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九話 はざま(3)

― 5.増していくもの ―


 六が布を引っ張ると、真っ黒な縁を持った車輪が姿を現した。

 一見牛車の片輪なのだが、中央には髭面の巨大な顔が浮き上がっている。

 そしてその顔は苦悶に歪み、口からはちょろちょろと火が漏れている。


「輪入道ですか」

「こういうやり方は、どうにも好きになれねえが、慣れるしかないな」


 六は、脇に置かれた注射器を輪入道に刺した。

 一瞬夭夭の眉がピクリと跳ね上がるが、飛び出すような事はしない。

 代わりに袖口から、サラサラと砂のようなものを床に撒いていた。


「最初はな、どうしてサナ江がこんな薬を作ったのか、全くわからなかったし理解できなかったぜ」


 注射器から黒い液体が全て注ぎ込まれると、輪入道の車輪を覆っていた炎が黒く変化していく。

 やがて苦悶とも快楽ともとれる表情で叫び声を上げ、ガタガタと車輪を震わせた。


「それが例のマシマシというやつですか」

「夭ちゃんだから特別に見せたんだ、感謝してくれよ」

「有り難いというか、情けなくて涙が出ますよ、六さん」

「ははっ、厳しいな。けどまあ、すぐにこの薬が必要な時がくるんだよ。たとえ解師協会でもな」

「そんなもの、永遠に必要ありませんよ」

「どうかな。知らざるは罪なり、だぜ。いけ、輪入道。適当に痛めつけな」


 六が軽く手を振ると、回転を上げた輪入道が一直線に突っ込んできた。

 床板をはがしながら猛烈な勢いで迫ってくるが、夭夭は避けること無くただそこに佇み、静かに一言告げた。


「そうあれかし」


 途端に、ガクリと輪入道の速度が落ちる。

 回転する車輪から異音を発しながら、ふらふら勢いを失って迷走をはじめてしまった。

 今にも倒れそうな常態で、なんとか夭夭の目の前にたどり着いたが、トンと縁を押されただけで床へと倒されてしまった。


「は?ちょっとまて何だよそれは」

「いやなに、準備してきたのはこちらも同じって事ですよ」

「馬鹿いえ、マシマシした輪入道がそう簡単…に…」


 六の表情が固まった。

 ようやく床に撒かれた砂の存在に気が付いたのだ。


「まさか、砂撒きイタチを使ったのか?」

「よくわかりますね、砂だけで」

「情報屋なめんなよ。くそっ、車輪に砂だと、最悪の相性じゃねぇか。大体いつ詠唱したんだよ」

「そりゃ、悠長に薬を打ってる時ですよ。黙って待ってるわけないでしょ」


 飄々と返す夭夭だったが、内心はひやひやしていた。

 マシマシした輪入道には砂撒きイタチの力が通用しないかもしれなかったからだ。

 だが姿を消したイタチは、気づかれることなく妖力の混じった砂を輪入道に振りかけることに成功し、そして砂は予想以上の成果をあげてくれたようだった。

 回転する力を砂に奪われ、仰向けに倒されてしまえば、もう輪入道が自力で立ち上がることはできない。

 加えて、砂撒きイタチの撒いた砂は火喰い砂とも呼ばれるもので、輪入道の黒い炎すら食い尽くしてしまっている。

 もはや立ち上がっても戦う事はできないだろう。


「どうやってそんな希少な妖みつけてくんだよ。しかも使役させて」

「いやあ、先々代はイタチに顔がききましてね」


 先々代と共にあったイタチの妖『てんてん』は、当然イタチ系の妖に伝手がある。

 彼の残した道具を使えば、こうして珍しい妖にも力を借りることができる。

 一度きりではあるが。


「さて、これで奥の手は終わりですね。六さん、今からでも遅くないですから手を引いてください」

「やっぱり現役は違うねぇ。けど、こっちもカミさんとの約束があるからよ、負けられないんだわ」

「もう手駒もないでしょうに、どうしようって言うんです」

