九話 はざま(4)
― 7.風呂敷の怪 ―
床に転がされたゆずは、風呂敷の中でもがいているつもりなのだが、外からはまるで動いていないように見える。
ピクリとも動かない様子が、わずかに夭夭を焦らせる。
「まさか、獅子隠しですか」
「その通り、さすがは『空や』の店主」
『獅子隠しの風呂敷』と呼ばれる風呂敷は、長い解師の歴史において、わずか二枚ほどしか確認されていない。
荒ぶる獅子をも包み隠してしまうというその風呂敷は、一人の天才解師によって作られたもので、見た目も大きさも普通の風呂敷なのだが、実に厄介な能力を持っている。
実際に獅子に被せたところで何の効果も無いのだが、対象が妖となると話が違ってくる。
たとえ鬼であろうが天狗であろうが大きさに関係なく包み込んでしまい、動きを奪ってしまう。
内側からいかに妖力を放とうと風呂敷に押さえ込まれた妖は抜け出す事ができない。
かつて暴走した鎮守を一時的に捕縛し、鎮めるめるために使われた事があるというが、その一枚は今も鎮守の社に奉納されている。
そしてもう一枚は行方知れずとなっているはずだった。
「まさか、そのもう一枚を六さんが持っているとはね」
「俺のところというより、解師協会預かりだったんだがな。こいつあ扱いが難しくてよ。歴代の妖力操作系解師たちがこぞって匙を投げたもんだから、俺んところに持ち込まれたってわけよ」
そうして預けられた風呂敷を、六は見事に使いこなしたのだが、協会はその事実を知らない。
協会の正式な記録では、未だに使える者が現れていないとされいてる。
なぜなら六が協会に報告せず、見た目だけそっくりな風呂敷を返却したからだ。
すり替えられたとしても、誰も気づくことは出来ない。なにしろ使えなければただの風呂敷と同じなのだから。
「そりゃまた、得しましたね」
「得しましたねって、おいおい。夭ちゃんこいつの価値わかってんの」
「そんな事よりも、こっちですよ」
夭夭は、床に落ちた和鋏を拾い上げてクルクルと回す。
『ゆずカッタア』でも断ち切られていないとは、さぞかし名のある鍛冶の手によるものだろう。彼にしてみれば、風呂敷の存在よりも、この和鋏のほうに興味がある。
風呂敷の作成方法はある程度アタリが付いているが、この和鋏の作り方はまるで見当も付かない。
普通に鍛冶屋が打っても、妖狐の尾を防げるような物は出来ないはずなのだ。
そんな凄い逸品であろう和鋏を躊躇無く投げてくる六の感性に驚く。
だが、本人はどうやら全く価値を理解していないようであった。
「おいおい、鋏なんか眺めて随分と余裕だな」
「まったく六さんには、いつも驚かされますよ。これ頂いても良いですかね」
「どこまでも流されない奴だなぁ。まあ、マシマシしてもどこまで冷静でいられるか楽しみではあるけどさ」
思わず六の顔を見返してしまう。
「…私にも打つつもりですか」
「サナ江が手駒に欲しいんだとさ」
「お断りします」
「残念ながら拒否権は無いんだ。嫌なら全力でかかってきな」
ずしりと六の足が床を踏みしめる。
一歩、二歩と近づく度に床が軋み、悲鳴を上げた。
だが申し訳なさそうな顔をする六が、夭夭にはおかしかった。
「何がおかしいんだよ、夭ちゃん」
「いやぁ、六さんはやっぱり変わってませんね。嫌な事をする時は、眉間に皺が三本寄るんです。わかりやすい」
「い、嫌とかそんなこたねえぞ!おい、聞いてんのかよ、夭ちゃん」
「それで、純真な六さん使って煽らせて、私の本気を見たいんですか?掛水サナ江さん…のお弟子さんでしたっけ?」
夭夭の視線は六を通り越して、その後ろに向かっていた。
― 8.女というものは ―
「あれぇ、完全に気配殺してたと思ってたんだけど。なんでバレたの」
とぼけた顔で陰から出てきた女性は、蜜柑色のリボンで縛った長い黒髪を揺らしながら夭夭に向かって不思議そうに首を傾げた。
「そりゃ簡単なことです。独楽が回ってるからですよ」
夭夭が指さした先では、先ほど床にバラ撒いた独楽のうち、奥に転がった一つがくるくると回転していた。六は妖力を完全に消しているので、その付近に六以外の誰かがいる、という事だ。
「へえ、そんな使い方ができるんだ」
「道具なんて使い方次第ですからね」
マシマシ薬に対する多少の嫌味を込めて、そう言うと、蜜柑色リボンの女が苦笑いを返してきた。
