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十一話 ある屋敷の怪異(7)

本日三話投稿しています。

(5)を新たに挿入、(6)は旧(5)を大幅改変しています。

お手数ですが(5)に遡ってお読みいただきたく、お願いいたします。

― 13.鳥居の果てに ―


 解師協会の門をくぐり建物の中に入ると、何故かひっそりと静まりかえっていた。門からは無数の妖が溢れ出しているはずなのだが、小さな妖ひとつ見つからない。


「妖が出きったのでしょうか」

「それは無いでしょうね。前回は一ヶ月妖の行進が続いたそうですし、別の理由があるんでしょう」


 理由はわからないが、今の状態で強力な妖を相手にしなくて良いのはありがたいことだと、夭夭は苦笑いしている。

 実際、片腕は完全に使えない状態で脚を引きずり、まさに満身創痍といった様相だ。

 壁にもたれ掛かりながら、なんとか息を整えると、幹部専用の会議室へと向かった。


「こりゃ酷い」

「う、気持ちわるい」


 ふすまを開いたと同時に、むせかえるような血のにおいがした。

 道中でも酷い遺体は数多くみてきたが、ひときわ惨たらしい死に方だった。


 壁にこすりつけるようにして人の残骸が残されている。

 何かが破裂したような痕を残した畳には、様々な液体が染み込んでいる。

 原型をとどめていないのでわからないが、わずかな着衣の模様から正三位以上の幹部たちだろうと思われた。


「何でこんな危ないところにいたんでしょう」

「たぶん彼らは協会が一番安全だと思っていたんじゃないですかね。六さんあたりから『門は沖の街区に出現する』とかなんとか偽情報掴まされて。後は、私とゆずさんに解決させておいて、自分たちは高みの見物という腹づもりだったんでしょう」

「思惑が外れたってことですか、ざまあみろです。でもここに門が現れたんだとすると、やっぱり妖が居ないことが気になりますけど」

「案外、引きこもってるのかもしれませんよ」


 見回してみても、この場に妖の気配は感じられない。

 ならばさらに先にいくしかないだろう。


「夭夭さん、この先って何があるんです」

「んー、まあ茶室とか色々。最奥は儀式の部屋だったか…な…」


 夭夭はからりと板戸を開けながら、盛大に首をひねる。

 それなりに協会の内部構造は知っているつもりだったが、目の前に広がる光景を見ると自信がなくなる。

 混濁した闇に覆われた空間に一筋の道があり、そこへ白木の千本鳥居が続いているのだ。

 

「これはまた見事な。伏見の本宮のような光景ですね」

「夭夭さん稲荷の本宮を見た事があるんですか」

「呼び出されて、嫌がらせをうけたことはあります」

「一体何をやらかしたんです」


 呆れるゆずを懐にしまいつつ、鳥居をくぐる。

 屋内にこんな広大な空間が入るはずもないので、何らかの力で空間をねじ曲げているのだろう。

 一歩進むごとに、妖力に干渉してくる不快な感覚がある。


 どのくらい歩いただろうか、気がつけば終点が見えていた。

 最後の鳥居だけが、黒く塗られているのが気になったが、それよりも鳥居の先にいる人物に目を奪われる。

 現代の解師が着る制服と違い、古式ゆかしい解師の衣装だった。

 冠をかぶってはいないものの、上着としての黒い狩衣と袴、浅靴をはいた出で立ちの女性は、背中を向けて両手を広げている。

 そして広げた手の先では、五体の傀儡子(くぐつし)が舞うように妖を屠っていた。


「あれえは…サナ江さん!」

「ん?ああ、夭夭かい。やっと来たのか。今、ちょいと忙しいんだ、待っとくれ」


 首を回して夭夭達を一瞥してから無愛想に応えると、また正面へと向き直ってしまった。

 愛弟子との邂逅なのだから、もう少し感動的な言葉をかけても良いと思うが、今は傀儡子を操るのに手一杯のようだった。

 予想外の反応に困った顔で頬を掻いていると、めまぐるしく動き回る傀儡子の一体に見覚えのあるリボンを見つけた。


「あ、どこかで見たと思えば、ゆずさんにブッ飛ばされた人形じゃないですか」

「人形では無い、秋白だ!」

「はいはい秋白さんね」


 秋白は、傀儡子の中で唯一自立行動をしていた。

 だが以前見かけた時と違い、全身が真っ黒になっていた。


「マシマシですか。これが本来の使い方なんですね」

「そうだよ、元来生物に使うものじゃない。傀儡子に使うのが正解なのさ」


 サナ江が応える。

 人間や妖に使うには、副作用が大きすぎるのだそうだ。

 それなら最初から傀儡子で実験していれば良さそうなものだが、現存する傀儡子はわずかに六体しかおらず、製法は失われているため無闇に実験するわけにもいかなかったという。