「手駒?あるぜ、とびっきりのが」


 首を捻る夭夭に向かって、六はニヤリと笑って懐に手を入れた。

 何か取り出すかと咄嗟に身構えた夭夭だったが、六の手は出てこない。

 かわりに、ウグッとくぐもった声が聞こえてくると、次第に六の顔が苦悶と愉悦に染まっていく。


「ろ、六さん…あんたまさか」

「言ったろう、とびきりが残ってるって。これでも現役時代はそれなりの解師だったんだぜ」

「阿呆、自分に打ったのか!」


 駆け寄ろうとした夭夭が、六から吹き出した妖力にあてられてたたらを踏んだ。

 尋常では無い妖力の量に、ゆずの毛も逆立っている。


「夭夭さん。六さん妖力、人間にしては異常な量ですよ」

「ゆずさんよりも?」

「あくまで、人間にしては、ですよ」


 ふんすと鼻息荒く応えるゆずの頭を軽く撫でた。


 六は、現役時代を遥かに超える妖力を纏っているが、単純な妖力だけで比較すれば妖達の方が上である。

 例えば雪女の加代や鬼女の木の葉達が本気なれば、今の六でも到底及ばないだろう。

 だからといって、夭夭が安心する材料にはならない。

 なにせあの六である。

 無策である筈がない。


「さて、あんま時間もねぇし、さっさと勝負しようぜ」


 六はゴキゴキと首を回し、手をこねくり回して準備運動をしている。

 心なしか肌つやも現役時代に近づいているようだった。


― 6.挑発 ―


 最初に動いたのは夭夭だ。

 腰に下げた袋から小さな独楽を三つ取り出すと、前回と同じように放り投げる。

 狙ったのは回転によるはじき飛ばしではなく、妖力の吸収だった。


「円らに細に。絡め取るは三ツ目のこまつぶり。そうあれかし」


 三角に展開した独楽の回転が上がり、徐々に目が開いていくにしたがって、六の妖力が揺らぎ始める。

 しかし、そこまでだった。

 突然独楽の回転が落ち始める。


「なっ、独楽が」


 独楽は範囲内で妖力の供給がある限り、回り続けるはずなのに、回転を落としている。

 つまり供給が断たれたということだ。


「そんな馬鹿な。いくら六さんでも…」


 たとえ夭夭であっても完全に妖力を消すということはできない。

 僅かでも放たれた妖力があれば、それをたどって独楽は吸収するはずだった。


「現役時代は、ぱっとしない解師だったけどな。俺が妖力操作に特化してたのは知ってるだろ」

「それにしたって、完全に消せるなんて話は聞いたことがありません」

「消したんじゃなくて、内側で回してるだけさ。閉塞活門(へいそくかつもん)って名前できちんと解師の指南書に載ってるんだぜ。誰一人見向きもしなかったけどな」


 妖力は解放してこそ意味があるのであって、内側に留める技が注目されなかったのも道理である。


「ところがどっこい、活用法はあるんだよ」


 六は回転を失って床に横たわる独楽を一つ拾い上げた。

 そしてニヤニヤしながら夭夭に向かって見せつけるように突きだした。


「例えば、こんなことが出来る」


 バキッと硬質な墓異音が響きわたり、独楽が粉砕された。

 木で出来ているとはいえ、妖力で硬化されている独楽は、たとえ大岩に押しつぶされようとも壊れる事は無い。

 それを片手で軽々と破壊してみせた。

 閉塞活門という術は、術者の身体能力を著しく向上させるのだ。


「こりゃ、まずいですね」


 焦った夭夭は、腰の布袋に手を入れた拍子に中身をぶちまけてしまう。

 舌打ちとともにバラバラと床に転がったのは、いくつかの独楽と何かを手に持った猿の置物、それに青色の紙が数枚。

 それでも何とか目的の物を手にすることが出来た。


「おいおい夭ちゃん。なんだい、そりゃ」


 夭夭が手にしたのは、真っ黒な入れ子人形だった。

