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十一話 ある屋敷の怪異(2)

― 3.侵入者 ―


 夭夭達は、協会病院の裏口で、三ツ井という女性と落ち合った。

 働いているせいで若々しく見えるが、七井戸の母親に近い年齢だ。

 よもや間違いは無かっただろう、と思いたい。


「先輩信じてますからね」

「何の事だい」

「いえ、こっちの話です。お気になさらず」

 

 三ツ井は看護師長という立場なので、あまり長く席を外すわけにもいかないだろうと、手早く用件を伝えることにした。


「慎太郎君から聞いてるけどねぇ、本当に部屋の場所を教えるだけで良いのかい」

「それだけで充分です。ご迷惑をかけるわけにもいきません」

「まだ部屋の前には見張りの人がいるよ、どうするつもりさ」

「どうにかなるかと」

「ならないよ。全くそういう所まで慎太郎君に似なくても良いだろうに」


 三ツ井は深いため息と共に、紙袋を手渡してきた。

 中にはねずみ色の作業着らしき物とずた袋が入っていた。

 聞けば六が入院している隣の部屋でオイルヒーターが故障したため、修理業者を呼んだことにしているらしい。

 丁度その業者が着る作業着に似た物を見つけたので、誤魔化せるだろうとの事だった。


「いやでも、私はオイルヒーターなんて見た事も無いので、修理できませんよ。そうなると後々困るんじゃありませんか」

「大丈夫よ、コンセントにプラグを差し込めば使えるから」

「ああ、そういう事ですか」


 ありがたく作業着を受け取り、倉庫で着替えを済ませた。

 ゆずには工具箱を入れたずた袋の中に避難してもらい、帽子を目深に被れば完成だ。

 三ツ井に案内してもらう時はできるだけ床を見ながら歩き、解師仲間に見つからないよう細心の注意を払った。


 三階のとある部屋の前で、三ツ井の足が止まった。

 隣の角部屋前であくびをしている見張りがいることから、そこに六がいるのだとわかった。


「さてこの部屋だよ。このまま暖房が無いと、患者さんが凍死しかねないからね、きちんと直しておくれよ」


 夭夭は「わかりました」と口にするかわりに、帽子のつばを持って小さくペコリとお辞儀をした。

 夭夭の声を憶えている解師がいる可能性もあるのだ。

 注意しすぎても、しすぎることはない。

 三ツ井は、終わったら受付に声かけて帰って良いよ、と言い残して去っていった。


 隣室に入ってすぐ、オイルヒーターのプラグをつないでおく。

 そうしてぐるりと部屋を見回すと、ベッドと窓以外何もない簡潔な作りになっていた。恐らく六の部屋も同じなのだろう。

 時折揺らされる窓からは、わずかに風が漏れて、しきりに口笛を鳴らしている。


「これは酷い。一週間も居れば、気が触れるか風邪を引くかどちらかですね」

「…ゆずさんてば」

「何です」

「いえ」


 工具袋からピョコンと頭だけ出している姿は、大変愛らしかった。

 しばらく堪能しようとしたのだが、視線に気が付いたようで、すぐにごそごそと這いだしてしまったのが残念である。


「それで夭夭さん、どうやって隣に行くんですか」

「天井のアレですかね」


 指さした先には、点検用ダクトの蓋があった。



― 4.振りまかれる災厄 ―



「なあ、他にやりようがあったんじゃねぇか?」

「時間がなかったんですよ」

「うわ、近寄るなって。埃が舞い散るだろ」

「つれないことを言いますね。苦労して面会しに来たっていうのに」

「別に頼んじゃいねえから、いやホントに具合悪くなるって…げほっ」


 ダクトの中を通過してきた夭夭達は、体中埃まみれで酷い有様だった。

 六でなくともしかめ面の一つぐらいするだろう。

 だがここで躊躇している余裕は無い。

 ダクトの通過で結構な時間を消費しているので、戻る時間を考えると残された時間は少ないのだ。


「時間が無いんですよ、本当に。さっさと、今起こってる事を教えて下さい」

「話して俺になんの得があるってんだい」

「少なくとも、サナ江さんや解師協会に任せるよりは、マシな結果になると思います」

「言うねぇ」

「正直者ですから」

「サナ江達じゃ頼りにならないっていうのかい」

「この前の傀儡子の人形程度が切り札だと言うなら、そうですね」

