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八話 童と少女(2)

― 3.わらべ ―


 長く薄暗い廊下が、歩く度にキシリとくしゃみをし、それに呼応するかのように窓がカタカタと笑い声を上げた。

 家全体が生き物のような気がして、薄気味が悪い。

 ゆずは気が付かないうちに夭夭の肩に爪を立てて警戒態勢をとっていた。


 まあ、早い話が怯えていた。


 ゆずは怪談の類が苦手なのである。

 幽霊がどうこうではなく、雰囲気事態が駄目なのだ。


「よよようようようよよう」

「どうどう。ゆずさん、落ち着いて」

「私は馬じゃありません!」


 確かに、狐は犬科である。

 あんまり怖がるものだから、仕方なくゆずを胸に差し込み、廊下を進んでいく事にした。


 サッ、サッ


 廊下の突き当たりに近づくと、何かを擦る音が聞こえてくる。


 サッ、サッサッ


 規則的に続く音に、ゆずがビクビクと反応している。

 胸元から顔だけを出し、怯えながら周りを見回す姿は愛らしく、思わず夭夭の頬も緩んでしまうというものだ。


 角を曲がると、中庭を望む大きな窓が続く長い廊下へと出た。

 そして廊下の真ん中には、箒を持った小さい妖が佇んでいる。


「でたっ、でたでたでたあー」


 錯乱したゆずは、胸元から腹元へとグルグル回って暴れ始める。

 ゆず大回転を六回も決めた所で、ようやく落ち着いたのか、再び頭だけぴょこりと飛び出してきた。


「恐くないですよ、ゆずさん。箒神様の分体ですから」

「あれ、本当だ」


 廊下を掃いていたのは、表にいた箒神の分身である小さな妖であった。

 手にしているのは、屋内掃きで使う棕櫚(シュロ)の箒だ。

 人が居ないようなのに、屋敷が荒れていない理由がわかり、ゆずはひとしきり関心している。


「よくみると、可愛らしいですね」

「ほかにも三、四体見かけた気がしますが…今は居ないようですね。すみません、箒神様、横を通らせていただきますよ」


 夭夭はペコリと挨拶をしながら、横を通り抜ける。

 向かった廊下の先には、一際大きな(ふすま)があった。

 襖の前で一度立ち止まった夭夭は、入りますよと告げて静かに引き開けていった。



 目の前には、四十畳ほどのがらんとした空間が広がっている。

 畳敷きの部屋には、床の間に飾られたキンモクセイの花がわずかに彩るくらいで、ほとんど何も無い。


 ただ中央にひっそりと置かれた布団と、側に寄り添う童女の姿があるだけだった。

 彼岸花が描かれた黒い着物を着た童女は、ピシリと背筋を伸ばした姿勢のまま、入ってきた夭夭達に向かってわずかに顔をむけた。


「夭夭か、久しいな」

「ご無沙汰しています、喜久乃さん」


 どうみても夭夭より若いであろう童女は、年齢に似つかわしくない言葉遣いをする。

 不思議に思ったゆずは、胸元からコソリと顔を覗かせた。


「おや、そこに居るのはお狐様かの」

「あ、はい。柚木ゆずといいます」


 見た目はあきらかに童女なのだが、なんとなく年長者のような気配を察したゆずは、ペコリとお辞儀を返す。

 