 通常は七福神や猫など愛らしい図柄が描かれる入れ子人形だが、それはただ漆黒に塗られているだけで、何も描かれていない。

 唯一背中に金文字で壱號(いちごう)と書かれているのが見えるだけである。


「入れ子の麗子嬢、てんてんの名の下に御前の盟約を果たされよ。喰らうは六之丞が妖力。願はしかる」


 人形は小さく頷くと、ちまちまと六にむかって歩いていく。


「何か気持ち悪ぃヤツだな、ま…いっか。壊しちまえば同じだろ」


 六は、一瞬で間を詰めると、左拳を入れ子人形に頭部に叩き落とした。

 あまりの早業に、人形は為す術も無く粉々に飛び散ったのだが、かろうじて六の拳に身体の欠片が突き刺さり、一矢報いていた。

 とはいえ、六にはかすり傷程度だろう。


「どうだい、参ったと…ん?」


 自慢げな六の前に、一回り大きな入れ子人形が現れた。

 にたりと口だけが浮かび上がったその人形には、同じく背中に金文字で弐號(にごう)と記されている。


「おいおい、しつこいな」


 苦笑しながら右の下蹴りを繰り出し、入れ子人形弐號を粉砕した。

 またもや人形の欠片が足に突き刺さるが、頑丈な筋肉に守られているのか、血が飛び散ることもなく平然と近寄ってくる。

 反対に、夭夭は近寄られた分だけ後退し、一定の距離を保っていた。


「逃がさああもうくそっ、面倒臭ぇ!」


 三度目の前に現れたのは、入れ子人形参號(さんごう)肆號(よんごう)だ。

 こちらはギョロリと目だけが浮かび上がっている。

 倒す度に少しずつ大きくなっていくため、初めは一撃で粉砕されていたが、いまでは四度も五度も拳を、蹴りを叩きつけなくてはいけなくなっていた。


 そうして捌號(はちごう)から拾壱號(じゅういちごう)を破壊し終わった時には、さすがにマシマシした六でも息が上がっていた。

 その上、大した傷ではないが全身に欠片が突き刺さっていて、痛々しい。


「はあっ、んなろ、これで全部やったぞ。厄介なの持ち出しやがって」

「化け物ですか…」

「ははは。驚くのは早いんじゃねぇか」


 六は一瞬で息を整えると、低い姿勢のまま床を這うように夭夭の懐へ飛び込んだ。

 全く反応できない夭夭のわき腹へと真っ黒に染め上がった右の拳を叩きつける。


 ガツ


 硬質な物体同士がぶつかり合う音が響き、即座に両者の距離が開いた。

 目を細めて舌打ちをする六が見つめる先には、尻尾をゆらゆらと揺らめかせるゆずの姿があった。


「ああ、忘れてたわ。一番厄介なのを」

「夭夭さんを傷つけるなら、手加減はしませんよ」

「おっかねぇな。なんだっけそれ『ゆずカッタア』だっけか?当たったら痛そうだな。当たったら、だけどな」

「へえ、面白い事をいいますね」


 ぴくりとゆずの口元が動いた。

 とん、と床に飛び降りたゆずの口から、冷気が零れ出している。


「試してみますか」

「かすりもしねぇさ」

「ちょっとゆずさんまっ―」


 夭夭が止める間もなく、六とゆずの激しい格闘が開始される。

 『ゆずフロオズン』を皮切りに、次々と繰り出されるゆずの攻撃を、六は柔らかくいなしていく。一方、六の攻撃もまた小さなゆずには当たりづらく、こちらも余裕で回避されていた。


 手を出そうにも動きが早すぎてどうにもならず、困惑する夭夭だったが、なんとか状況を打開しようと懐に手を差し入れた。

 その瞬間を見逃さず、六は右袖から取り出した和菓子作り用の和鋏を投擲する。


「夭夭さん!」


 慌ててゆずが尻尾で迎撃をするが、それこそが六の狙いであった。

 続けざまに風呂敷を放り投げると、空中で体勢を崩したままのゆずがくるまれて、ボトリと床に落下した。

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