その後のお話(4)
― 6.笑い般若と泣き娘 ―
男の手が頭を離れると、すだちは軽い喪失感を感じた。
もう少し、もうちょっと撫でて欲しい。
そんな言葉が口からこぼれ落ちそうになり、あわてて半開きになった口元を閉じる。
「あの、貴方は誰なんですか」
「忘れちゃいましたか?」
男がしゃがんですだちの顔を覗き込んでくる。
「夭夭ですよ、ゆずさん」
『夭夭』と『ゆず』、その二つの名前を聞いた瞬間、すだちは頭の中が真っ白になった気がした。
遠く昔に聞いたような、優しい響きの名前だった。
「よう、ようさん?」
口に出してみると、その声はまるで自分のものではないかのような、か細い鈴の音が如き響きであった。
気がつけば、頬を生暖かい液体が伝っていた。
「あ、あれ?」
不意に流れ出した涙に動揺するすだちだったが、それ以上に動揺している者がいた。
『笑い般若』である。
笑みを消し、口に手を当ててよろめきながら後ずさっている。
「夭夭?ばかな…そんな、そんな、貴方が…夭夭さん?嘘だ」
「はて、知り合いでしたかね」
夭夭は首を捻った。
前世でも今世でも、『笑い般若』に遭遇したことは無いし、今の時代の妖が夭夭の名を知る筈も無い。
歴史資料館には、街を救ったの白い四尾の天狐について記載はあるものの、夭夭の名は一切残されていないからだ。
彼の名を知る者は、ほとんど居ないはずであった。
唯一柚木神社の親族を除いて。
「嘘だ!それは私が、私のはずだ。お前のはずが無い!夭夭さんは私のものだ」
『笑い般若』は、すだちに向かって長い爪を横凪に振るってきた。
華子を抱えていたため身動きが取れないすだちは、咄嗟に目をつぶって華子を庇う。
しかし、ガキンと硬質な音が響いただけで、痛みはやって来なかった。
夭夭が顕現させた鬼の爪と、『笑い般若』の爪が正面からぶつかり、お互いはじかれていた。
「お前がいなければ、いなければ!」
『笑い般若』はすだちに何度も爪を振り下ろしてくるが、その都度夭夭に阻まれる。
六度爪をはじかれると、『笑い般若』は大きく後ろへ跳んで距離を空けた。その顔は今にも泣き出しそうで、とても『笑い』般若ではなくなっていた。
両手で顔を覆い、イヤイヤするように左右に振る。
「どうしてその娘を庇うの、夭夭さん。その娘は違うの、ゆずじゃないの。何故気が付かないの」
「何に、ですか」
「夭夭さん、ゆずは私なんだよ」
『笑い般若』が顔を上げると、その姿は真っ白な髪で赤い目をした美しい少女へと変貌していた。
白狐と見紛うばかりの白い肌、小さな顔、それらはまさにゆずが転生したかのようであった。
「お、お姉ちゃん!?」
「私がゆずなんだよ、夭夭さん」
すだちの声を無視して、少女は夭夭に問いかける。
だが、夭夭は困ったように頭を掻き、そして懐から豚の置物を取り出した。
真っ黒に塗られた置物は、いわゆる蚊取り豚である。
豚の口をそっと少女に向けると、静かに地面に置いた。
「何故ゆずさんを語っているのか知りませんが、不愉快だから止めて下さい」
「そんな、夭夭さん酷い。私が判らないの?」
「人が『笑い般若』に落ちるのは、極めて稀です。気が狂う程の恨み、強烈で身を焼き尽くす程の嫉妬、そういった感情が引き金になるんですが」
「ほら、ずっと待ってたんだよ。人からおかしな目で見られても、気味悪がられても、我慢したの。だって夭夭さん私の白い毛が好きだったから。ねえ、そうでしょう」
すだちの姉は、白い髪を片手にとり、首を傾げて夭夭を見つめている。
気が触れているのかと思うほど、会話が成り立っていない。見た目は同じでも、すだちの知る姉ではなかった。
「お姉ちゃん、どうしちゃったの」
「姉!私は姉なんかじゃない、お前なんか妹じゃない。柚木ゆずは私一人でいいのよ」
