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十一話 ある屋敷の怪異(6)

本日三話連続して投稿しております。

(5)をあらたに挿入、(6)は以前の(5)を大幅修正してのアップとなっていますので、お手数ですが(5)からお読み下さいませ。

― 11.諦めない人 ―


 正門で牛鬼を葬り去った時点で、夭夭の体力や妖力は限界に達していた。

 香炉の効能であっさり勝負が付くかと思ったのだが、相手も必死に抵抗してきたので、泥沼のど突き合いになってしまったのだ。

 これ以上防衛に専念していても消耗戦になるだけで、いずれ無尽蔵に沸いてくる妖達に街が飲み込まれるだろう。


 ここらが潮時だと、判断した。


「蛍子さん、もう元を叩くしか無いんですよ」

「駄目です」

「いや、状況わかってますよね」

「だからって、夭夭さんだけが行く必要はありません」


 蛍子の屋敷で、夭夭と蛍子が言い争っている。

 もう随分と長いこと話し合っているが、平行線のままだ。

 単独突入しようとする夭夭と、主力の妖全員で行くべきだと主張する蛍子。


 だが、主力の妖が街を離れたら、数刻とたたずして沖の街区が崩壊するだろう。

 そんな事を夭夭が許すわけもない。


「玉砕なんてのは、愚か者がする事です」

「人間の夭夭さんが一人で行っても、どうにもならないじゃありませんか!相手は一体やニ体じゃないんですよ」

「大丈夫、実は『空や』秘伝の必殺技があるんです」

「必殺技?」

「そう、これがあれば百や二百余裕です。あの牛鬼ですら一発でしたからね」

「伝説の牛鬼が。本当ですか」

「もちろん、です。あ、この香炉なんですけどね、ちょっと嗅いでみてください」

「そんなもので…あ、なんか良い香…り…え…ちょ、よう…」


 崩れ落ちる蛍子の体を支え、側に控える天狗へと預けた。


「随分な必殺技だな。蛍子や喜久乃に害を及ぼすものなら、容赦はしないが」

「寝るだけですよ。二時間もすれば気が付きます」

「その程度か。ならば、牛鬼に効いたというのも嘘だな。」

「さてね。ああ蛍子さんが起きたら、伝えてください。総大将たるもの簡単に本陣を離れたらいけませんって」

「蛍子も喜久乃もそういうつもりで言ったのでは無い。わかっているのだろう、彼女たちはお前と共に」

「私はね、天狗さん」


 天狗の言葉を遮る。


「最後まで諦めない人が好きです、そう伝えてください」

「自分で伝えろ」

「残念ながら、無理なんですよ」


 何か言いたそうな天狗の前から逃げるように立ち上がると、闇に紛れて屋敷を後にした。




 バシャバシャと音を立てて走る音が、ずっと続いている。

 

 ゆずは、まどろみの彼方へと墜ちていきそうになる意識を、必死につなぎ止めていた。

 夭夭が水鬼の技を振るうたびに、決して少なくない妖力が消費されていく。

 そうして辺り一面の妖を退けてから、水浸しになった地面にバシャリと音をたてて走り出す。

 

 屋敷を後にして正門を抜けた後、強引に妖の群を水鬼の技で切り裂きながら進んでいた。

 流石のゆずも、頻繁に使われる大技のせいで妖力が枯渇してきている。

 目的地までは徒歩で2~30分、走れば10分程度なのに、永遠の彼方にあるかのように感じられる。


「ゆずさん、もうちょっと頑張って下さい。もうすぐ着きます」


 夭夭の懐に抱かれ、何度も声を掛けられているが、眠気は増すばかりだ。

 もうこれ以上は無理だと叫ぶ寸前で、目的地に辿り着いた。


「よかった、やはり『空や』は無事でしたね」


 『空や』の敷地は柚木神社の神域と認識されているようで、妖は一切侵入していない。しばらくここを拠点にし、急速を取って準備を整えてから、解師協会へと乗り込む算段である。

 店に入ると、懐かしい香りとともに静寂が訪れた。


「まずはひと息しましょう。ゆずさん、お一つどうぞ」


 カウンターでぐったりと寝そべるゆずに、裏庭から戻ってきた夭夭が『空や』の柚子を差し出した。

 