「だからといって妖を実験動物みたいにするのは」

「なんだい、結果して街を護ってるわけだろう、文句いいなさんな」

「え、護ってる?」

「馬鹿夭夭め、頭を使え」


 百鬼夜行・裏抄が発生したにしては妖の数が少なすぎると思っていたが、どうやらマシマシした妖が各地で侵攻を防いでくれていたのだ。

 そしてサナ江自身は最前線で溢れ出す妖を葬り続けていた。


「他まで手が回らないから、協力的な妖を使ったんだよ。奴らも力が手には入って喜んでるし、街の人も護られる、丸く収まって万々歳じゃないか」

「なんか納得できませんけど、まあいいですよ。あれ、しかし黒髪を集めていた集団はサナ江さんとこじゃなかったんですね」

「ああもう、集中できないだろ、話は後だ」

「はいはい」


 サナ江は、古めかしい白木の門が半開きとなり、そこから溢れ出している妖を、傀儡子を使って封じ込めている。

 夭夭の成すべきは、ただ一つ。

 門を閉じる事だ。


「ゆずさん、金鬼の腕で一気に閉じましょう。両腕行きますよ!」

「ひいぃ、ようりきがあー」

「諦めてください」


 夭夭は土産屋で売っているサイズの熊手を二つ手のひらに乗せる。


「堅牢なる千方の金鬼に告げる。鬼子熊手を依り代とし、不壊の宇天(うて)となれ。そうあれかし!」


 夭夭の腕が黄金の輝きとともに鬼の腕へと変化する。

 慌てた妖達が夭夭へと目標を変えるが、サナ江の傀儡子がそれを許さない。

 膨大な妖力を吸収した双腕が、周囲を圧倒しつつ門へと近づいていき、その縁へと手をかけた時だった。


「いやはや、残念な事だ」


 しわがれた声と共に、鬼の腕が二本ともその根本から切り落とされていた。


― 14.思わぬ人、思う人 ―


 僅かな空白があり、その後夭夭の絶叫が響いた。

 同時にゆずが叫ぶ声が重なり、転げ回る夭夭と一緒に恐怖と混乱を引き起こしていた。


 何があったか理解出来た者は、その場にただ一人だけだっただろう。

 夭夭の腕を切断した男、その人だ。


「もう少し冷静な男だと思っていたんだが、案外熱血漢なんだな、夭夭」

「お前は、確か七井戸か」

「おや?憶えていて下さるとは光栄ですよ、掛水サナ江元正四位」


 夭夭との間に割り込んだサナ江が、七井戸を睨み付けていた。

 左右に展開した六体の傀儡子は、いつでも七井戸を襲いかかれる位置で体勢を整えている。


「幹部連中を殺したのは、貴様か」

「そうですねぇ、直接手は出してませんけど。まあ良いじゃないですか、実力もない老害と呼ばれる方々なんですから、むしろ感謝してもらいたいですね」

「人類の害虫が何をほざく」

「虫扱いとは酷い」


 苦笑する七井戸の姿は、すでに隠すこともなく妖怪そのものであった。


「お主、『ぬらりひょん』か」

「いかにも」


 だが、巻物で見るような老人の姿ではなかった。

 頭が人よりも大きいものの、まだ三十ぐらいの若々しさを感じる男性の姿をしている。


「今回の計画、お主が仕組んだ事だったというわけか、妖の総大将よ」

「ああ、その総大将っていうのは全くの誤解なんで、止めて欲しいね。私はただちょっとだけ野心のある妖ってだけだよ。百鬼夜行・裏抄を統率するなんて、とてもとても。何しろそれ自体が妖みたいなもんだからね、こいつら」

「随分とまあ良く喋る」


 サナ江は秋白が夭夭の応急手当をしている所を横目で確認しながら、話を続けた。

 今は少しでも時間を稼ぎ、夭夭を回復させなければならない。

 彼が最後の切り札なのだから。


「暫く観察させてもらったけど、結構粘るよねぇ、君達。特に掛水さんはもうお婆さんなのに、あ、もう人間じゃないからお婆さんは変か」

「五月蠅い」


 傀儡子を一体七井戸へ突撃させるが、投げつけられた液体を被った瞬間に、傀儡子はサナ江の制御から外れてしまった。

 いとも容易く無力化してしまった七井戸に対して、流石のサナ江も警戒心を一段階上げざるを得なかった。


「やだなあ、傀儡子の存在を教えたのは私だったじゃないですか。忘れましたか」

「そんな昔の事は憶えてないね」

「昔だったっけ?まあ、だからもちろん弱点だって知ってるわけですよ。ガマの油、これが妖力の伝導を拡散させてしまうんですよねぇ、でしょ?」

「本当に良く喋る餓鬼だ」


 自慢げに講釈をたれる七井戸に、そろそろサナ江の忍耐も限界を迎えていた。

 傀儡子の弱点など、言われなくともサナ江には充分判っている。

 そして当然それを補完する方法もまた、手に入れていた。


「ご託はうんざりだよ。さっさと消えちまいな」

「せっかちだねぇ」


 五体の傀儡子が同時に七井戸へと襲いかかると同時に、夭夭の側で応急処置をしていた秋白が飛び上がり、ふわりと宙を舞った。

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