「柚木、ゆず…」
「そう、夭夭さんの愛するただ一人の女性、私がそうなの。そうなんだから!」
すたちの姉は、ゆっくりと近づいてくる。
片手で顔を覆い、もう片方を軽く振ると、そこに大きな鎌の形をした光が現れる。
「そうでしょう?夭夭さん」
とびきりの笑顔でふるわれた鎌がすだちを襲う。爪による攻撃とは別次元の威力をもっていたが、いち早く夭夭が行動していた。
「防げ、擁トン!」
叫び同時に顕現した立派な黒豚が、鎌と正面からぶつかり合う。
妖力同士がぶつかり合う独特な音を上げて、両者がはじかれた。
「な、豚っ!?」
「あ、『かつどん』…」
姉妹の反応は全く異なるものだった。それを見て夭夭は嬉しそうに微笑んだ。
「ゆずさん、名前覚えていてくれたんですね」
「わたし…なんか、頭…が、イメージが勝手に」
勝手に頭に流れ込んでくるイメージに、すだちは苦しんでいた。何気ない会話、青黒檀で作った豚の置物を不細工と評し、からかう狐の姿。夭夭と呼ばれた男が頬を膨らませて反論する様子、そんな光景が流れ込んでくる。
手を伸ばせば、大切な何かが手に入りそうな気がして、すだちは片手を空に向かって差し出した。
だが、それが姉の怒りをさらに誘う。
「それは、私の記憶だ! 返せ」
上下左右から間断無く振り抜かれる鎌を、『かつどん』がことごとくその身体で受けきった。このままでは埒があかないと見たのか、すだちの姉は鎌を大きく後ろに振った。
「邪魔な豚。今、全力で壊してあげる」
巨大な妖力の流れに、さすがの夭夭も危機を感じたのか、舌打ちをして一歩下がる。すだちの肩に手をかけて、そっと囁いた。
「少しだけ、神力を貸してください」
「え、しん…?何ですか?」
「大丈夫、ちょっとだけだから」
「え、え??」
戸惑うすだちに構わず、夭夭は術を行使した。
「親愛なる黒豚かつどんに告げる。自在なる置物を依り代とし、神力をもってかの敵を討ち滅ぼさん。突・撃、渇貪、そうあれかし!」
「ふああああ」
すだちの肩に触れた夭夭の手から、ごっそりと何かが吸い取られる感覚があった。
ただ、それは気分が悪いものではなく、むしろ気持ちが良いもので…。
「あ、だめ…何これ…」
ゆずが崩れ落ちるのと同時に、輝き始めた黒豚の置物が鎌に向かって猛突進していった。
― 7.二つの魂 ―
すだちは階段に腰掛け、風に吹かれながらぼんやりと街の明かりを見ていた。
姉は、先ほど華子と一緒に社務所へ運ばれていった。
父は夭夭と二言三言かわしただけで、黙って頷いただけだった。
恐らく父は事前にある程度予想していたのだろう、驚いた様子もなく淡々と二人を抱え上げ、連れて行ってしまった。
「えっと」
とりのこされたすだちは、取りあえず階段に腰掛けていた。
横を向けば、夭夭の顔がある。
同じように街の明かりを眺めていた。
「ありがとう」
何を言えば良いのかわからず、とりあえずお礼の言葉を述べてはみたものの、それ以上どうして良いのかわからなかった。
大量の神力を失う感覚を味わったことで、ゆずだった頃の記憶を少し取り戻したのは良かったが、すだちとして生きてきた記憶の方も強烈に残っており、簡単に折り合いが付かないのだ。
そんな様子を見ていた夭夭は、苦笑まじりに自分の体験を話し出した。
「私の場合は、ある時突然記憶が全て戻ったんですよ。あの時は、酷かった。気持ちが悪くて正直気が狂うかと思いましたよ。突然帆浪夭夭という人間の魂と記憶が、それまでの私の人格をグチャグチャにかき回していくんです。そのせいで半年ぐらい引きこもりましたよ」
「そんなに長く」