「夭夭さん、私今朝食べましたよ。二つはまずいんじゃありませんか」

「まあ緊急事態ということで、許して貰いましょう、このままでは妖力が持ちません」

「そんなものですか」

「だいたい、そんなものです」


 そんなものなら、あれほど厳しく禁じなくても良かったのではないかと文句を言うと、柚子を下げられそうになったので慌ててかぶりついた。


 『空や』の柚子は妖力を回復してくれるし、何より眠気を払うにも最適だ。

 後は少しゆっくりするだけで万全の状態に持っていける。


 しばらく夭夭の膝で眠ったのだが、目が覚めたらカウンター横の椅子にそっと寝かされていた。きょろりと見回すと、廊下から夭夭が戻ってくるのが見えた。


「おや、もう起きたんですか。まだ寝てても良いのに」

「ん、もう大丈夫。どこに行ってたんですか」

 

 聞けば、てんてんの部屋へ道具を取りに行っていたという。

 思ったよりも面倒くさい道具だったので、時間がかかってしまったのだとか。


「夭夭さんが面倒くさいっていう道具ですか。たぶんろくでもない道具なんですね」

「どういう意味ですか。まともですよ、たぶん」

「たぶん、ね」


 『空や』の裏庭に置かれたその道具は、やはりろくでもない物だった。


「夭夭さん、何ですかコレ」

「見たとおり、骸骨です」

「見ればわかります。でも私の知ってる骸骨とは大きさが違うようです」

「まあ、無布が乗り込むための骸骨ですから、多少大きいかもしれません」

「多少の言葉使いを間違えてますよ」


 ちいさなゆずから見上げると、それはもう巨人の域である。

 『相馬の古内裏』という物語の浮世絵で描かれた巨大な骸骨を思わせるそれは、何故か肋骨の内側に無布が入っている。


「先々代、合体が趣味でして」

「変態ですね」

「否定しません」


 しかし破壊力は折り紙付きである。

 踏み出した足が『空や』を取り囲む妖に向けられると、そのまま勢いよく踏み抜かれた。

 衝突時に起こる妖力の衝撃波に巻き込まれ、一体の妖が全滅した。


「もう、コレ一体あれば勝てるんじゃないですか」


 ゆずの呆れた顔に、夭夭は真面目な顔をして応える。


「それが、彼女は結構恥ずかしがり屋でしてね。あと妖力喰らいなので長く動けません」

「彼女!」

「そうですよ。ほらあそこ、リボン付けてますよ。かわいいでしょ」


 よく見れば頭部の横に、可愛らしく真っ赤なリボンを付けていた。

 そこに存在するだけで恐怖を覚えるほどの巨大な骸骨が、リボンである。

 ゆずは目眩を感じながらも、かろうじて言葉を返した。


「かわいい、かな」



― 12.協会前の男 ―


 途中まで巨大な骸骨に道を作ってもらい、妖力を温存することができたのだが、目的地である解師協会よりも随分手前で、ガラガラと崩れ去ってしまった。

 その様子は、力尽きたというより腹が空きすぎて倒れたという感じであった。


 もっと大量の妖が襲ってくるだろうと思っていたのに、予想より遙かに数が少なかったせいで妖力を吸収することができず、巨大な体を維持することができなかったのだ。


「おかしいですね。門が解師協会にあるなら、妖が発生する点に最も近いはずなんですが。いくら何でも少なすぎます」


 眉をひそめる夭夭だったが、原因を調査している余裕は無かった。

 予想より少ないとはいえ、膨大な数の妖は依然として残っているのだ。


「ゆずさん、妖力は」

「万全です」

「じゃ、私も大盤振る舞いしますか」


 ゆずが『ゆずカッタア』を乱れ打ちをする傍らで、てんてんの部屋から持ち出した小道具を惜しげもなく投入していく。

 玩具箱から飛び出した舌が妖をひと飲みにしたかと思えば、ふわふわと宙を漂う綿毛に全身を覆われた妖が液体のように溶け出す。

 瞬く間に妖の死体が詰み上がっていった。


 それでも打ち漏らしは出てくる。

