と立ち尽くす私を、従業員とお客様方が遠巻きに見守り、サービスカウンターの前にはちょっとした人垣ができていた。



 事務所で事の顛末(てんまつ)を報告書にまとめていると、姫乃がマグカップ片手に話しかけて来た。


「聞いたよ~相良っち。相変わらずだなぁ君は、要領悪すぎ! あのおっさんに、いくら正論を並べても通じるわけないじゃん。時間と労力の無駄だよ。もうひたすら謝り倒して返金し、気持ち良くお帰り頂けばよかったんだよ」


「ああ、そうだな……次からはそうするよ」


 こいつ! そもそも荒木様を俺に押し付けて逃げたのは、お前だろうが!


  姫乃は歳こそ私と同じだが、入社したのは3年前で、一から仕事を教えたのはこの私だった。

 それが今ではタメグチの上、出来の悪い弟のように説教される始末。こいつの大雑把な仕事のせいで、私はこれまでに幾度被害を被ったことか。

 それなのに要領の良さと、誰にたいしてもオープンで人懐っこい性格からか、社内でこいつの評価が意外にも高いことがどうしても納得いかない。


「エロエムエッサイム、エロエムエッサイム……」ブツブツと口の中で呪文を唱えていると、「あの~相良主任、内田様という方が主任を尋ねてサービスカウンターに来られているそうですけど……」と、庶務の江口さんが心配そうに伝えてきた。


「内田様? あっ、すぐ行くと伝えてください」


 まさか……すごく嫌な予感がした。


 内田様は中学校の用務員をされているのだが、この方にも(くだん)の『床鳴り職人』をお売りしていたのだ。確か校長室の床鳴りを止めたいということで。


「相良っち、ドンマイ」


 姫乃のテキトーな励ましに手を上げて応え、私は事務所を後にした。



 サービスカウンターに来てみると、キッチリとアイロンのかかった白い開襟シャツに、袴?と見間違えるほど幅広く短いズボンを履いた小柄な老人が立っていた。


「あ、先日はどうも……りがとうございまし……」


 私に気付き、にこやかな笑みを浮かべながら話しかけて来られた内田様の言葉は、店内に流れるBGMにかき消され、所々しか聞き取れなかった。

 どうも大きな声を出すことが苦手らしく、内田様はいつも相手の耳元に顔を寄せ、やっと聴き取れるかどうかの、か細い声で話しかけて来るのだった。


「完璧でした! 先日お勧めいただいた『床鳴り職人』を、相良さんの説明通りに工事しましたら、あんなに五月蝿(うるさ)かった床鳴りが嘘のようにおさまりました!」


 内田様は顔を紅潮させ興奮して話されているが、その声は蚊の羽音のように小さく、店内の喧騒にかき消されていた。

 ともあれクレームでは無かった……私はほっと胸をなでおろした。

 いやいや、クレームどころか絶大な効果があったのだ!

 この事実を何とか周りのみんなに知ってもらいたい!

 そして荒木様の件で失った名誉を何とか挽回したい所だが、残念なことに内田様の声は私以外には全く聞こえていないようだった。


「そうですか! そんなに効果がありましたか!」


 私はわざとらしく辺りを見回し、大きな声で内田様に話しかけたが、サービスカウンターの女の子も近くを行き交う従業員も、全くこちらを気にする風も無く忙しそうに働いていた。


「はい、業者に修理の見積もりを依頼しましたら、床の総張り替えが必要で60万円は掛かるということでした。それが3千円ほどの出費で済んだのですから、校長先生も大喜びで、私の株は大層上がりました! 何もかも相良さんのお陰です。本当にありがとうございました」


 内田様はこちらの気持ちを知る(よし)もなく、まるで大切な秘密を打ち明けるかのように私の耳元に(ささや)くように報告され、深々と頭を下げて帰って行かれたのであった。


『好事門を出ず、悪事千里を行く』昔の人は実に上手いことを言ったものだ。




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