「はい、でもそのくらいの時間は必要だったんですよ。そうして徐々に魂が融合していったという感じでしょうか。今は違和感なく暮らせています。ゆ…すだちさんの場合は、少しずつ取り戻しているみたいですので、状況は違うかもしれません。ただ、元は妖狐でしたからね、私の時とは違う違和感があるかもしれません」
すだちは、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
冷たい夜の空気が、火照った頭を冷やしていく。
「時間をかけるしかなさそうですね。でも、どうして私だったんでしょうね」
「というと?」
「私の姉は沖の街区の物語が大好きだったんです。それはもう、小さい頃は何度も何度も本を読み返して、中学生になったら史料を集めて研究までして。そのうち、物語に出てくる帆浪夭夭という男性に恋をしたんだそうです。私は、おとぎ話の人物に恋をするなんてと馬鹿にしてたんですけど、姉は本気だったんです。それなのに、選ばれたのが姉じゃないのはどうしてなんでしょう」
「何故なんでしょうねぇ、私にもわかりません」
恐らく神にでも聞かなければ判らないだろう。
「お姉ちゃんがある時から急に言葉を喋らなくなったのも…多分喋ると声が違うことが夭夭さんに判ってしまうからだと思うんです」
「そこまでしますか」
「だから、本気だったんですって」
「私には理解できませんねぇ。大して力もない私の、どこに惚れる要素があったんだか」
真剣に悩む夭夭の姿に、すだちはくすりと笑いを溢してしまう。
確かに、夭夭自身は大した妖力も持っていなかったし、趣味も良くなかったし、何故ゆずは惚れていたのだろうと首を傾げる。
ただ、妖に優しい不思議な人だったのは間違い無い。
「もっとも、お父さんですか?あの神主さんは、すだちさんがゆずさんだって、判っていたみたいですよ」
「お父さんが?どうして」
「だってすだちさん、ずっと『空や』の柚子を食べていたでしょう?香りがします」
「柚子…そういえば、毎朝食べてるかも」
「神主さんから手渡されてますよね」
「う…うん。良くわかりましたね」
毎朝稽古をして、境内の掃除を済ませてから社務所に戻ってくると、柚子が一つ置いてあるのだ。
小振りな柚子は他の柚子と違い、ほのかな酸味と甘みが混じる変わった味をしていた。
この柚子だけは、何故か丸かじりしても美味しいと感じるから不思議だった。
「それは柚木の神主さんと『空や』の店主しか手にすることが出来ない柚子でしてね、もともと妖用の果実なんです。人が食すれば、妖を引き寄せる事になって、非常に危険な状況を招くんです」
「わ、私毎日食べてたんですけど」
「よかったですねぇ、これまで何事も無くて」
「ちょっとお父さんってば、無責任すぎるんじゃないの!?」
「ゆずさんの魂が入っていれば大丈夫だと思ったんじゃないかなぁ」
大笑いする夭夭の脇腹を小突いて、猛抗議する。
笑い事では無い、今まで何事も無く過ごせたことが不思議なくらいである。
もっとも、夭夭によれば『笑い般若』となった姉がいたおかげで、力の弱い妖は寄ってこられなかったのではないかという。
その時、姉を護っていたつもりで、逆にずっと護られていたのだと気がついた。
ゆずとして選ばれなかった事に苦しみ、妹に嫉妬し、柚子が醸し出す香りの誘惑に我慢し続け、それでも妹を護ろうとしてきた姉は、苦しみながらも、ついに天秤の均衡が崩れ、妹を喰らおうとしてしまった。
何が切っ掛けになったのか判らないが、ふとしたことで容易く崩れるほどギリギリの状態だったのだろう。
そんな事も知らず、毎日安穏と暮らしていた自分が恥ずかしかった。
「お姉ちゃん、ごめん」
ボソリと呟くと、夭夭の手がそっとこめかみに当てられ、肩へと引き寄せられた。
暫くその肩に甘えて、泣いた。