「私は喜久乃と申す者。どうぞよしなに」

「こ、こちらこそ」

「それにしても、神名をいただいたお狐様か。夭夭も随分と強い主を見つけたものだな」

「えっ、私夭夭さんの主じゃありませんよ。三尾ですし、駆け出しに毛が生えた程度です」

「駆け出し?何を言っておるやら。お狐様の尾は―」

「ああ、喜久乃さん忘れてました、差し入れを持ってきたんですよ」


 露骨に話題を変えた夭夭に喜久乃は一瞬冷たい視線をむけるが、すぐに興味を失ったようだった。

 笑みも浮かべずに、ふんと鼻で笑って布団へと向き直った。

 そこに横たわっているのもまた、少女である。

 喜久乃よりも大きく、年の頃は13、4といったところだろうか。


「その香り、焼き芋か。蛍子が一番好いていた食べ物だな」

「蛍子さんの容態は変わりありませんか」

「変わりようがあるまい」


 喜久乃は自嘲気味に笑い、夭夭から焼き芋を受け取ると、蛍子と呼ばれた女性の枕元にそっと置いた。

 それきり喜久乃は黙り込む。

 部屋を静寂が支配し、夭夭達もまたじっと座して待った。


 障子から差し込む柔らかな光が、雲の流れに合わせてゆるやかに明滅していた。

 時折吹きつける強い風がうなりを上げ、家の柱が身悶えしてピシピシと悲鳴を上げている。

 見るもの、聞くもの、全てがぼんやりとした何かに包まれたような、えもいわれぬ空間に包まれ、ゆずはまどろみの中に溶けていた。




 暗がりの中で二人の男と一人の女がヒソヒソと話し合いをしている。


 『柚子しか食せぬとは、まさに柚木様に愛されたお狐様ですわ』

 『ああ、実力も素性も申し分無いんじゃねえか』

 『『空や』の先代は妙な妖を選んでしもうたからな。結局柚木様に受け入れられなんだ。やはりお狐様でなければならん』

 『あら、先々代のはテンだったけど良いところまで行ったじゃない』

 『てめぇは男の方に興味があっただけだろう、色キチが』

 『なんですってぇ!』

 『争うな、馬鹿者共が。今は神名を決めるための大切な会議であろう』

 『しかしよ、どうやら『空や』のアレが決めちまったらしいぜ』

 『何だと、そんな話は聞いておらんぞ』

 『どうやら本当みたいよ。なんだか冗談みたいな名前だったわ。確か柚木…』




「ゆずさん、ゆずさーん」

「はっ」


 ゆずの頭が跳ね起きて、周囲をキョロリと見回す。

 いつの間にか夭夭の膝に乗せられていたようだ。


「すみません、寝てしまったみたいで」

「いえいえ。逆に気持ち良さそうに寝ていたところ、申し訳ありませんね。ゆずさんのお茶を煎れていただきましたので」

「いつの間に」


 見れば柚子茶と一緒に、お茶請けの柚子菓子も一緒に置いてある。

 喜久乃が入れたのか聞くが、そうでは無いと言う。

 では誰がと首を傾げたところで、夭夭の焙じ茶を運んできたちび箒神と目があった。


「ま、まさか」

「あ、どうもわざわざすみませんね」

「ちょちょ、ちょっと夭夭さん!」

「はい?」

「神様でしょ、お茶入れさせるとか駄目でしょ」


 神の分身体にお茶を持ってこさせる喜久乃も感覚がおかしいと思うが、それを平然と受け入れている夭夭はそれ以上におかしい。

 頭を抱えるゆずに、夭夭が優しく言った。


「いやあ、箒神様の入れたお茶って、抜群に美味しいんですよ」



― 4.邂逅まで ―


 散々ゆずにたしなめられた夭夭だが、めげずに焙じ茶をすすり小豆最中を味わっていた。


「しかし夭夭、お主がわざわざ来たと言う事は、もしや頼んでいた術式を見つけたのか」

「はい、皮肉な事に父が見つけた術から判明しました」

「吟目か。あやつ優秀な解師であったというのに、滅師に落ちぶれたと聞いたが、息災か? 未だに愚かな事をしているようなら、説教の一つでもしてやるが」


 喜久乃にしては珍しく冗談を口にし、笑みを浮かべている。

 そんな珍しい光景を消したくないとは思うが、嘘をつくわけにも行かない。

 夭夭は俯きながら完結に事実を述べた。

 

「父は、私との争いで命を落としました」

「…そうか残念であったの」

「いえ、母と共に逝きましたので。満足だったでしょう」

「杏奈殿まで?それはまた…」


 喜久乃は絶句したまま二の句が継げないようだった。

 夭夭にとってはもう乗り越えた悲しみだが、二人を良く知る喜久乃にとっては衝撃が大きかったようだ。


「夭夭さん、喜久乃さんって杏奈さんや吟目さんのお知り合いなんですか」

「私が生まれる前の話ですから良く知りませんが、二人とも親交が深かったそうですよ」

「熱心に妖の事を聞きに来てたからの、二人とも。まあ弟子みたいなものだったよ」


 口を挟んできた喜久乃の声は、当時を懐かしむような哀しいものであった。


「弟子って、喜久乃さんの方がどうみても若いですよね。逆じゃないんですか」

「ああ、ゆずさんには伝えてませんでしたが、喜久乃さん妖なんです。座敷童子ってご存知ですよね」

「えっ、座敷童子!?」

「今は蛍子さんにほとんどの妖力を与えてるせいで、ゆずさんでも気がつかないと思います。ただ、こう見えて何と年齢はっ―ぐぶっ」

「余計な事を言うでない」


 飛んできた扇子が頭に直撃した夭夭は、暫くうずくまって悶えていた。

 危うく下敷きになりそうになったゆずは、慌てて飛び退くと改めて喜久乃を観察してみた。

 なるほどごく僅かに妖力を発しているようだ。

 しかし、そうだとすると新たな疑問が沸いてくる。

 