「秋白、俺を見張ってやがったのか」
「そりゃもう。だってアンタって解師からしたら裏切り者でしょう?そんな奴、いつまた寝返るかわからないしさ」
「俺あサナ江の亭主だぞ」
「今は昔、のお話でしょ」
「この野郎」
「野郎じゃないわよ」
内輪もめを始めた二人を放って、夭夭はさっさと和鋏を使って風呂敷を切り裂いていた。この風呂敷、内側からの妖力には無類の強さを発揮するが、外からの干渉には滅法弱いのが弱点なのだ。
内側のゆずを間違えて切らないようにしながら、大胆にザクザクと切っていく。
半分ほど切り進んだところで、ようやく六が異変に気が付いた。
「あああ!ちょっと、夭ちゃん何してんだよっ!」
「何って、ゆずさんの救出を」
「おまっ、えっ、それが国宝級だってわかってて、わかっ」
「わかってますけど、誰も使えないならただの風呂敷ですしねぇ」
「わかってねぇよ!」
口から泡を吹きそうな六を無視して、ザクザク切り進める。
そうして中からゆずがピョイと飛び出してきたのを胸で受けとめると、改めて二人に向き直った。
六はまだ顎が外れるくらい大口を開けている。
「さて、二人とも。ゆずさんを脅かしてくれた報いは受けてもらいますよ」
すごんで見せたが、秋白と呼ばれた女性にはあまり効いていないようだ。
「何強がってんだか。お師匠様に聞いたわよ。アンタへぼ弟子だったんですってね。体術はまるで駄目、非力で妖力は平凡、怠け者で素質の欠片も無いってさ」
「ぐぅ、返す言葉もありません」
「ちょっとゆずさん、何勝手に応えてるんです!しかも私の口まねとか」
憤慨する夭夭の腕からするりと抜け出すと、ゆずは秋白に向かって数歩近づいた。
「確かに夭夭さんは、凡人ですけどね」
「でしょう、お師匠さまが気の毒だわ。馬鹿弟子を持つと」
「それでもまあ、わずかな妖力の流れすら見えない小娘よりは、ずっとマシですよ」
「何の事」
「自慢のリボン、切り札にでもするつもりだったんでしょうけどね」
ハッとしてリボンに手を当てる秋白を、ゆずのコロコロした笑いが襲った。
リボンから細い糸のような妖力が伸び、先程から回っていた独楽の方へと吸い込まれていた。
慌てて糸を切るような仕草で手を振るが、そんな事で切れるわけもない。
そうして直ぐにリボンから妖力が失われた。
後に残されたのは黒ずんだ残骸だけである。
「こっ、この腐れ解師共が」
「おお怖い、怖い。ペタンコ胸だと、頭に血が上りやすいんですかね」
「あ、はん?三尾の妖狐程度が何を息巻いてんだか。愛玩動物らしく愛嬌振りまいてな」
ギシリと空間が傾いだ。
「ぶち殺す」
「狐鍋にしてやる」
ゆずの『ゆずカッタア』と秋白の『剛力拳玉』が激突した衝撃で壁が破壊され、二人はもみ合ったまま屋外へと消えていった。
「秋白のやつ、胸の事気にしてたんだな」
「ゆずさん、閉じこめられて鬱憤が溜まってたんですね。愛玩動物でも良いんだけどなぁ」
「何言ってんだ夭ちゃん」
「いやいや、何でも。さて、こっちも決着をつけましょうか」
「どう見ても、夭ちゃんに勝てる要素はねぇだろ」
「あはは、私は非力で妖力は平凡ですからね。ただ、一つだけ誰にも負けないと自負している事はありますよ」
「道具使い、か。確かに歴代でも随一の…」
「いえ、ゆずさんへの愛です」
「はぃ?」
ぽかんと口を開けた六に向かって、一気に術を詠みあげた。
「散り散りなりし三ッ目のこまつぶり、橋となりてその役目を果たせ。そうあれかし」
「何っ!?」
六の手足に突き刺さった独楽の欠片が、青白く輝いたかと思うと、少しずつ妖力を流し始めるではないか。
焦る六をよそに、夭夭は続けざまに術を完成させた。
「円らに細に。絡め取るは三ッ目のこまつぶり。そうあれかし」
「ちょっと、ま…」
散らばっていた独楽が一斉に回転を始める。
合計六つの独楽が、六の体から流れ出る妖力を喰らい始めた。
こうなればもう、止める術はない。
細かく刺さった小さな欠片をすべて取り除くことなど、不可能だからだ。
「これでおしまいですよ、六さん」
「てめ…空気読めよ。ここは、男らしく、拳で…」
「私、非力で平凡、素質の欠片も無い男ですから、正面からは戦わない主義なんです」
「コイツ相当根に持って、やがる…」
その一言を残して、六は意識を手放した。