― 8.エピローグ ―
次の日、すだちは学校の机に頬杖を突いて、ぼんやりしていた。
外は穏やかな晴れで、ひるね日よりである。
そこに、これまたいつもの明るい声が聞こえてくる。
「すーちゃん」
一見お嬢様風だが誰にでも気さくに話す華子は、ここのところ男子からの人気も上昇傾向にある。
チラチラと盗み見る視線を確認する。
今日は二人分増えているようだ。
「んー、なにー」
気のない返事を返していると、後ろから抱きつかれた。
一瞬ビクリと身体が反応するが、動揺を隠すように平静を装う。
「何よ、部活なら入らないからね」
「それはもういいよ。それより、お姉さんの事、どうなったの」
「ああ、うん」
何とも言えない渋い顔をして、すだちは今朝の事を思い返した。
今朝は少しいつもより遅めに目が覚めた。
昨晩の出来事が響いたのか、怠く重い頭を振りながら、ダイニングへと向かうと、ふんわり甘い香りが漂ってくる。
ひょいと覗き込むと、普段見かける事の無いホットケーキに珈琲という洋食セットが置かれていた。
「あれ?お父さんが作ったの?突然どうし―」
目を擦りながら席に着こうとして、隣に座る男性と目があってしまった。
数秒の間、時が凍り付く
「おはようございます。勝手ながら朝食は私が作らせてもらいました。それにしても、ゆずさんのパジャマ姿を拝める日が来るとは夢にも思いませんでしたよ」
満面の笑みを浮かべているのは、夭夭だ。
昨晩危機からすだちを救ってくれた、前世の夫だが、今のすだちにとって、そんな過去は全く関係が無い。
思い切り悲鳴を上げて、椅子にあったクッションを投げつけると部屋へと駆け戻った。
だが、きっかり15分後、ムスッとした顔で席に座ってホットケーキを頬張っていた。
朝はお腹が空くのである。
「それで、どうなったんですか」
「何が?」
すまし顔で応える夭夭に多少苛つきながらも、姉と華子の事を聞き出した。
すだちの姉は沖の街区中央にある、旧家の屋敷で暫く静養することになった。
『笑い般若』の部分は夭夭が滅したが、一度妖に変化した人間は、容易くまた変化する可能性があるため、じっくりと治療する必要があるためだった。
「お見舞いとかは出来るんですよね」
「暫くは、刺激するから止めた方がいい。早くても三ヶ月は待たないと」
「そんなにかかるんですか」
「一度人を殺めているんですよ」
「そう、でしたね」
夾竹桃で見た光景を思い出し、俯くすだちに珈琲が差し出された。
黙ってマグカップに手を添えて、一口飲むと、口の中にほのかな苦みが広がった。
妖絡みの案件の処理は、解師の裁量が非常に大きい。
『笑い盤若』の能力さえ滅してしまえば、すだちの姉は一般人と何ら変わり無いので、夭夭の判断でこのような措置を取ることが出来た。
一方の華子は、自分をコントロール出来ているし、人を殺めたわけではないため、解師の監視付きで今まで通りの暮らしを続けることになった。
それを聞き、すだちはほっと胸をなで下ろしたのだった。
「それはそうと、お父さんは?」
「ああ、役所へ手続きに行かれています。色々と地元の有力者と繋がりが深いそうなので、ちょっとしたお願いを」
「ちょっ、お父さんを変な事に巻き込まないでよ」
「あれ、娘の命を救ってくれた恩人に、この位のことはおやすいご用です、とおっしゃってましたが」
「ぐ…」
痛いところを突かれて、黙り込むすだちの前に、夭夭の手が差し出された。
手の平には、小振りな柚子が一つ乗っている。
「これって」
「『空や』の柚子です」
「あのねえ、これ食べたらヤバいやつなんでしょう?冗談は止めてよ」
「大丈夫ですよ、これからは私が居ますし、なにより食べて頂かないと」
「頂かないと?」
