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十一話 ある屋敷の怪異(1)

― 1.老化と妖化 ―


 老舗の料亭で会食が行われていた。

 集められたのは、解師協会の中枢を握る者達ばかりだ。

 解師の神階は正一位、従一位、正二位と続いていくが、この日は従三位までの六名しか同席を許されなかった。


 正三位以上はほとんどが名誉職に近く、実践を離れた高齢者がほとんどだ。

 その中で、比較的現場感覚が残っており、中枢にもかろうじて引っかかっているのが従三位という階位でであり、現在は七井戸という男が就任している。


 七井戸はまだ現役でも通用する三十代であるが、本人は従三位に就任以来、十歳は老け込んだのではないかと危惧している。

 しかし今はそんな事を気にしている場合ではなかった。


「何故先手を打たないんですか!」


 七井戸は一枚板で作られた重厚な机を叩いて激高した。


「全協会員に通達して虱潰しに探すべきでしょう!何故過去の教訓を活かそうとしない。発生してからでは何もかも手遅れだ」

「まあ、そういきりたつな。解師が全員かかりきりになれば、市民の生活が立ちゆかなくなる。それに我らとて何も手を打っていないわけではない」

「正二位がおっしゃるのは『空や』の解師の事ですか?いくら優秀だって一人でどうこうできる問題ではないでしょう」

「一人ではない、アレがついておる」

「そうじゃな、アレがついておれば、最終的には何とかなろうよ」


 従三位と正二位との言い争いに、正一位が口を挟んだ。

 実質的な最高権力者である正一位がそう言えば、従三位ごときに口答えできるはずもない。そのまま議論は次の話題へと移ってしまった。


「それよりも、発生する時期の方が問題だ。調査の責任者は従三位殿でしたな」

「兆候はあれども、場所、時期ともに確定できておりません。ですが―」

「かような災厄、あと百年は来ないで欲しいですなぁ」

「なにも我らの代で発生しなくても。もう少し我慢してもらいたいですよ」

「少なくとも、どこか遠くでお願いしたいところじゃのう」

「いっそ最上稲荷ぐらい離れているとええの」

「助けに行ったころには全滅しておるしな」

「そりゃあいい」


 老人達は一斉に笑い出す。

 報告を遮られた七井戸は、呆れを通り越して無心になっていた。


「七井戸よ、せめて場所ぐらいは特定できぬのか」

「まさか一年もかけてその程度も判明していないとは、情けない。それとも、やはり従三位程度では無理でしたかな」

「所詮解師としては駆け出しですからなぁ。なにせ三十、我らからすれば孫みたいなもの」


 七井戸は、ほぞを噛んだ。

 こんな会議に出席するのではなかったと。

 一刻も早く、この狂った集団から抜け出して現地調査に向かいたかった。


「一刻も早い場所の特定に尽力いたします。つきましてはこのまま現場に戻り、ついでに『空や』の解師に兆候の助言しておこうかと思います」

「ならぬ」


 辞去しようとした七井戸に正一位が厳しい口調で命令した。

 そこには有無をいわさぬ迫力があった。


「すでに事は緻密な計画のもとで動き始めておる。余計な要因で歯車が狂えば取り返しが付かない事になろう」

「しかし、それでは『空や』が捨て駒になってしまいます」

「何か問題があるか」


 正一位の目を見返す。

 いたって真面目な顔をしていた。


「七井戸、お主はこれまで通り、動向調査のみをしておれば良い」

「それは解師協会の総意ということですか。多くの人死にが出ますよ」

「市民にとって最優先すべきは協会の存続だ。黙って従え」


 その言葉を聞いた瞬間、七井戸の中でふっつりと糸が切れた音がした。


「ははっ、何が協会の存続だ。自分たちが生き残りたいだけだろう、馬鹿馬鹿しい。もう俺は勝手にやらせて貰うぜ。」


 七井戸は懐に偲ばせておいた一通の封書に手を掛けると、机の上に投げ捨てた。

 背中に投げつけられる罵詈雑言を一切無視し、七井戸は料亭を後にした。



― 2.刃と邂逅 ―


「それで辞表を叩きつけて出てきたんですか」

「まあそういう事になる」

「相変わらず後先考えずに阿呆な事してますね、先輩」

「うるさいな。私だって反省してるんだ」

「本当ですか」

「ああ、どうせならもっと高いものを頼めばよかったとか、腹いせに全員ぶっ飛ばしておけばよかったとか、もろもろな」

「全然反省してないですよね」


 七井戸は夭夭にとっての大先輩である。

 戦闘技術は掛水サナ江が師であるが、解師としてのイロハは全て七井戸から学んだと言って良い。

 その大先輩が『空や』のカウンターで焙じ茶をすすっている。


「それで私にどうしろと」

「まずは六と接触してこい。いま何が起きているか一番よく理解しているのは六だ。しかし俺では話してくれないだろうからな」

「しかし、六さんは解師協会で軟禁されてますよね」


 一度裏切った者を解師協会が簡単に解放するはずもなく、現在も協会病院にて軟禁状態となっている。六の年齢からして、恐らく死ぬまで出てくる事はないだろう。

 一度見舞いに言ったことがあるが、受付の段階で断られた。


「大丈夫だ、看護の女性を丸め込んである。三ツ井という女性を尋ねて俺の名前を出せばわかる」

「丸めって、先輩また悪い癖ですか。春菜さん悲しみますよ」

「そんなんじゃない。大体、妻とは先月別れた」

「え」


 夭夭は言葉を失って立ち尽くした。


 飲む打つ買う、そして一見好青年であった七井戸の若い頃は実力も相まって派手に遊び回っていた。それが一回り年の離れた春菜と夫婦になってからは、一変して品行方正な男になっていたのだ。

