八話 童と少女(1)
― 1. 芋という世界 ―
秋といえば、食の季節である。
秋刀魚、松茸、茄子、林檎、里芋、南瓜、栗、銀杏、柿、旨いものが目白押しで、日々飽きることが無い。
だが、この時期ダントツで旨い食べ物といえば、なんと言っても焼き芋であろう。
ねっとり系の『紅はるか』、ほくほく系の『鳴門金時』『紅あずま』、変わり種の甘い『紫芋』
芋を選ぶだけでも、半日は悩んでしまいそうだ。
だが、待って欲しい。焼き方も味に重大な影響を及ぼす。
壺焼きでじっくりと蒸し焼きにすれば、皮まで美味しい。
むろん石焼きだって甘く仕上がって最高だが、注意深く落ち葉焚きで焼き上げるのも味が合って良い。
時間が無い時には、輪切りにしてフライパンで焼くという手もある。
ふかし芋にしても、悪くない。
そして最後に食べ方である。
そのまま口に放り込むのが王道だが、塩を振ると甘みが増すので捨てがたい。
定番のバタアを乗せてとろけた所をかぶりつくのも、悪くない。
最近人気のマヨネーズを付けるのも面白いだろう。
「とまあ、こういう感じです」
両手一杯に薩摩芋を抱えて帰ってきた夭夭は、呆れるゆずを前にして蕩々と焼き芋論を語っていた。
すでに大半が庭の専用壺で焼かれ、黄金の焼き芋として世に出でる準備を整えていた。
「開いた口が塞がらないとは、このことですね」
「いやあ、照れますよ」
「断じて褒めてません」
ゆずは大きな欠伸をすると、再び夭夭の膝で丸くなった。
改装工事が終わった『空や』の裏庭は以前よりも少し狭くなったが、傷んでいた壁板が補修され、かえって居心地は良い。
すがすがしい秋の空のもとでまったりとくつろぎつつ、黒髪切り事件の事を思い返していた。
結局後始末を丸投げされた夭夭は、黒い妖狐を元の姿に戻したり、清音の働き口を探してやったりと大忙しであった。
現在清音は、沖の街区で黒妖狐と一緒に慎ましく暮らしていると聞いている。
黒妖狐は人間の生活に馴染めているのだろうか、清音と口論などしてないだろうか。
そんなゆずの思考を、真っ二つに断ち切る香りが漂ってきた。
「あれあれ、なんだか壷から良い香りがしてきましたね」
「ふっふっふ、柚子にしか興味のないゆずさんでさえ、堪えがたいほどの誘惑をの香り。そう、これれが『鳴門金時』なのです。さあ、最高の壺焼き芋を召し上がってください」
「あ、なんだか面倒臭いからいりません」
「え」
「食べたら感想とか色々聞かれそうなので、止めておきます」
「そそ、そんな事を言わず、今秋最高の仕上がりともいえる『鳴門金時』なんですよ。二度と食べられないかもしれませんよ」
「いりません」
「えええ」
秋の空は高く、そしてどこまでも澄み渡っている。
夭夭の雄叫びは、秋の空へと吸い込まれていった。
次の日、やはり芋を買ってきた夭夭は、裏庭に用意した石焼き用の釜にゴロリと置いた。じっくりと二時間焼いたところで、ゆずが神社でのお勤めを終えてやってきた。
「ゆずさん、今日こそ食べてもらいますよ。今をときめく『紅はるか』です。近頃はほくほく系よりもねっとり甘いこちらの方が人気なのです」
「猫舌なので、いりません」
「えええ」
打ちひしがれる夭夭の肩に、ゆずが飛び乗った。
相変わらず身軽で、ふわりとした動作だ。
ちなみに狐は犬科なので、猫舌というのは不適切なんじゃないかなと、首を傾げる夭夭であった。
「まあいいです、今日は沖の街区へ差し入れに行きますし」
「ん、お仕事ですか?」
「仕事、では無いですねぇ」
「何です、また隠し事ですか」
「いやいや、そんな大層な事ではなくて、ただの差し入れです」
「どうだか」
夭夭の場合、飄々と何でも無いように話していた事が、深刻な問題であったりする事が多いので、信用ならない。
適度に疑い、備えておく必要があるのだ。
いそいそと着替える夭夭の肩で、注意深くその行動を観察することにした。
しかし当の本人は、ゆずの視線など全く気がつかず、焼き上がった芋を新聞紙でくるんでカラコロと下駄を鳴らしながら沖の街区へと向かうのだった。
― 2.御庭番 ―
「いやあ、ゆずさん。やはりあれが正しい反応というものです」
「ちょっと大げさだったと、思いますけど」
清音の住まう長屋を訪れたら、鬼女の木の葉という先客が居た。
内職の鼻緒作りを教えていたというから、木の葉は世話好きなのだろう。
丁度良いとばかりに焼き芋を二本提供したのだが、一口食べた二人からは絶賛の嵐であった。
次回持参する日程を決めるまで、解放して貰えなかったほどだ。
「それで、次は?」
「雪女の加代さんです」
「焼き芋なんてかぶりついたら、身体が溶けるんじゃないですか」
「もしくはシャーベットになって美味しいかもしれません」
軽口を叩きながら、順々に世話をした妖達の元を尋ねて行く。
そして最後の一本が余ったところで、急に足が止まった。
眼前には立派な門構えの屋敷がある。
てっきり直ぐに入るのかと思いきや、夭夭にしては珍しく逡巡しているようだ。
「どうしたんです」
「うーん、ここが今日の目的地なんですが…訪ねて良いのか正直悩んでましてね」
「?」
首を傾げるゆずの背中を撫でる。
二度、三度と撫でるうちに意志が固まったようだ。
「ま、行ってみますか」
カラリと下駄が鳴き、平屋の大きな屋敷の門をくぐった。
大きな屋敷であるにも関わらず、人の気配が無い。
庭園には静謐で、鳥のさえずりだけが時の流れを思い出させてくれる。
だが、ゆずの目は驚きで大きく見開かれていた。
「よよ、夭夭さん?」
「なんです」
「あああ、あれは何でしょう」
前足でビシリと指し示した先には、孟宗竹で出来た巨大な豆腐のような妖が居た。手に持った竹箒で平然と庭掃除をしている。
「あれ、見たことありませんか?箒神様ですけど」
「いやいやいや、見たことがあるというか、良く存じてますけども!」
「それは良かった」
「良くありません、仮にも神様ですよね、なんで一民家の庭先を掃除しているんですか!?」
「いや私も良くわかりませんが、蛍子さんの影響ですかねぇ」
「ほたるこ?」
「ここの元住人に見捨てられたお嬢さんですよ。まあ、入ればわかりますって。あ、お邪魔しま~す」
隣近所のおばさんに話しかけるような口調で、夭夭が挨拶をすると、箒神もペコリとお辞儀を返した。
もはやゆずには理解不能である。
邪を祓う神として箒に宿ったのが箒神であり、古来より神社にて奉られる神具とされてきたのに、何故か庭掃除をしている。
「なんか頭が痛くなってきました」
「風邪ですか」
「妖狐は風邪なんかひきません」
グリグリとめり込むゆずの左前足の感触を楽しんでいる夭夭は、決して変態ではないが、正常でも無い。
そしてにやついた顔のまま、玄関の引き戸を開けた。