「秋白か。まあ、確かにちっと未熟だけど才能は―」

「百年待っても私には追いつけませんよ」

「ホント言うねぇ…」


 六としても、話す内容が妻の生死に関わる話なので回答は慎重に成らざるを得ない。

 ジリジリと時間だけが過ぎていく。

 決断までの時間はほとんど無いというのに、六の態度は煮え切らないままだ。


「六さん、解師協会は当てになりません。七井戸先輩が辞表を叩き付けてきたんですよ」

「何ぃ、七井戸の野郎準三位だったろうが。何無責任な事してやがる」

「それほど腐敗が進んでいるんですよ。何が起こるか知りませんが、協会に期待しても無駄ですよ」

「ハナから期待しちゃいねぇよ。俺もサナ江もな。どうせ解師が数十人いたところで…」


 六の顔が下を向いていく。

 自信家の六が、これほどまでに意気消沈している姿をみるのは久し振りだった。

 ギシリと音を立ててベッドに腰を掛けると、頭を抱え込んで黙ってしまった。


「六さん、何が起きているか教えてください。力になりに来たんです」

「いくら夭ちゃんでも無理だよ」


 六はゆっくりとかぶりを振った。

 丁度その時、ずた袋からするりと抜け出したゆずが、六の足元へと近寄っていく。


「百鬼夜行・裏抄(りしょう)でしょう、六さん」


 足元で見上げる妖狐を見つめる六の目は、限界まで見開かれていた。


「百鬼夜行の中でも最悪と言われる裏抄、前回あったのは、約一千年前でしたか。丁度都が潰れた時代でしたね」

「ゆずさん、すみません私は聞いた事がありませんが…その裏抄というのは?」

「遥か昔に国が傾きかけた事件の名前です。妖の爆発的発生と、それに伴う濃い妖力の蔓延で多くの人々が亡くなりました。発生当初は百鬼夜行と酷似しているらしく、対応を間違えるとあっという間に妖が広がっていきます。発生に決まった周期は無いと言われていますが、ひとたび起これば壊滅的な被害をもたらします。そうでしたよね、六さん」


 ゆずは六をジッと見つめていた。

 やがて六の肩がガックリと落ち、これまで溜め込んでいた苦しみを全て吐き出すかのような深いため息をついた。


「そうだな、その通りだ。百鬼夜行・裏抄の発生が予想される兆候があったんだよ」


 その声はしわがれていて、六が年相応の老人に戻ったかのようだった。

 それからぽつりぽつりと語り始めた内容は、あまりに衝撃的なものであった。




 裏抄ってのは百鬼夜行とは大きく違う。

 いわゆる百鬼夜行は、正月、二月の子日、三月の午日ってな感じで結構な頻度で発生してるだろ。

 けどな、裏抄は発生周期もその条件も特定されて無いうえ、前回が一千年前なもんだから詳しい事は何もわかってない。

 わかってんのは、百鬼夜行の何倍もの妖が発生して、辺りを食い散らかすって事ぐらいなんだよ。


 百鬼夜行の害を避けると言われている『タカイシャヤの呪文』もまるで通じないし、お手上げなのさ。

 戦うなんて無理無理。多勢に無勢ってやつだ、まあ裏抄が起こっちまったら全て捨てて全速力で逃げるのが一番だよ。


 夭ちゃん達も、一目散に逃げないと駄目だぜ。

 そりゃあそうさ。完全に起こっちまったら、いくら夭ちゃん達だって潰されちまう。

 だから発生する前に潰そうってのがサナ江ん所が実験してるアレだ。


 何だよ、腹ん中まで真っ黒にする薬じゃねぇよ、嫌味だな。

 マシマシ屋の事だってわかってんだろ。

 マシマシした妖をぶつけて、裏抄の発生を押さえるつもりだったわけよ。


 ところがこの薬、副作用が強すぎて実践で使い物にならないってんで、何度も改良されることになったんだが…まあ最終的には俺が人体実験して完成ってところだ。

 何、製造工場の場所?んなことは後回しだろ。


 聞きたいのは、裏抄が起こる場所と時期なんじゃないか。

 そりゃあわかるって。

 でまあ、結論から言うと大体の場所は特定できた。

 妖の恨み辛みが濃く渦巻いている場所に門がある。


 沖の街区だよ。


 いや時期はわからんって。

 俺に怒るなよ、もう。

 今すぐかもしれんし、来年かもしれんよ。


 ただまあ、妖の活動が活発になってるし、俺ぁ近いと踏んでるけどな。

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