「神力が溜まりません」
「神力って?」
「私が術を行使するときに、ちょこーっとお借りしたあれです」
「ああ、あのゴッソリ抜かれたあれですね」
「それです」
「絶対食べない!」
「何故っ!?」
暫く押し問答が続いたが、途中出中断すると身体に悪影響が出るかもしれないと脅かされ、不承不承口にすることになる。
なんだか騙されてるとブツブツ文句を言いながら、完食したのであった。
話を聞いていた華子は、呆れ顔ですだちの頭を撫でて慰める。
「しっかし、そんな怪しいもの良く食べたね、すーちゃん」
「別に毎朝食べてたから、今更ではあるんだけどさ」
「そっか。でも、すーちゃんから美味しい香りが立ち上ってたのは、そういう事だったんだね。私が襲いたくなるのも仕方ないってことか」
「仕方なくない!もう、あんなのは止めて」
「わかってるよ、冗談。それに監視とやらがあるみたいだし」
「うーん、どこから監視するんだろうね?忍者みたいに天井にへばりついて、バラしたら即お命頂戴とか」
「すーちゃん、物騒なこと言うのね。今なら隠しカメラとか軍用の赤外線スコープとか色々あるんじゃないかな。はたまた衛星使って二十四時間監視するとか」
「あたしゃ、華子の思考のが怖いよ」
そんな他愛の無い話をしていると、チャイムが鳴った。
担任の先生が入ってきた、いつものつまらないホームルームが始まるはずだった。
だが、その日は少しだけ違った。
「ねぇ、誰あの人。先生?」
「背が高いし、ちょっとイケメンじゃない」
「うわぁ実習生かな、摘み食いしてもいいかな」
そんな囁き声が女子の間から漏れ聞こえ始め、騒音がうねりとなって広がろうとした時、絶妙のタイミングで担任がバンバンと教卓を叩き、ホームルームが始まった。
当然生徒の注目を集めているのは、隣に立つ男性だ。
すだちは呆然と口を開き、華子は「チッあいつが監視者か」と舌打ちをする。
男は俳優のような顔立ちで、痩身だが落ち着きがあり武道をやっていそうな体格をしている。その上優しそうな笑みを漏らしていた。
女子のテンションがマックスになった瞬間、担任が男性を紹介した。
「今日からこのクラスを受け持つ事になった、帆浪夭夭先生だ」
「帆浪です、みなさん宜しく。やあ、すだちさん、そこでしたか」
頭を上げた夭夭が、目ざとくすだちを見つけて手を振った。
もちろん、全生徒の視線が一斉にすだちの方へと向く。
これはヤバイ。
上手く切り抜けなくては、ピンチが危ない。
間違えた、危険が危ない。
いや、頭痛が痛い。
そうじゃなくて…
すだちが混乱する間に、女子の一人が手を上げて質問をしてしまった。
まさに、その一言に全ての疑問が集約されていた。
「柚木先生って、すだちと知り合いなんですか?」
「ん?ああ、そうですね。私は彼女の―」
すだちはガバッと机に突っ伏した。
腕で耳を塞ぎ、暗闇の中で目を閉じて現実から逃避した。
前世で生涯の愛を誓い合ったこの男が、次に何を言うか判ってしまったからだ。
そしてその後教室で起こるであろう騒乱の渦中に投げ込まれることも。
それでも、すだちの口元は笑っていた。
あの時は二人きりの結婚式だったけれど、今度は多くの人に祝福されてみたい。
そのくらいのささやかな願いは、神様も許してくれるだろう。
徐々にゆずの魂が溶け込んでくるのが判った。
ゆずもまた自分なのだと、受け入れて生きていく事に決めた途端、すっと心が軽くなった気がした。
(夭夭さん、約束通りちゃんと逢いに来てくれたんだね)
その日、沖の街区での結婚式が無いというのに、何故か『狐の嫁入り』が観測されたという。
『あやかし狐はゆずの味』完
これにて完結です。
お付き合いいただきまして、本当に有り難う御座いました。




