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二話 壁と少女の偏愛(2)

― 3.骨太な性格 ―


 『空や』から母屋に入ると、磨り硝子から射し込む柔らかい光に照らされた廊下が奥まで続いている。キシリと軋むフローリングの床を進んでいくと、古ぼけた白い木の扉に突き当たった。


「珍しいですね、『てんてんの部屋』に入るなんて」

「なりふり構っていられない相手ですから」


 てんてんの部屋とは、二代前の『空や』店主が相方のために作ったものだ。『空や』で歴代最強と謳われた男もまた、例に漏れず相方のテンを『てんてん』と呼び、溺愛していた。そしててんてんが飽きないようにと、古今東西の様々な面白道具を収集して飾ったのがこの部屋である。滅多に使われる事はなく、ゆずも入るのは初めてだった。


「先々代は相当な外道でしたが、道具の選択眼は確かでしたからね。役に立つ道具の一つや二つくらいあるでしょう」

「先々代って、人格者だったと聞いてますけど」

「ゆずさん、騙されてはいけません。この部屋を作った真の理由は、てんてんを人化させる為に収集しまくった道具の墓場なのです」

「え、人化…できたんですか!?」

「わかりません。しかし可愛らしい(あやかし)を人化させるなんて、外道以外の何者でもありません。あるがままの姿を愛でるのが真の解師というものです」

「あ、うん、そうですね」


 熱のこもった主張に、ゆずは若干引き気味に返事をした。


 ほこり臭いですねなどと文句をたれる夭夭の肩から飛び降り、部屋の中をぐるりと見回す。夭夭は道具の墓場と称していたが、むしろ玩具箱のようだ。


 手近なテーブルに飛び乗ってみると、小さな木の玉に顔がかかれたヤジロベエがいた。チョイと玉を突いて揺らしてみると、バカッと口が開いてゲタゲタと大声で笑い始めて噛みつこうとしてくるではないか。びっくりして跳び退ったら、テーブルから落ちた。


「おっと危ない」


 咄嗟に伸ばした夭夭の手に引っかかり事なきを得たゆずだが、無闇に触ると危険であるとわかったらしく、そのままスルスルと腕を伝って首に巻き付いた。ゆずは、認識を玩具箱から外道の道具箱に改める必要があるかもしれないと思った。


 それから小一時間は捜索したが、全くと言って良いほど収穫は無かった。一度転ばされたら八度目もやっぱり転ぶ【蜂ころがし】、背筋を舐められた感覚を送り強制的に悲鳴を上げさせる【絶対こんにゃく】、吸い込むと一〇分はクシャミが止まらないという花【鼻水洗】などなど、見つかるのは嫌がらせのための道具ばかりだ。

 さすがのゆずも疲れたらしく、人骨標本の頭を尾でぶっ叩いてストレスを発散していた。


「変なモノばっかり!」

「残念ですが、今回使えそうな道具はありませんでしたね」

「まったく、無駄骨ですよ」

「あ、ゆずさんそれは禁句―」

「ぎゃー!」


 ガラガラと崩れ落ちてきた人骨に埋もれたゆずを、慌てて掘り起こした。なんとこの骨格標本、名前がついている。首から下げられた名札に『無布(ないぶ)』とかかれているのを見たゆずは、無言で夭夭に説明を求めた。

 わずかに逡巡した夭夭だったが、これ以上ゆずの機嫌が悪くなるのを怖れて棒読み口調で説明をする。この骨格標本は、無駄骨を折ったとか、骨折り損のくたびれ儲けだなど骨がらみの言葉を聞くと過剰反応するのだそうだ。それを知った先々代が『ナイーブな性格だな、骨太な俺とは正反対だ』と豪快に笑いながら命名したのだとか何とか。


「骨に、性格なんて、あるもんですかっ」


 ゆずはプリプリ怒りながら肋骨らしき骨を蹴りつけている。相当怖かったらしい。

 その様子を眺めていた夭夭は、優しく抱き上げながらボソリと独り言をつぶやくのだった。


「これは、使えるかも」



― 4.甘酸っぱい柚子の ―


 夕刻の三条邸は、館全体を真っ赤に染め上げていた。それはまるで朱鷺の壁に描かれた空のようでもあり、これから起こる惨状を警告するかのようにも見えた。

 あまりに禍々しい光景を前にして、夭夭とゆず、それに人骨の無布交えた珍妙な団体は門の所で立ち尽くしていた。

 これは訪問する時刻を間違えたかなと苦笑いを浮かべる。


「夭夭さん、ちょっと気になることがあるんですが」

「なんですか」


 ゆずが深刻そうな顔で聞いてきた。

 無理もない、実力は当代一と言われた解師が喰われているのだから、相方として慎重にならざるを得ないのだろう。妖力に敏感なゆずのことだから、何か気が付いたことがあるのかもしれないと、真剣な表情で耳を傾けた。


「掛水さんって、夭夭さんの思い人ですか」

「はげ?」

「禿?」

「そうじゃなくて。ゆずさん今なんと」

「掛水さんの話をしてた時、夭夭さんが寂しそうな顔をしてたから、もしかして好きだったのかなって」

「おおう、ゆずさん!」

「うわあ?」


 突然顔を埋めて頬ずりをしてきた夭夭に、ゆずパンチが炸裂したのだが、一刻に怯む様子が無い。

 それどころが、嬉しそうに頬ずりをしている。


「突然なんなんです!」

「いやあ、嬉しいなあと。大丈夫私が愛しているのはゆずさんだけです」

「何を訳のわからないことを!」

「それはそうと」

「誤魔化すつもりですか」


 殴られた頬をさすりつつ、夭夭は満面の笑みで話を続ける。


「六さんの本名をご存じですか?」

「六太郎」

「さらりと適当にいいましたね。本名は掛水六之丞(ろくのじょう)というんです」

「六之丞って顔では…え、掛水?じゃあ、サナ江さんって」

「奥さんです」


 掛水家は、代々優秀な解師を輩出してきた名家である。本家嫡男として期待されて誕生した六之丞は、賢明に努力した。怪異の文献を読み漁り、有名な解師に個人指導を受け、寝る間も惜しんで仕事をこなしてきた。だからこそ、21歳の時に出会った9歳の少女に軽々と超えられてしまった時、六之丞の中でプツリと糸が切れてしまった。

 その少女というのが、後の妻サナ江である。とある事件でサナ江を助けたつもりが、反対に助けられてしまったのがきっかけで六之丞は解師を引退し、妻と一緒に今の店を開いたという。


「それからは解師の仲介人として妻を助け、3年前にその妻を失い、現在に至るというわけです」

「それで六さん、辛そうな顔してたんですね。でも夭夭さんも沈痛な面もちって感じでしたよ」

「私の技術指導者だったんですけどね、あの夫婦のシゴキは地獄なんですよ、文字通り。二人そろって腹黒いし、気を許したら骨の髄(・・・)までしゃぶり尽くされて死んで―あ、いけね」

「あ」


 三条邸の入り口で、ガラガラと崩れ落ちる骨の音が響きわたった。

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