 ゆずをすり抜け、てんてんの小道具を置き去りにして迫ってくる妖によって、夭夭の体は徐々に傷ついていった。


 歩けば十分くらいの道のりに、一時間はかかっている。気が付けば、折れた左腕の激痛に顔をゆがめ、額から流れ続ける血に視界を遮られ、満身創痍になっていた。

 傍らで尾を振るうゆずも、動きにキレが無くなっている。


 そうしてようやくたどり着いた解師協会の前には、ぽっかりと妖のいない空間ができあがっていた。広場の中心に、男が一人背を向けて立っている。


「あれは」

「夭夭さん、ダメです!」


 ゆずは制止するが、夭夭の耳には全く届いていなかった。

 見慣れた解師の服装を着たその男は、背中をざっくりえぐられ肋骨がむき出しになっている。誰がどう見ても生きているはずは無い。

 それでも夭夭は、地面に広がったおびただしい血の上をフラフラと歩き、男に近づいていった。


「六さん、六さんじゃないですか」


 夭夭の呟きと同時に、男が手に持っていた薬瓶がするりと落ちて割れた。

 マシマシの薬瓶だろうか、六はそれを使って戦ったのだろうか。

 意識がそちらに向いた時だった。


「ぐおおぉぉ」

「うわ、何す、いってえー!」


 六の頭がぐるりと半回転し、夭夭の左腕に向かって噛みついていた。

 激痛を感じる前に、ゆずが『ゆずカッタア』首を切り落としてくれたが、噛み千切られた左腕はもう使い物にならなそうだ。


「六さん、なにするんです!」

「っぺっ。んだ夭ちゃんじゃねぇか、マズイもん食わせやがって」

「あんた、人間やめたのか」

「仕方ねぇだろ、こんな物騒なとこで人間なんざやってられっか」


 ぐりっと首を回すと、背中から白煙が上がり始める。

 再生を始めたようだった。


「それが、マシマシの完成型ということですかね」

「まあな。再生能力がある妖なんざ、そういないだろ。影も使えるし、そうそう負ける気もしねえ」


 話しながら、六の右手から放たれた黒い影が生き残った妖を次々と刺していった。

 解師時代に使っていた『影走り』という拘束するだけの術が、凶悪な技に成長していた。


「そうすると、サナ江さんは中ですか」

「ああ、ケリを付けに行ったよ。俺は、邪魔が入らんようにこうして入り口を封鎖してんだ」

「発生場所を偽ったのも、私を遠ざけるためですか」

「そりゃ違う。沖の街区を護ってもらいたかったからだよ」


 六は夭夭が一人前の解師になるよりずっと以前から、沖の街区へと妖を送り込んでいた。思い入れは夭夭以上に深いのだ。

 一旦百鬼夜行・裏抄が発生すれば、沖の街区が飲み込まれてしまうのは目に見えていたので、妖や街の人を統率する人間が必要だと考え、一計を案じて夭夭を送り込んだのだった。


 しかし、六や夭夭が思うほど沖の街区の妖も住人も弱く無かった。

 生き残るために、なにが必要か考え、妖達と協調して街を護っている。

 余計なお世話である。


「それに私には『空や』の主としての使命がありますからね」

「まだそんな古くせぇ事にこだわってんのか」

「骨董店ですからね、店主も古いんですよ」

「ま、ちげぇねえ」


 カラカラと笑いながら、六の両腕が左右に開いた。

 そこから放たれた十本の影が、綺麗な半円を描き、協会入り口までのトンネルを作り出した。


「サナ江の奴ぁ、首謀者と話しつけに行ってんだが…まあ門まではどうしようもねぇだろう。そこは『空や』の領分だからな」

「んじゃまあ、ちょいと片付けてきますか」

「…道作った俺が言うのも何だが、いっそ逃げちまってもいいんだぜ。ゆずちゃんと二人なら地の果てまでも行けんだろ。誰も文句なんざ言わねえし、わからねぇよ」

「そうもいきません、お役目ですから」

「堅ってぇなぁ」


 笑いながら六に送り出してもらい、半円のアーチをくぐり抜けると、解師協会の立派な門が待っていた。

 

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