 元来座敷童子という存在はもっと北の地方に住むと言われており、悪戯好きで快活だと伝えられている。

 しかし目の前の喜久乃ときたら、大人顔負けの落ち着いた雰囲気で、しっとりした艶のある姿をしている。

 とても座敷童子には見えないのだ。


「ふむ、つまりお狐様は事情を聞かされていない、ということか。相も変わらず怠惰で手抜きな男よの、夭夭は」

「どうせ喜久乃さんが話すでしょ。話し相手が居なくて退屈だって駄々こねてたじゃないで―ひいっ!」

「まあ致し方ない。怠け者に変わって、私が簡単にご説明差し上げようではないか」


 何故か夭夭は、もの凄い勢いで首を縦に振っている。

 手が滑って飛んできたかんざしが、膝元の畳に突き刺さったせいかもしれない。


「それでは蛍子と出会った頃から話すとしようか。あれはそう、夏も終わろうかという時節であったかな」


 喜久乃はそっと目を細めて蛍子の寝姿に視線を落とした。




 夕暮れのひのき林から、ヒグラシの声が響いてくる。

 一日中森の中で遊び回っていた弟が、泥だらけになって帰ってきたのを確認すると、蛍子は読みかけの本をテーブルに伏せ、代わりに大きなタオルを手に取って裏庭へ向かった。

 肌も服も真っ黒なまま家に上がろうとした弟は、予想通り女中に叱られ、井戸の水を頭からかぶって汚れを落としていた。

 

 生来身体の弱い蛍子は、弟のように外で遊ぶことが出来ない。

 だが、その事で弟を妬んだことは一度も無かった。

 彼女にとっては、本を読む方が何倍も楽しいからだ。

 

「はい、これで綺麗に乾かしておきなさいね。夏風邪ひいたら、遊べなくなっちゃうから」

「あ、姉ちゃん!聞いてくれよ。すげえんだ、俺すげえの見つけたんだよ!」

「はいはい、まず身体を拭いてからね」


 蛍子は笑いながら弟の頭を撫でてやる。

 きっともの凄い昆虫とか、もの凄い土管とかなのだろう。

 しかし、キラキラした目を向けてくる弟から聞くのは、とても楽しいものだ。

 もの凄い何かを想像して、蛍子の口からクスリと笑みがこぼれた。

 

 その時、視界の影にカサリと動く何かが映った。


「何かしら」


 振り返ってみたが、そこには古い藏があるだけだった。

 訝しげにジッと見つめていると、突然草むらから一羽の雀が飛び出してきた。


「うわあ、姉ちゃん!」

「ちょ、きゃあ」


 驚いた弟が思いきり蛍子の袖を引っ張ったせいで、二人揃って地面に倒れ込んでしまった。

 そして咄嗟に弟を庇った蛍子は、腕に擦り傷を負ってしまう。


「痛…」

「姉ちゃん、大丈夫!」

「あ、うん」

「わああ、大丈夫じゃないじゃんか!血が、どうしよう血が、血がでてるっ。誰か、誰か助けて、姉ちゃんが死んじゃう!」


 大声で叫びながら家に飛び込んでいく弟を見ながら、蛍子はぼんやりと空を見上げていた。

 常人に比べて抵抗力が極端に少なく、擦りむいた程度の出血でも命の危険がある。

 それが彼女の病であった。

 

 今晩あたり、高熱を発して生死の境を彷徨うだろう。

 何度も体験したそれは、決して慣れることの無い辛いものだ。

 何より、弟が罪悪感を持ってしまうことが辛い。

 

 小さくため息をついた蛍子は、ふと藏の高い所にある小窓に目がいった。

 先程飛び立った雀らしき小鳥が窓枠に留まり、首を傾げてこちらをジッと見つめている。

 

「不思議な雀ね」


 蛍子が呟くと、雀はひょいと藏の中へと姿を消したのだった。




 ここまで話し、喜久乃は茶を飲んでひと息入れた。

 引き込まれるように話を聞いていたゆずも、ほうとひと息ため息を漏らす。


「あれっ、そういえばまだ喜久乃さんが出てきてませんね」

「うむ、私にとっての邂逅はこの時なんだが、蛍子にとってはもう少し先になるな」

「えっと、どういう事でしょう」

「興味が沸くかの」

「目がぎらぎらしてきました」

「では、小休止してから続きを話そうかの。小豆最中はどうかな」

「大丈夫、おやつ持参です。特売品とやらで夭夭さんが買って来てくれたんです」


 夭夭の袖から柚子を一つ取り出した。

 それは全国で三大高級果物店として有名な、ある店の包みに入っていた。

 その様子をみた喜久乃は、ふふんと鼻を鳴らして夭夭を見やる。


「おやおや、随分熱を上げているようだな」

「何の事だかわかりませんね」


 惚けてそっぽを向く夭夭の耳に、くくくと楽しげに笑う喜久乃の声が響いていた。

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