 良妻に恵まれたと友人知人が口を揃えて語るほどである。


 夭夭も何度か家にお邪魔した事があるが、結婚も悪くないなと思わせるほど仲の良い夫婦だった。

 はあ、そうなんですかと簡単に受け入れられる話ではない。


「何があったんです」

「お前は俺のことを先輩と慕ってくれるが、俺はそんな上等な存在じゃない。むしろ、なじられるのが当然の事をしたんだよ」

「解師協会での話と関係してるんですか」

「相変わらず察しが良いな。俺は春菜を、大切な人を巻き込みたくなかった。ここは、ヤバい。爺共は高をくくってるが間違いなく最前線になる。そうなると妖力も無い春菜が生きていくのは難しいだろう」

「もしかして、わざと離婚するように仕向けたんですか」

「ああ」

「それで良いんですか」

「良い」


 キッパリと言い切った七井戸の顔に迷いは無かった。

 こうなった七井戸は頑なだと知る夭夭は、早々に説得をあきらめたのだが、膝の上でだらけていたゆずは違ったようだ。


 ふああと背中を反らして伸びをすると、するりと夭夭の肩へと登る。前足で顔を軽く掻きながら、七井戸に向かって鼻を鳴らしてこう言った。


「全くもって愚かしい。二人とも、全くわかってませんね」

「なんだいゆずちゃん、藪から棒に」


 七井戸が不思議そうな目でゆずを見る。

 ゆずはツンと鼻先を上に向けて、得意げに語る。


「強さを表に出さず、ここぞという時まで刃を隠し通す。それが良い女ってものです」


 言い終えると、「ほら」と前足で店の入り口を指した。

 カラリと音が鳴り、一人の女性が入ってきた。


 その女性は、白装束にたすき掛けをした袴姿で、頭に白い鉢巻きをしていた。

 片手に持った棒をドンと床に突き立てると、先端に巻いてあった布がはらりと床に落ちた。

 美しい曲線を描いた薙刀(なぎなた)の刃先が、鈍い光を放っている。

 女性は仁王立ちで店内を見回すと、七井戸を見つけ、そして凛とした声でこう告げた。


「あなた、一緒に闘いにきましたよ」


 微笑みを七井戸に向ける。

 七井戸春菜、別れたはずの妻がそこに居た。


「春菜…お前どうして戻って来たんだ!実家に帰ったんじゃなかったのか」

「帰りましたとも。親戚一同にお別れの挨拶をして、遺言を書いて、大変でした」


 まるで死地に赴く兵士のような事を言う春菜に、七井戸は憮然とした表情で言い返す。


「何てことを。俺達は離婚したんだぞ、もう他人なんだ。馬鹿な事は止めろ」

「離婚?ああ、これの事ですわね」


 春菜の左手がすっと袖口に伸びる。

 手にしていたのは一枚の紙。

 七井戸の名前だけが書かれた離婚届書だった。


「こんなものは、こうしてくれます」


 片端を口でくわえると、勢い良く紙を引き裂いてしまった。

 ビリビリになった紙片をふわりと宙に投げ捨て、そしていま一度薙刀で床をドンと付いた。


「如何なる障害があろうと、私春菜はいつまでも夫慎太郎の側にあり続けます。そう誓いました」


 七井戸は、突然の出来事に呆然としていた。

 しばらくして、ようやく一つの単語を絞り出す。


「何故だ」

「単にあなたのお側にいたかっただけ。ただそれだけです。だからどうか、独りで闘うなんて言わないで…一緒に…下さい…」


 妻の頬を伝う涙は、いとも容易く七井戸の決心を崩壊させたようだ。

 七井戸が優しく妻を抱きしめる姿を見届けた夭夭は、ゆずに目配せをして、そっとその場を離れるのだった。




 『空や』で騒動があった翌日、夭夭達は六の入院している病院へと向かっていた。

 

「いやあ、それにしても昨日は驚きました。あの七井戸先輩が自分の意見を変えた所なんて、初めて見ました」

「だから『二人とも全くわかってない』と言ったじゃないですか」

「そうですね、確かに勉強になりました。あれがゆずさんの言っていた『隠し通していた刃』ってやつですか、確かに見事な薙刀でした」

「何言ってんですかね、このこんこんちきは」


 ゆずは大きなため息を吐き出した。

 もちろん彼女の言った『刃』とは薙刀の事ではない。春菜の強い意志であり、決意である。涙という香味料を加えたことで倍増していたが、ここぞというところで振るわれた刃は、確実に夫の心を捉えることができたようだ。


 ―その時がきたら、私にも振るえるだろうか

 

 ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、今考えても詮無いことだと再びため息を漏らす。


「ゆずさん、そんなにため息をつくと、魂が逃げますよ」

「幸せが逃げるの間違いでは」

「そうなんですか?」

「知りませんよ、ん?」


 呆れた声で返事をしていたゆずの顔が、突然上を向く。

 つられて夭夭も空を見上げると、いつの間にか真っ黒な雲で覆い尽くされようとしていた。


 雨が降る兆候なのかも知れないと、急ぎ足で病院へと向かった。

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